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三話 学芸を踊る! ③

「御機嫌よう、バレン・シュネ先生」

「御機嫌よう、アゲセンベ・チマ様。夏季休暇以来ですね」

 廊下で顔を合わせた二人は簡単な挨拶をして足を止める。

「ええ、そうね。休暇中は如何してたのかしら?」

「休暇ですか。教員というのは生徒が休暇中でもお仕事がありましてね、皆さんのように羽根を伸ばすことは出来ていません。が、休み前、…葡萄月8月に行われた交流戦を皮切りに、市井でも小さな大会が非公認大会が行われるようになり、数度参加致しました」

「交流戦、顔を出せたら良かったのだけど、遊学の準備で行けなかったのよね」

「来ていただければ、きっと楽しめたのでしょうが、忙しさを加味すれば仕方ない事かと」

「いつか機会があると良いのだけど」

「ふっ、そんなこともあろうかと、学芸展では生徒数名と協力し布陣札の催しを計画しております。歴史を取り扱う札遊びという事もあります故、勉学の一環として用いるのは悪くないと提案されたのですよ」

「へぇー!当日は顔を出すわね!」

「皆喜びますとも」

 尻尾を揺らし喜びを露わにするチマを見て、シュネは相好を崩した。

「そうそう、私も遊学先で布陣札を楽しんだのだけど、その勝利品として道具一式をいただいたの。お相手はインサラタアの方で、ドゥルッチェで使われている品と比べて豪奢な意匠の道具なのよ」

「ほほう!お相手は誰でしたか?」

「ヴォルドラ侯爵家のノチェド様よ」

「期待の新星と名高いノチェド・ヴォルドラですか!ここ直近の国際公式戦に記録はない方なので、ドゥルッチェの記念式典で再び相見える可能性がありますね」

「有名な相手だったのね」

「それなりには。…試合結果は如何な?」

「5-3、運に恵まれた勝利だったわね。戦った所見はだけど、ドゥルッチェよりもやや強気で豪快な立ち回りが多くて、細かな盤面管理に欠けてた印象ね。それでも1点は相手の実力で持っていかれたし、油断ならないことは確か」

「なるほどなるほど」

(追い風を受けているこの方と考えて、3を渡していると考えれば実力は十分なのでしょう。…強気に出ていた、というのも彼女相手に強気な姿勢で挑める相手が国内に居ないだけ、と取るべきでしょう。…ふむ、王子殿下からお声を掛けられましたが、返事はどうしましょうかね)

 国際公式戦、主軸選手ではないものの、シュネへデュロが声を掛けていた。盤上の戦争に於いて有用な駒を持て余すほど呑気をしていられないということなのだろう。

「ちなみに!獲得した道具をお見せいただくことは可能でしょうか?」

「構わないわ。なんなら学芸展で展示したりする?」

「いいのですか!?」

「いい刺激になれば、私としても得られるものがあると思っているのよ」

「是非、お願いします!」


 チマが教室へ入り椅子へ腰を下ろすと、夏季休暇を終えた後から学校内の勢力図が分かりやすく線引きされている、そんな風に見て取れた。

(中央と地方、ってわけでもないわね。中央高位貴族の反お父様派閥(仮)にいくらか人数が増えた感じかしら。中央以外でも領地が大きかったり、…自前で領地の運営が軌道に乗っている貴族の有力貴族も合流している感じね)

 要はチマに対して悪意の視線を向けていた派閥に、実家に力のある生徒が加わっているようだ。

 旗印になっているのはトゥルト・ナツ、ではなく…そもそも旗印となっている人物が見当たらない。

(…子供は親の影響を受けやすいっていうし、そういった動きがあるのかしら?デュロがトゥルト・ナツを妃にするのなら当然の動きではあるけども、時期的に早すぎるわよね)

「何か考え事ですか?」

 比較的難しい表情のチマにリンが問うて、メレとロアも首を傾げた。

「大きな派閥が出来上がって、学校内の勢力図がはっきりしたと思っただけよ」

「ですねぇ…、東部は昔から東部で集まっていますのであまり影響はありませんが、中央南北は割れ始めてます…」

「なーんか嫌な感じっすよね。チマ様を目の敵にしてる感じで」

「それに関しては今に始まったことじゃないから不思議でもないわ」

(それで良いんすかね…?メレと伯の話しによれば、チマ様ってパスティーチェにかなり影響力のある存在だとか、反宰相派が何か引き起こしたら、………何がどうなるかはわかんないけど…拙いっすよ)

 基本的にメレは引っ込み思案で積極性に欠ける。故に彼女の親友として、マシュマーロン家に仕える貴族の娘としてロアは動き始める。

「授業までちょこっと時間があるんで、席を外しますね」

「…私も一緒にいく?」

「メレは待ってていいよ、先輩に伝えることを思い出しただけだから!」

 返事も待たずにロアは教室を飛び出して、東部貴族の先輩を捕まえた。

「どもっす!」

「ロアか、どうした?」

「ちょーっと小耳に挟んで欲しい情報なんすけど、――――」

 チマやメレの言葉を噛み砕いて伝えれば、彼らも現状に気付きを得る。

「チマ姫様はそれを我々に伝えるべく呟いたのだろうか…?」

「賢い方なんでありえるっす」

「大人の事は分かりかねるが、何れ東部を背負って立つ我々が東部貴族の希望たるチマ姫様を守り、現体制を支えられるようにならなくては。…方々には私からも声を掛けておくよ、接点は少ないけれど西部も志を同じくするだろうから」

「助かります。それじゃ授業戻るんで」

 人好きのする笑顔をしたロアは踵を返して教室へ戻っていった。

(現体制を傾けられては此方が困る。チマ姫様、いやドゥルッチェ王族をお支えせねば)

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