「…暇ねぇ」
シェオとビャスが出てから、放課後まで戻ってくることはなく、教室の机で脱力しているチマ。
今日はデュロが公務で不在ということで生徒会はなし。ならば戻って来るまで布陣札で遊ぼうと、シュネを探し教員室を訪れるも、デュロの公務に関する手伝いで不在。
完全に暇を持て余していた。
「歩いて帰れない距離ではないんですが、外は冷えますし安全にも何がありますからねー。シェオさんとビャスくんはどこにいるんでしょうか?」
「城での手続に手間取ってるのよ、きっと」
窓から外を見れば、雨でも降り出しそうなぐずり空が広がっている。
僅かばかり時間が過ぎて、チマの耳がピクリと動き、廊下の方へと向ければ。
(賑やかな足音。品がな―――)
品がないわ、と思う前に扉が粉砕、リンが目を丸くしながら
「チマ様、逃げる準備を!」
「分かっているわ!」
直ぐ様、窓へ駆け寄ったチマは解錠し、三階下の地面へ目を向ける。
(私一人なら兎も角、リンはこの高さ、無理よね)
置き去りに一人で逃げる選択肢はない。
「逃がすわけないでしょう!」
「裏切る心算!?」
金切り声には聞き覚えがあり、それらは教室のチマではなく、廊下を走る人物へ向けられたものだと理解する。
「コンお嬢様!うぐっ!」
教室へ押し込まれたコンは、身代わりとなって魔法を身体に受けた男を目にし青褪める。
着弾したと思われる魔法は爆発し、男は血肉を撒き散らしながら廊下を転がり、襲撃者であるナツの取り巻き二人が扉から顔を見せた。
「あら、こんなところにアゲセンベ・チマが」
「見られたからには、対処が必要でなくって?」
「そうね、丁度いいし」
杖を持った二人は、各々がチマとコンへ魔法を撃ち込もうと狙いを定める。
定めたのだが、口を動かそうにも身体が動かず、定めていたはずの狙いも、キャンセルされた。
『絶界』。
チマを中心とした一定範囲内のすべての存在は行動を阻害され、彼女だけの世界となってしまう。
身体を屈めて動き出し方かと思えば、その姿は一瞬にして消え去り、二人の杖を蹴り飛ばす。
「何が!?」
「だけど!!」
杖を失った片割れが徒手空拳の構えを取ろうとするのだが、もう一度、絶界が発動し鳩尾に拳をもらって蹲る。
「リン!攻撃を受けた人に回復を!私はこの二人を取り押さえるわ!」
「はいっ!」
後退って逃げようとした一人にチマが鋭い瞳を向ければ、降参するかのように両手を持ち上げた。
「て、抵抗はいたしません…」
(一応のこと杖は処理しましょ)
落ちていた杖を拾い上げ軽々と圧し折れば、降参をしていた片割れに落胆の色が見える。
「残念ね」
「…。本当に」
床を転がっていたもう片方は、呼吸に苦労しているようだが、お構い無し。腕を引っ張りうつ伏せに寝かせ、彼女の袖を破っては紐の代わりに拘束を行う。
「大丈夫、アーロゥス・コン?」
「あ、ありがとうございます。…、助かりました」
「此処にいると知ってて連れてきたのね…」
「…、申し訳ございません、緊急事態でしたので」
「…。リン、そっちはどう?」
「………、傷口は塞ぎ一命を取り留めましたが、吹き飛んだ片腕の状態が悪く。…新しく腕を生やすような魔法は持ち得ていないので」
「そう…。っ!」
床に転がった骨と肉片を視認してしまったチマは、尻尾を逆立て身体を硬直させる。
「どういう状況なの、これは?」
「えっと、実はその方はトゥルト家にお仕えする使用人さんで、ナツ様がお屋敷に監禁状態であると私に伝えるために学校まで、お越しになられたのです。…ただ、その現場を二人に見られてしまい」
「襲撃されたと」
「はい」
「それ、だけでは、ございません。トゥルト派閥、貴族が最近、暗躍しているみたいで、お屋敷に、不審な方の出入りが多く…、うぐあっ」
「う、動かないでください?!傷口が塞がっているだけなんですよ!」
「このくらい、!はぁ…、ナツお嬢様をお救いするのなら、何故か、人の減っている、今しか、ありません!」
片腕を失い、半身が焼けただれた使用人は、血濡れた床に膝をつき、涙ながらに頭を垂れる。
「ナツお嬢様をお救いください、御友人の皆様!」
(とんでもないことに巻き込まれちゃってない!?チマ様は絶対に飛び込んじゃうだろうし…)
(私がトゥルト家に襲撃を仕掛けたとすれば、間違いなくお父様の地位が揺らいでしまうわ。…だけど、友達を見捨てることは出来ない、出来るはずないわ)
視線を向けた先にはリン。
もし仮にリンが監禁され危機的状況に陥っているのなら、チマは四の五の考えずに動くであろう。
「監禁される理由は?」
「詳しくは、分かりかねますが、…婚姻に関することで、揉める声を聞いたとか。トゥルト・チェズ様は、ナツお嬢様を同派閥の者と結びたかったとかで」
(どういう心境の変化かしら?デュロとナツがくっつけば、政治的にお父様に匹敵するほどの影響力を持てる。…本人から聞くのが一番ね)
「ナツの回収に行きましょ、デュロを支えてくれるあの子を失うには惜しいわ。必要であれば、」
(…アゲセンベに引き入れるのも吝かではないわ)
騒ぎを聞きつけた教師に事情を説明し、公爵家の令嬢として対処を命令。使用人から車の鍵を借り受け、チマは駐車場へ向かう。
「本当に行くんですか!?」
「頼られちゃったからには降りるわけにはいかないのよ。使用人言うには、警備も疎かになっているようだから今しかないわ。後始末は、お父様に泣きつくしかないわね…」
「あ、ありがとうございます、チマ様」
「…ナツとコンには命を助けてもらっているから、そのお礼よ。高い貸しを付けてくれたわね」
「あー、あはは…」
「分かりました、分かりましたよ。ビャスくんもシェオさんもいない状況なのが非常に不安なのですが、チマ様の命を救って頂いた、その恩を精算致します」
「感謝します、ブルード・リン様」
「リンでいいですよ、コンさん」
トゥルト家の車輌を発見したチマは、鍵を挿入し蒸気機関に火を焚べた。
「運転、出来るんですか?」
「スキルが欲しかった頃に、何度か練習しているわ。…この感じならうちのとそう変わりない」
ハンドルを握ったチマは、サイドブレーキを上げて蒸気自動車を走らせる。
「え」「ちょっと」
「「早すぎませんか!?」」
「こっちは急いでるの、当然じゃない!」
学校の敷地を物凄い勢いで飛び出したチマは、タイヤのゴムなどお構い無しにドリフトをキメて公道へと飛び出していった。
法定速度など知らない体で。