「それじゃあ私はこれで失礼します。簡単なメイクでの変装なんで顔を擦ったりしないでくださいね」
「感謝いたしますわ、…アゲセンベの従者、ということでいいのですよね?」
ドゥルッチェ系の純人と比べるとやや体格の大きいラザーニャを見上げたナツは、渡された手鏡を覗き込んで全くの別人になっていると驚いた。
「パスティーチェでチマ様と知り合いまして、ややあって雇ってもらったんですよ。…………、えぇーっと、そのぉ、なんでしょうか?」
「北方の方で、素晴らしい変装技術を持っている!もしかしてもしかしなくても、シノビの方ですか!?」
こちらもお化粧を施してもらい、瞳を輝かせているコンの姿。
「あー…私はそういうのじゃないです。ちょっとメイクが得意なだけの使用人兼お抱え画家なんで」
「ごめんなさいね、この子そういうのが好きなんです」
「昔から憧れて、すみません」
(…憧れるようなもんじゃないですよ)
「お役目があるんで失礼します。遅れたら監督さんに怒られちゃいそうなんで」
「ありがとうございました」
「頑張ってください!」
使用人衣のラザーニャはのんびりとした表情で控室を後にし、チマたちの許へと向かう。
ナツとコンが展示物を眺めながら廊下を歩いていくと、ここ最近感じていた居辛さの一切がなくなっており、気楽に足を進めることができる。
「これ良いですね、私も変装のお勉強をしてみたくなりました」
「今の状態が長く続くようなら必要な技術になりえますわね。…然し、何故あんな技術を持った従者を呼んでいたのでしょうか?」
「音楽劇で用いる、とかですかね?」
「一回一回の変装に時間が掛かっているから、大きな舞台で用いるような魅せ方には不向きですし、なにより外部の力が強くなりすぎますわ」
「ですよねぇ。でも楽しみになってきちゃいました、生徒会の方々が彼是考えた結果、あの方をお呼びになっているのですから」
「ええ、否定は出来ませんわね。元締めは次席入学のブルード家養女ですし」
「市井出身なのに凄いですよ、現体制で行いたい事の象徴みたいな生徒です。凝り固まった考えを捨て去れ、なんて言うことは出来ませんが、新しい風がどういった風に入ってくるかを感じられます」
「…妙に饒舌ですわね?」
「え、あはは。その、」
恥ずかしそうにしたコン。彼女がご機嫌な様子はラザーニャが切っ掛けだと悟ってはいるが、小さく追求をして気分を鎮めさせる。
「声は変わっていないのですから、気を付けてくださいね」
「はい」
(尤も、他の取り巻きが離れてから既に顕著なところはあったけど。…苦手だったのでしょうね)
廊下を進んでいるとナツの取り巻きだった女生徒たちが対面から歩いてきて、二人は僅かに緊張しながら素知らぬ顔で通り過ぎる。
「最近、トゥルト・ナツったら孤立しちゃって、ウケるんだから」
「偉ぶってた割に、スキルなしといい勝負しちゃってるなんちゃって剣聖だもん。実家から切られても可笑しくないわ、あはは」
「…」
人を呪わば穴二つ、自分がチマに行ってきたことが返ってきているのだろう。
本人は気にする風はないのだが、コンは分かりやすく不機嫌そうな面持ちとなる。
「あーあ、あの金魚のフンまでいなくなったのは不便ですわね〜」
「使いっ走りとして便利だったのに」
「金魚のフンだし―――」
品のない大声で話しているので通り過ぎたところで、彼女たちにとって不快な言葉は耳に届き、二人して溜息を吐き出す。
「「はぁー…」」
「まあこんなもんよね」
「私は許せません、ナツ様を悪く言うなんて。お許しになられたアゲセンベ・チマ様を見習うべきです」
「あの子は異常よ。…いや…きっと私に価値を見出して、大目に見てくれている強かな相手ですわ」
「そう、なんですかね?あの方を詳しくは知らないので、私はなんとも言えないのですが…」
「王座や国母の地位を狙っているのでなければ、私が敵対する理由もありませんわ。…分かりやすい現体制の広告塔にもなりますし」
「あー、」
シェオという市井の、それも孤児出身の男と婚姻を結ぶ。貴族でなくとも優秀な者を掬い上げる現体制としては、これ以上ない広告塔である。
「出店に寄りましょうか。あの大博打たこ焼きというのに興味が出てきました」
「え、」
学びか芸術か、一舟のたこ焼きを購入し食んだ二人は、悶絶の表情を受けべることとなった。