「――――…。はぁ…はぁ…、歌いながら踊るのって大変ね、ふぅー…」
換毛期へと差し掛かった、モフ度割増中のチマは自身の担当楽章を終えて床にへたり込む。身体能力のスキルもなく、持久力に乏しい彼女は小忠実に休憩を入れないと身体が持たないのだ。
「三人の中じゃ一番覚えがいいから、後は体力だけなんだけども。そこが一番の問題だね」
「リンの考案でちょっとした仕込みはあるけれど、それでも熟さないといけないことに変わりはないから、当日までにどれだけ体力を鍛えられるかの勝負になるわ。…それにしても、二人共本当に乗り気ね」
「楽しいからね」「最後の学芸展ですから」
キレの良いダンスで飛び散る汗が煌めいて見えそうな二人は、歌も踊りも毎日欠かすことなく練習を行い、完成度を日々上昇させていた。
チマ以外の女生徒が目の当たりにすれば黄色い声援が止まらなくなる程の、汗に塗れた美青年が二人。チマはやや場違い感を覚えている。
「女の子から相当恨まれるわね」
「あー…」
「チマ様であれば…
「厳しい気がするわ…。私の担当部分だけであれば問題はなさそうだけど、三人で代わる代わる歌って踊る三人曲は…」
学校でも最上位に位置する美青年二人。現状どちらにも婚約者はおらず、チマも婚約者がシェオだとは発表していない。…いや、発表していた場合の方が反感を買うだろう。
「そういった攻撃的な感情の管理はリン嬢が上手く考えてくれている、と思いたいけれど」
「リン嬢にばかり負担は掛けるのは如何なものかと思ってしまいますね…」
「張り切ってくれるのはいいのだけど、大丈夫なのかしら」
思いを馳せるのは、全部門にビャスと共に駆け回るリンの姿。
監督ということで全体の管理を行っているのだが、やや過労気味という感情は拭えない。本気で挑んでくれている所へ水を差すのも気が引けて、三人は何も言えずにいた。
「ビャスに忠告をしているから、駄目そうであれば止めてくれるとは思うのだけど」
「彼に任せようか」
「そうですね。よしっ!最高の舞台とするため、私はもう一度練習致しましょう!」
「私もそうするかな」
「頑張って。休憩が終わったら三人の曲を合わせで練習したいわ」
ひんやりとした床に寝そべったチマは、二人へ声援を送りながら体温を冷やす。
「お嬢様、お飲み物です」
「ありがとうシェオ…冷たくて美味し。ふぅ、私の踊りはどうだった?」
「順調にキレが増し、今から本番が楽しみで仕方ありません」
「それは良かった」
だらしない姿を咎めることがないのは、夜眼族であるチマが体温管理を得意としないことを理解しているからで。シェオは甲斐甲斐しく手の平や鼻先の汗を拭っていく。
(三年生のバァナは今年で学芸展、学校生活が最後。最高の思い出にしてあげなくっちゃね)
バァナが魔法道具を操作すると、録音された音楽が流れ始め二人が踊り始めた。個人曲三楽章は微細な差はあれど、どれも近しい曲調で三人は同時に練習している。
元々は個人曲全てを別の曲調にする予定だったのだが、外部の力を借りずにそれだけの作曲を行うのは時間的に難しいということで、基本曲に変化を加えることで落とし所とした。そしてその分、全体曲に力を入れているとのこと。
耳と身体に馴染みつつある音楽を耳に、チマは休憩しながら自身の振り付けを脳内で復習し刻み込む。
―――
主役三人が全体曲を踊り終えると外から賑やかしい足音が響き、視線を向けているとビャスが血相を変えて飛び込んでくる。
慌てている姿は時折見かけるが、取り乱した姿は珍しいの一言で、チマは目を丸くしていた。
「り、りりりっ」
「リンがどうしたの?」
「り、リンさんが、…倒れてしまって!」
「やっぱり!張り切り過ぎ、今何処にいるの!?」
尻尾を逆立てたチマは教室を飛び出し、ビャスと共に保健室まで駆け抜けていった。
「リンは大丈夫なの!?」
「保健室ではお静かに」
「そうね、失礼したわ。それで容態は?」
「過労とのことで、医官をお呼びし点滴をうっているところです」
「面会は?」
「問題ありません」
教員は呆れながら案内をし、終えると自身の席へ戻っていった。
「いやーすみませんチマ様。明日からまた頑張るんで、今日は休ませてもらいます」
「こらっ!」
目尻を釣り上げたチマは怒りの声を小さく上げて、椅子に腰掛けた。
「最低でも三日は生徒会室に来ないように。謹慎よ謹慎」
「でも…」
「でも、じゃありません。自身で立候補した監督職、このまま無理をした状態で続けたら、本番やそれ以降に取り返しのつかないことになるかもしれないの。だから明日は学校を休み、明後日明々後日は休日なんだから合計三日間を屋敷で療養なさい」
「はい…、ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
「分かればいいのよ。明日はビャスも置いてくから、他人から見た自分自身がどうだったか聞いて、行動を省みるようにね」
「ビャスもそれでいいわね?」
「っはい」
「しっかりと叱ってあげなさいな。私が忠告してたのにこれなんだから、ビャスからきつーく叱ってあげないと立ち止まらないわ」
「流石に痛い目を見ましたので…」
「今はね。今後も似たようなことをしないとも限らないから、自分にしっかりと意見を言って停めてくれる相手と話し合いなさい」
チマにとってのシェオ、そういう意味合いなのだろう。
横になっているリンの前髪を持ち上げ、顔色を確かめたチマはビャスに飲み物を取りに行かせ、明日に行うはずだった予定を聞き、シェオに書き留めさせた。
「別に明日も個人個人で動いてもらっていいなら、それを伝えるだけだから私でも問題ないわね」
リンの手を握ったチマは僅かに表情を曇らせ、一度口を開いてから閉じた。
「…。私にとってリンは一緒にいると気を落ち着けられる居場所であって親友なんだから、自分自身の身体はしっかりと気遣って頂戴」
(居場所…。………何故、チマ様が絶界や影歩を使えていたのか、シェオさん曰く片目を覆うような仮面があったこと、巨大な魔物をどうやって相手していたのか。……他人の事は言えないけれど、秘密にされちゃってるよね。実は今のチマ様は…)
疑念の種が芽吹いて、リンは瞳を閉ざした。