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第三章 踊る猫の幕下り

一話 無事の帰還! ①

「しんど…」

「お薬を持ち込みましたが、…駄目でしたね…」

 マシュマーロン領の港へ辿り着き、大地を踏みしめたシェオとリンは青い顔で息をつく。

「でも前回よりはマシなんじゃない?」

「そうですね。慣れってやつ…でしょうか」

「…吐くのには慣れました」

「よく頑張ったわね。宿に着いたらふかふかの寝台で休みなさい」

 チマは二人の背中を擦り、自身の荷物を担ぎ入国審査の書類を手に入国管理所へ向かう。

「おかえりなさいませ、アゲセンベの姫様。長き遊学の旅からのお帰りを首を長くし待っておりました」

 進むと威厳たっぷりな鼻髭はなひげを蓄えた、マシュマーロン領領主マシューマロン・イトが一部の貴族や従者とともにチマ一行を出迎える。

「出迎えありがとう、マシュマーロン伯。…伯爵御本人が来ていただかなくてもよかったのに」

「そうはいきません。我々東部貴族はロォワ陛下とレィエ宰相へ忠誠を誓う身、姫様が我が領地の土をお踏みになるのであれば、何に変えても馳せ参じる次第に御座います」

「お、おぉー…。…一つ尋ねたいのだけど、パスティーチェでの事はどれだけこちらに伝わっているか教えてもらえる?」

「はて。…もしやパスティーチェの女王陛下や国家元首にお会いになられましたか?」

「ええ、そうなの。友好的な方々でね、再びマシュマーロンからホークーへ向かうことになるかもしれないわ」

「おぉ!それは光栄に御座います。ならば姫様の為に御召艦おめしかんをご用意いたしましょうか?」

「勘弁して頂戴、中央での立ち位置が危うくなってしまうわ。…力を付けすぎるのはね」

「残念ですが、仕方ありませんね」

「でもマシュマーロン伯には色々と教えてほしいことが出来たから、そっちの方で役に立って頂戴な」

「ッ!!!お任せあれ!!して如何なる内容で」

「外交よ」

「成る程。然と受け止めました」

 キレの良い動きで跪いたイトは天を仰ぐようにチマを見上げて涙を流す。

(圧、強いわね…。…そして学園で起こったことは外部へと広がっていないみたい。パスティーチェ軍を即座に動かし付近の封鎖をしていたし、情報統制に優れるお国柄と見るべきかしら?)

 少し引きつつ考えを巡らせていればメレが顔を見せ、控えめな笑顔を咲かせ歩み寄ってくる。

「メレ!ただいま」

「おかえりなさいませ、チマ様。わわっ」

 荷物を置いて駆け寄り握手を求めれば、メレは目を丸くしながらも手を差し出す。

「あっ…、ごめんなさいね。ついつい、パスティーチェの癖で」

「全然大丈夫です、驚いただけなので」

「ふふっ、こっちに慣らさないといけないわね。あっ、ロアも来てくれたのね!」

「どもっす。握手します?」

「しとこうかしら」

 ロアの手を握り再開を喜び。

「とりあえず入国の手続きをしたいのだけど」

「これは失礼致しました!」

 イトは仰々しく頷き、道を開くのであった。


 シェオとリンの疲労を癒すため宿に残し、ゼラだけを同行させたチマはマシュマーロン親子メレとイトと共に大衆食堂へと足を運ぶ。

「そういえばマシュマーロン伯は女性名を名乗っているけれど何か理由があるのかしら?」

 ドゥルッチェでは男性名にシェオやレィエのように小文字を含み、女性名はチマやリンのような二文字のみで構成される。故にマシュマーロン・イトという男は少しばかり不思議な存在だ。

「イトは双子の姉の名でして、幼くして亡くなった彼女を偲ぶため私が名を受け継いだのです。私と姉は二人で共にマシュマーロンを治める領主を目指しておりましたから、名を継ぐことで夢を叶えてました」

「そう。ならこれからはイトと呼ぶわね」

「有難う御座います!!我が姉も喜んでいましょう!!」

 運ばれてきた魚料理に舌鼓を打ちながら歓談を楽しむ。

「食事中に仕事の話しをすると妻に怒られてしまうのですが、あまり時間も用意できないと思いますので一つ。何故なにゆえに外交へ興味を?」

「パスティーチェで熱烈な歓迎を受け、両国間の関係強化を行えるのではと考えたのよ。女王陛下や国栄党の面々とも顔繋ぎが出来たし、あちらの様子が大きく変わらない限りは良い伝手になるはず」

「ふむ。成る程。…マシュマーロン領としても強靭な海軍を有するパスティーチェとは懇意にしたい。チマ姫が外へ力に関心を寄せるのであれば私は協力は惜しみません。…対外関係の政務というのは苦難の道ではありますが、貴女ならば大丈夫でしょう!」

「過信は困るわ。未だお父様にも伝えていないことだから、実現するかはわからないけども、時が来たら東部貴族の力を借りるから覚悟しといて頂戴」

「はっ!」

 二人の話に区切りがつき怖々おずおずと口を開くメレ。

「チマ様がパスティーチェへ旅立つ前に仰有られた、来年の野営会へ向けた遊楽なのですが…」

「もしかして時期的に不都合だったりした?」

「いえ、長旅終わりにお付き合いいただけるかどうかお聞きしたくて…」

「私は大丈夫よ。リンとシェオは…どうかわからないけど」

「大変そうでしたからね…。では明日から一泊二日、ご一緒いただければ幸いです」

「楽しみにしているわ」

 チマは嬉しそうに尻尾を揺らし、海辺での楽しい一泊二日を過ごすのであった。

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