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四話 L'unione fa la forza. ①

 学芸の秋、その終わり。

 夏に蓄えた英気を発散させ、生徒たちが各々の学びを芸として展示する催しには、彼ら彼女らの家族が足を運び、成果を瞳に収める。

 反応は様々だ。褒め称える者もいれば、あまり興味を示さない者、叱ってしまう者さえもいて、親子のあり方は家庭それぞれ。喧々囂々とした学校の出来上がりだ。

「投じられた一石で日常という水面は揺れてしまうのね」

「?」

 首を傾げたシェオだが、チマは言葉を続ける気はないようで、淡々と教室を外から眺め通り過ぎる。

「見て回らないのですか?」

「色んな視線を向けられて刺さるのよ。今の私は見せ物じゃないんだから、こっちを見ないでほしいわ」

「何か噂する声は聞きますね」

「私がパスティーチェに影響力を持つって話でしょ?そんなわけないのにね」

「ないことはないと思いますが…」

「こんな小娘の発言にどれだけの力があるものよ。会食の食事に好物が多くなる程度、ないにも等しいわ」

 話しかけられることはないものの、辟易とした表情のチマは足早に廊下を進み生徒会室へと帰る。

「おかえり、チマ。随分と早いし…、ご立腹だね」

(ご立腹…?)

 生徒会室でデュロとお茶をしていたナツは、チマの顔を見つめては疑問符を浮かべる。純人族からすると夜眼族の表情はやや読み難い。

「あちらこちらで視線を向けられて嫌になったのよ、はぁ…」

 チマが腰を下ろすとナツはやや居辛そうにし、席を立ってデュロの後ろへ侍ることにしたのだが。

「ナツ、貴女」

「…なんですの?」

「野営会終わってから私の事を避けてるけど、何か悪いことでもしたのかしら?」

「いや、そういうことはないのですけれど…。派閥が違うので、あまり近づくと面倒を言う子もいるのですわ、おほほ」

「そう。ならこの場所では関係ないから、気を使わなくても結構。…あの時はありがとう」

「どういたしまして。…今までのこと、申し訳ございませんでした」

 深々と頭を垂れたナツへ微笑みを向け、チマは頭を上げさせる。

「突っかかってきた事なら別にいいわ、派閥が違うんだから敵視するのは当然の義務みたいなものじゃない。…最近はアーロウス・コン以外と行動を共にしている姿を見ないけど、大丈夫なの?」

 デュロに席へ戻るように促されたナツは、綺麗な所作で椅子に腰を下ろし、チマへと視線を向ける。

「実は家と折り合いが悪くなって、コン以外は離れてしまいましたの。家の繋がりで私の許にいたのは承知していましたが、こうもあっさりと手の平を返されてしまうと落ち込んでしまいますわね…」

 一回りも小さく見える『剣聖』は、年相応に少女であったのだとチマは理解する。

(家との折り合い。トゥルト家は今、反お父様派閥の筆頭よね。その娘であるナツがデュロと仲良くしていて折り合いが悪くなることなんてあるのかしら?…まあ、それなら)

 チマは口端を上げてナツへと手を差し出し握手を求めた。

「…?」

「デュロ派閥ということでしょ?なら友人としてやっていけるんじゃないかと思ってね」

「…、なんというか、貴女のことは苦手ですわ」

「残念、気が合わないみたいね」

 瞳を伏せたチマが手を引っ込めようとすれば、逃がすまいと掴まれて尻尾を立てた。

「断るとは言っていませんわ。貴女、いや貴女を含めたアゲセンベの面々と派閥は基本的に厄介。邪魔をされないためにも友人になってもらいます、ふふふ」

「よろしくね、ナツ」

「ええ、よろしくお願いします、チマさん」

(ナツは努力家だ。だからこそチマが気にかけ、多少の無礼を大目に見て明白に距離を置かず寄っていくのだろうな、…猫っぽいというかなんというか)

 安堵の吐息を漏らしたデュロは茶で唇を濡らし喉を潤す。元々チマからの薦めもあったのだから跳ね除ける理由はないのだが、少なからずいざこざが合ったが故に気を揉んでもいたのだ。

「デュロとナツは物見遊山に行かないの?」

「こんな人集りの中を私が自由に動けると思うか?…チマも大変だったんじゃないのか?」

「私は視線を向けられた程度だけど、噂が広がって真実だと知られれば今まで通りは過ごせなさそうね」

(…、アゲセンベ・チマがパスティーチェの名誉国民になったというお話し。北方九金貨連合国そのものでは無いにしろ、彼の国に於いて重要な国防を担う国家と強固な縁を持っているのであれば、どの派閥からしても厄介であり、どの派閥からしても懐柔したい対象…。けれど、外部からの力が及びやすい対象は、王位に担ぎ上げられることはなくなりましたわね、…つまり殿下の敵にはなりえません。……友人、として問題のないお相手ということ)

「私の方からも噂を流しているんだがな」

「嫌がらせ?」

「対策だよ対策、王位に担ぎ上げられたくはないだろう?」

(デュロ自らが動くってことは、その必要があるのね。……王位継承権を返還してしまえば解決することだけど、王位継承権を持ち続けるのは王族としての役割、生まれから逃げないための枷)

「はぁーあ、損な役回りよね、私たちって」

「概ね同意だけど、他所では言わないように」

「言うわけ無いじゃない、デュロの前だから言ってるのよ」

 チマは肩を竦め、席を立ってから窓際まで歩いて行き、尻尾を揺らしながら目下の人集りを眺め、午後に行われた巨大パンケーキ会で幸せそうにパンケーキを食んでいたのだとか。


(叔父上とリン嬢は年度末に統魔族が現れると言っていた。…なぜチマが狙われるのか、原因がわかるのならば対処もしやすいのだけども、二人の予見では探れないとも)

「お考え事ですか、殿下?」

 ほんのりと頬を赤らめ、上目遣いでデュロの瞳を見つめるナツは問うた。

「一つ、頼み事をしてもいいかい?」

「は、はいっ!」

「チマが危機に瀕する事があったら力を貸してやってほしい」

「チマ…さん、ですか」

「秘めた想いは解き放たれることのない箱に蔵い込んだ。…だが、大切な家族には変わりなく、君の力が必要な時が訪れる、そんな可能性は否定できないんだ」

「在学期間中でよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む」

「慎みが足りないとは思うのですが…、頼みごとの前報酬をと…思いまして」

 もじもじとしたナツの手をデュロが取って、そっと指に口吻をした。

(私は、悪い男になってしまったな)

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