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五話 狼煙を上げるもの ①

 舞踏会から数日して、換毛期が過ぎ去った巨大毛玉チマとマカロはのんびりと私室で寛いでいた。

 コツコツと床を蹴る足音に耳を動かし、シェオの足音だと理解したチマは居住まいを正し、髪や服が変になっていないかを確かめながら、読んでいた漫画を机に置く。

 ドアを叩く音と「シェオです」と述べる耳心地の良い声に対し入室許可を出せば、チマが恋心を抱く青年が姿を見せた。

「お呼びでしょうか?」

「ええ、そうよ。腰掛けて頂戴」

 指し示すにはのは低机を挟んだ反対側。

 数日前までは隣の座るように指示され、遠慮なしに甘えてきた状況から一転し、少しばかりの物足りなさを感じる贅沢な男となっていた。

「一つ話しをしておこうと思って、シェオを呼んだの」

「はい」

「私たち、…えっと、こ、(こいなか)になって数日経ったじゃない?」

「そ、そうですね」

「だからしっかりとした関係を構築するために一旦距離を置こうと思うのよ」

「え゛!?」

 シェオの出した大きな声にマカロは煙たそうな視線を送ってから、再びチマの膝上で寛ぎ直す。

「出ていけというわけではないわ。先ず毎朝私を起こしに来てくれる役割を、バラとラザーニャに変更し寝室への入室を全面禁止にして、私室へも私の許可がない限り入れないようにしましょ」

「なっ、私の役目が…」

「シェオはこれから貴族として勉強することが多くなるし、多方面からの接触が多くなるはず。貴方は婿入りして当主となる私を支える立場となる、従者扱いしているのでは現体制への見本として見栄えが悪いわ。成る可く時間を有効活用してほしい、………そして醜聞となる事態を防ぎたいの」

「過ちを犯す心算つもりは御座いませんが…そうですね、未婚のまま私がお嬢さ、チマ様の寝所へ足を踏み入れるのは問題があります…。委細承知いたしました、私達二人の為、呼び起こしの任をバラとラザーニャに譲りましょう」

 見たことのないほどに悔しそうな表情をしたシェオである。

「…そんなに嫌なの?」

「チマ様の寝顔を拝見できる私だけの特権でしたので…」

「結婚したら毎日見れるんだから数年そこら我慢して頂戴な」

「承知しております」

「来年を目処に筆頭たる侍従、若しくは侍女を決め直さなくてはね」

「ぐっ」

「未来の夫の地位を降りる?」

「いえ。私の業務を引き継ぐとなるとバラが有力候補ですが、…周囲で浮いた話しが多くなり婚活に勤しんでいるので、産休等の離職期間があると思われます」

「お目出度い離職は大歓迎だし、今みたいにシェオ一人に全てを任せるような状況はなくしたいのよね。一令嬢と次期当主じゃあ職務内容も身の回りの世話では済まなくなってくるわ。バラを中心として数名の補佐をつけましょ」

「ビャスは如何なさいます?」

「侍従兼護衛でいいわ。リンが今後どうするかで変わってくるけれど、今のまま続けてくれるなら嬉しいところよ。……、今後を見据えて何処かの学校に入学させるのも有りね」

「入学試験までは二ヶ月半程度ですし、護衛の任から離れてしまうのは如何なものでしょうか?」

「学校内であれば然程問題ないと思うのよね」

「…。」

 パスティーチェの事を思い出して、シェオは遠い目をする。

「ビャスって勉強は出来るの?」

「手の空いている時に、トゥモ家令が教鞭を取っていますが、筋が良いと仰有ってましたね。未だ未だ若い分、吸収が早いのだと思われます。勉学スキルにもポイントを振っていましたし」

「王立第一高等教育学校に入学させるのは有りね、育成できそうな人材は育成しないと」

「成る程。…では私の方でも孤児院に足を運んで、従者になれそうな人材を探しましょうか?」

「自陣営の強化をしようなんて、貴族らしくなってきたじゃない。お父様が忙しくしている都合上、そういった視察も滞っているみたいだから、シェオが動いてくれるならお父様も助かると思うわ。お話しを聞いてらっしゃいな」

「承知致しました」

「…、どうにも業務的な話しになってしまうわね…」

 扉を叩かれる前までは、幾許の緊張と熱を帯びていたチマだが、今では冷静に今後を考えている自身に、呆れの色を露わにした。

「主と従者の関係が殆どですからね」

「お互い改善しないといけないわ。時間がかかっても」

「ええ」

 微笑みあった二人の心には再び熱が宿る。


―――


 夜眼族の少女は、自身の身体から血液が抜け出て冷えていくのを自覚しながら、大粒の涙を流し見下ろす少女へ瞳を向ける。

(学芸展のあの時までは友人だった少女、舞踏会で■■■だれかの手を取るのを見るその時まで親友と呼べた)

(思い出せる限りで四人いたはずだけど、今回は誰だったか。…まあ関係のないことよね)

(いつもいつもこの繰り返し。もう疲れちゃったわ)

 疲弊した魂が砕け散ろうとした時に、彼女を温かなヴェールが包み、人生で一度も感じることのなかった安らぎに魂を委ねる。


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