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五話 狼煙を上げるもの ②

 年の暮れも差し迫る柿月11月の中旬。年末試験を終えたナツは自身の評価と評価に腹立たしく思いながらも、次回に向けてどういった勉強方法を選択するかなどを考えつつ自宅へ向かう車輌へ乗っていた。

(頑張った心算つもり、…心算じゃ駄目ですわね、はぁ…)

 評価はA+の三位3rd。世間一般であれば有望な生徒たちが集まる王立第一高等教育学校で学年三番手になれたのなら重畳、…なのだがどうしても上に座す二人を意識せずにはいられるナツではない。

 確約を取っていない状況には変わりないが、何れデュロを支え、国を導く立場だ。学生時代の成績を汚点にしないよう、ナツは躍起になっている。

(然しながら年末年始休暇があるというのに、いきなり帰還を命じられるなんて急な要事でも発生したのでしょうか?)

 運転手に問うたところで意味はないだろうと思考を切り替え、車窓から街並みを眺める。

今上きんじょう陛下と王弟宰相。…知れば知るほど宰相の実力は抜きん出ていて、先王陛下時代に傾いたドゥルッチェを立て直したのは、彼なのだと理解わからさせられる。…殿下がチマさんを欲しがる理由も)

「はぁ…」

「溜息をつくなんて何か悪いことでもしたありましたか?」

「高い壁が多いものだと気落ちしていただけですわ」

「そうですか。ナツお嬢様は昔から大変な努力をなさり、優秀なスキルの習得や、偉い学校へ通われるだけの明晰な頭脳をお持ちになられていますから、何処かで一休みし歩き出せば壁なんて乗り越えられますよ」

「一休み、そうね、一旦自分自身を見直す時間を設けるのも必要な過程ですわね。感謝致します」

 昔からトゥルト家に仕えている従者に感謝を述べれば、照れくさそうに返事をし、二人は屋敷に到着する。


―――


「只今戻りました、お父様」

「…。そこに掛けなさい」

「はい」

 視線すら向けない男はトゥルト・チェズ、ナツの父でありトゥルト派閥を取り仕切る大貴族でもある。

「君の婚約者候補を見繕った。この中から一人を選び、今日中に報告をしなさい」

「え?」

 侍従の手で並べられた書類には、トゥルト派閥で結婚歴がなく、最低限以上の家格と優秀と言って遜色のないスキルを有した者が数名、候補として並べられていた。

「…。」

 ナツの抗議の意味合いが籠もった声に対して、一切の反応を示さなかったチェズは机仕事を再開し、娘の相手をする心算はない。

「お父様!私は王子殿下の」

「二度同じ事を言わせるな。その中から一人を選び、今日中に報告をしなさい」

「ッ!」

 叱るわけでもなく、ただただ冷静な言葉にナツは怒りの炎が立ち上がるも、燃料たる感情を押し込めて口を開く。

「私が学校へ入学するまで、生まれてから一五年間も、『王子殿下の婚約者になり、国母を目指しなさい』と仰有っていたではありませんか。何故、急にお考えを曲げられたのですか?」

「子供の知ることではない。此方が最善たる線路を敷いているのだから、必要な身分になるまではそれに身を委ねるのが子供としての義務だ」

「私はッ―――」

 頭に血が上り激情を露わにすると、侍従が腰に佩いた剣へ手を置く。

「親元を離れ、自分自身が自由になった、そう勘違いしているな。部屋で頭を冷やしなさい、嫁ぎ先は此方で決めておく」

「ッ!!ドルェッジ!!」

 取り付く島もないチェズを睨め付け、侍従への対処へと乗り出そうとしたのだが、手元に来るはずの剣はなく、暴れる間もなくナツは取り押さえられてしまった。

「旦那様はお仕事の最中です。お静かにお願いしますよ、お嬢様。…お部屋へご案内いたしますので、少しの間お眠りくださいませ」

 危害を加えることなく制圧されたナツは、薄れゆく意識の中でデュロの顔を思い出していた。

(ごめんなさい…でんか…)

「…。」

 チェズは一度も視線を向けることなく、ただただ冷淡に職務を熟す。

 控えめに叩かれた扉、入室の許可を問う声に返事をすると、トゥルト家の長子が入室し侍従に抱えられたナツを見て眉を顰めた。

「何があったのですか?」

「お嬢様が婚姻に関してお怒りになられまして、お部屋で暫しの休息を取っていただくのです」

「暫し、ね。此方としては障害にならないのであれば問題ありません。…、方々の準備が整いました、日時となれば我々貴族連合は武装蜂起を行えます、父上」

「そうか。では抜かりないよう当日に備えろ」

「はい。報告は以上です」

 一礼した長子とナツを抱えた侍従が退出し、チェズは筆を置いてから窓の外を眺める。

(愚かな王と王弟の時代は終わらせなくては。国を作ってきたのは何時の時も貴族であり、世界の軸は貴族でなくてはならない。それがドゥルッチェの歴史であり、間違いのない正義みちだ)

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