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二話 統魔族! ③

「やあチマ」

「久しぶりね、デュロ」

 護衛として同行していたラチェは満面の笑みで手を振り、ゼラは小さく礼をし、ディンは顔を引き攣らせて跪いた。

「チマが勉強してい事自体は珍しくないのだけども、神学とはこれ意外。…いや、意外でもないか」

「勤勉にこそ幸運は微笑むのよ」

「自信がついたようだね」

「吹っ切れただけよ。スキルに固執するのなんてやめちゃって、自分なりの道を進もうとね」

 清々しさのあるチマの表情に、デュロは目を丸くした後、従妹の成長を心で祝う。仕切机の隣に腰掛けてから、雑談でもしようと視線を送れば、パタンと本は閉じられる。

「私の役に立ってくれるということかな?」

「順当にいけば役に立つはずよ。伯父様とお父様のお陰でドゥルッチェの内政は大きく上向いているし、優秀な人材は貴族市井問わず受け入れる姿勢が広く支持されている。そうしたら次に目を向けるのは対外的な、外つ国への施策でしょ?パスティーチェ遊学で少なからず良い知識やえにしを得たから、色々と画策中ってとこ」

「パスティーチェの名誉国民になり、インサラタアの侯爵家嫡男打ち負かして、随分と派手に立ち回った結果かな?」

「流石に聞いてるわよね、そんなとこ」

「まあね。然し外交、東部貴族からの大きな支持とパスティーチェからの友好的な姿勢があれば、大きく動けそうではあるけれど。…在外外交官として派遣してしまうのは勿体ない気がしなくもない」

「デュロ次第なところはあるけれど、お父様が何時までも宰相職務められるわけではないし、血縁で継ぐべき地位でもないわ。だから―――」

「自分で選べと」

「ええ。右腕として政務を支えてくれる背中を預けられるだけの相手、そして妻として国母としてドゥルッチェ未来を紡いでくれる相手をね」

「幸いどちらも目星は付けているが、前者はチマに任せたかったというのは本心だ」

(…両者、と言えないのが惜しいが、もう諦めた身だ。墓まで抱え込むさ)

「私だとどうしてもスキルの有無でケチがつくから」

「……そういった感情は是正したいのだけども、時間は掛かりそうだね」

「今までのスキル至上主義は生まれに基づいた遺伝的なもの、だけど今後は実力に結びついた結果的なものとなるわ。…表面的な事情は変わっても、人が元より持ち続ける優越感や自尊心は根底にあり続けるのだから、偏見なんかはなくならない。国が再起し発展を始めた今代次代の大事な時期だからこそ、私という不安の種は近くに置くべきではないのよ」

「本当に惜しいよ」

 肩を竦めたデュロにチマは微笑む。

「ところで王后は誰にするの?トゥルト・ナツ?」

「今のところは彼女が有力候補だ。トゥルト家が面倒になるが、アレらを御し取り込めるくらいの技量を養わなくては」

「ふふっ、きっと良い国母になるわ」

「…。チマに嫌味を言ってたり、叔父上を侮辱したり、随分なことをしていたようだがな」

「まぁ…、うん。子どものすることじゃない」

「寛容というかなんというか」

「国に有用な存在なんだか寛容にもなるわ。強いて言うなら座学で私を追い越すくらいになってもらわないと、何処かの派閥がケチを付けに来ると思うけど」

「…大変だな」

「私みたいなちっぽけな壁を超えられなくっちゃ、もっと大きな壁は超えられないわ」

「ちっぽけ…?」

「勉強と布陣札くらいしか取り柄もスキルもない女よ?ちっぽけじゃない」

「私が国王になる為の大きな壁にもなりそうで怖いな」

「期待しているわデュロ」

 重く伸し掛かるチマからの重圧に肩を竦め、デュロは彼女の机に置かれた本の一冊を手に取り開く。

(統魔族。叔父上やリン嬢の話しではチマの身に危険が及ぶ可能性がある。…現に二度も命を狙われた。……何事もなく従兄妹として、ドゥルッチェの未来に臨みたいものだ)


「すまない。第六の騎士と二人は席を外し、チマと二人にしてくれないか?声さえ聞こえなければ書庫内で警備をしてくれて構わないから」

「はい」「。」「はっ!」

 三人は距離を置き、遠巻きに二人の警備を行うことにした。

「密談かしら?」

「未だ公表されてない話しだからな」

「ふむ?」

「シェオとの事だよ。どういう基準で選んだのかをチマ本人から聞きたくて」

「簡単に言えば都合が良かったからかしら」

「…え」

 浮かばれないと思いながらデュロは耳を傾ける。

「シェオって私の事を一番に考えてくれるし、私と結婚したからってアゲセンベ家を自分でどうこうしようって側面は無い。それに私の努力を笑うことなんて無くって、仕えてくれてからは常に隣にいてくれた。…血縁のない最も信頼できる異性がシェオだった、それが決め手ね。アゲセンベ家の為にも尽力してくれるだろうから百点満点よ」

(こりゃ敵わないか)

 血筋、そして立場。チマとデュロに必要な相手は、彼女たちを支え仕える相手であり、二人は誰かを支え仕える立場にはなれない。

 チマは一人の政務官としてデュロに仕えることができても、その視線の先にあるのは彼自身ではなく彼の治めるドゥルッチェ王国。良好な関係を築けるとしても、血縁者や上司としてである。

 欲している対象として見られていなかった事を理解したデュロは、感情を押し殺して笑みを作り。

「幸せにしてもらえよ」

「ふふっ、当たり前じゃない。デュロもね」

「努力するさ」

 デュロがチマの頭まで手を運べば、ピンと立った耳は横へ寝かされ、サラサラとした髪を優しく撫でる。

(久しく撫でていなかったか)

(昔はもう少しガシガシ撫でてきたっけ)

 久しく失われていた従兄妹の触れ合いは、長くない時間で終わりを告げ、デュロは満足そうに息を吐き出す。

「不登校になった時は未来を案じたが、これからは心配がいらないかもしれんな」

「ふふっ、友達が出来たんだから当然よ」

「リン嬢か。…頼もしい限りだ」

 隣で遊び笑い合う間柄から遠ざかり、別の者たちが並ぶ寂然を胸にデュロは立ち上がり、踵を返した。

「また学校でな」

「ええ、またね」

 護衛二人を連れて廊下へと出ると、そこにはバァナとナツ、コンが気配を消して待っており。

「鈍感、ですね」

「鈍感で助かるよ」

「然し、チマ様の代わりというのは私には荷が重いのですが」

「チマの代わりではないさ。バァナはバァナとして私に仕えてくれればいい」

 一同は静かに書庫周辺から離れていく。

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