スポットライトに照らされ煙幕を貫き、左右の舞台袖から現れた二人のチマは、親しい者たちから見ても判別が難しい程に似通っており、会場からは驚嘆が漏れ張本人は口端を上げた後、楽器の演奏と共に歌唱と踊りを始める。
歌唱を邪魔しないながらも、チマの靭やかな身体を十二分に用いる事を前提とした振り付けに目を奪われていれば、もう一人のチマはバッキング・ボーカルと最低限の振り付けで引き立て役を担う。
曲調と振り付けは激しさを押し出して、歌詞は欲するものを追いかけ続けた者を示唆する内容となっており、居場所を求めた少女と
これらはリンがプファとポピィと念入りに協議を重ねて出来上がった作品であり、本人らの納得がいくものとなった。
(何度も練習した激しい振り付けッ、私になら出来ると用意してくれたものだから!)
軽やかな足取りで舞台を左右する姿とは裏腹に、身体と呼吸は悲鳴を上げ始めていた。
然し途切れることのない歌唱と踊りを終えたチマは、もう一人のチマの手を取り、一度小さく姿勢を落とし影歩で舞台袖へと消えていった。
「はぁはぁはぁ、っはぁ…、きっつぃわ」
「チマ様、お水です」
もう一人のチマは舞台袖に用意されていた水筒を手に取りチマへと手渡した。
「っ、ありがとう、リンっ」
歌唱と激しい踊りで酸欠寸前のチマは水筒に入っていた、甘酸っぱい飲み物を口にしながら呼吸を整え、隣を笑顔で通り過ぎていったデュロを目で追って舞台に向けた。
チマが行った瞬間移動を影歩だと知っている者は、顎が外れんばかりに驚き、アレは何だったのかと話す観客、そしてチマの歌唱と踊りの出来の良さに感想を述べる者で賑やかしくなった会場を鎮めるかのように、次の演者であるデュロ、そして補助を行うバァナが舞台袖からゆったりと現れる。
曲の基本は先のものと一緒なのだが、余裕のある曲調へ編曲されており、踊りも同様にドゥルッチェでよく踊られる伝統的な舞踏を基としている。
こちらの歌詞は自身と他人を比べて募らせる劣等感を主題としており、チマの歌詞について話しているリンに乗っかる形でデュロが依頼したものだ。
傾いた国を立て直しただけでなく、上向かせてみせた父と叔父から国を引き継げるかどうかの不安を
歌詞は暗いがゲームであればメインヒーロー。容姿端麗で歌唱と振り付けも満点を贈って余りある程、大講堂の女性陣はおろか男性陣も聞き入っていた。
デュロが歌い終わればバァナと前後して、律動が早まって明る気な曲調に変化していく。
先二人の激情と不安を拭うように、そして二人へ手を差し伸べるような意味合いの籠もった歌詞は、『流石に方向性が下を向きすぎてますから、三曲目は最後の曲へ向けて会場の雰囲気を上げましょう』というバァナの言葉から。
生徒会を纏めている彼らしい曲なのだろう。
振り付けも明るく、観客へウインクしたり手を振って笑みを向けている。
因みに指で作ったハートには黄色い声援が上がっていたとか。
(さて、お膳立ては終わったから最後に行こうか)
くるりと身体を回して舞台袖を確認すれば、衣装を着替えたチマの姿があり、二人は彼女が加われるよう位置取りを行う。
(呼吸は整った。三人の曲を間違えないよう熟してみせるわ)
「頑張ってくださいチマ様」
「ええ、当然よ」
ラザーニャの用いた変身スキルが解けたリンは、チマから水筒を受け取ってスポットライトを担当している役員へ指示を出す。
(影歩、もうなんで使えるかはわからないけど、一切の問題はない)
深呼吸をし身体を僅かに屈めて踏み出せば、デュロとバァナ、そしてチマで三角形を描ける位置に瞬間移動をしており、姿を現わすと同時にスポットライトが当たる。
二人と衣装を合わせた男装のチマに。
クールなデュロ、明るく笑顔を振りまくバァナ、小柄で可愛らしい男装のチマの三人は、音楽と共に寸分乱れぬ歌と振り付けで最後の曲を奏で始める。
先のバァナが上向けた会場の熱気は最高潮に、団扇を振り声援でも出そうかという程の雰囲気。
(観客がまるで一つの生き物みたいになってる)
(団結は力なり、大講堂の皆さんも合わせての団結なんでしょうね)
(この催しは私が卒業した後も流行るのだろうな)
三人の歌と演奏が終われば熱に当てられた会場から「アンコール」の声援が波紋して、三人曲をもう一度行い終演となった。
「はぁ…はぁ…、アンコールってなによ…、もう二度とやるものですか……」
衣装汚れることなどお構い無し、ひんやりとした床に寝そべりながら身体を冷やすチマは、文句を垂れながら大講堂から届く割れんばかりの拍手に耳を傾けていた。
「最初に叫んだのはレィエ宰相ですよ」
「……。反抗期になってしまいそうだわ」
「それは荒れるだろうね」
からから笑うデュロと汗を拭うバァナもチマの許へ寄り、腰を下ろして歓声へ耳を傾けた。
「大成功を収めましたね」
「ああ」
「そうね」
仰向けに転がり天井を眺めていれば、合流してきたラザーニャが血相を変えて『御髪や体毛に埃が!』と悲壮的な声を上げるのだが、右から左へ流し去り頬を緩める。
「あーあ、楽しかったぁー。今度は見る側に回りたいわ」
「それもいいけど、再来年にも音楽劇が熱望されるんじゃないか?」
「再来年の生徒会長が誰だか知ってる?軽々却下するに決まってるでしょ」
「非難轟々、だろうね」
「…。」
黙りこくったチマは視線を反らして会話をなかったこととし、上体を起こす。
「これで明日の舞踏会で学芸展は終わり。ゆったりと羽根を伸ばせるわ」
「
「ゆったりと羽根を伸ばせるじゃない」
「「…。」」
―――
「殿下と会長もすごかったけどさ、アゲセンベ・チマもヤバかったくね?」
「わかる。あのひらひらの衣装着てる時はグッと来たわ」
大講堂から去っていく男生徒の感想を耳にしたレィエは鼻高々。スキル云々で後ろ指をさされていた頃とは違うのだと安心もする。
「明日の舞踏会誘っちゃおうかな。浮いた話ないよな?」
「踊る相手なら殿下くらいじゃね?次点でウィスキボン?」
「あー、そっちもいたか。家格ならうちが勝ってるし、とりあえず声かけてみよ」
「だなー」
(浅はかな少年たち、チマの相手はもう決まっているのだよ。今さら魅力に気がついてももう遅い!と言うやつだ)
レィエがほくそ笑んでいると、関係者たちに簡単な礼をしながらシェオが足を運び。
「旦那様、魔法道具での撮影、恙無く終わりました」
「でかした。今から見返すのが楽しみだよ」
「ええ。…魔法道具自体が高価な一品なので、私がお屋敷へ持ち帰るのには些か不安が残りまして、お手数をお掛けしてしまいますが旦那様に処理をお願いしたく参じました」
「任せ給え」
懐から一枚の紙を取り出し、文字と図形を書き込むことで認証封刺を完成させて、外部からの保護を行った。
「ありがとうございました。では私はお嬢様の許へ戻りますので」
「労ってやるんだよ、随分と大変そうだったからね」
肯いたシェオは踵を返し舞台袖へと走っていく。