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五話 狼煙を上げるもの ⑤

「ここでいいの?」

「は、はい。…記憶が正しければ通用口だったはず、です」

 これ以上なく荒っぽい運転で、トゥルト家に到着した御一行は、周囲の警戒をしながら通用口から車輌を入れる。

「殆ど人が居ないし、屋敷に灯りもない。出払っている、というのは本当のようね」

「薄暗くなってきましたから、影に乗じてナツ様をお救いしましょう。…私は強化魔法が使えますが、チマ様とリンさんどちらに付与したら」

「戦闘が発生するとなったら屋内だろうし、私のほうが動きやすいから私で。リンは後方の警戒をしつつ、コンを守ってあげて」

「…はい」

 少しぐったりとしたリンは、金箍根の長さを調整し屋内戦の準備を行う。

「…、理由はどうあれ、私たちの行いは犯罪のそれ。極力、リンのことは守ってあげれるけど、コンは人生を棒に振る覚悟をしなさいよ。貴族令嬢の地位を捨て、アゲセンベ家で使用人するくらいの覚悟をね」

「はい。ナツ様を助けるためであれば、この身がどうなろうと構いません。…ナツ様が築き上げた努力を、トゥルト伯なんかに崩されたくないのです」

 狂信的であるが瞳に嘘はない、チマは信用し裏手口から侵入する。


 警戒心を最大にし進んでいたチマたちだが、屋敷には不自然なほど人影はなく、困惑の色を露わにした。

「いつもこんな寂しい屋敷なの?」

「他の伯爵家と比べて平時の人数は多くありませんが…、それにしても少なすぎます」

「罠という可能性は?」

「あの使用人さんは昔からトゥルト家に仕えてくれている方ですし、ナツ様の送迎や雑用を率先して行われていました。…だから多分、嘘はない、と思いたいです」

「…、ならさっさと私室へ向かいましょ」

 二人は頷き、チマの後を追う。


 椅子や机が砕け散り、強盗にでもあったのかと思えるほどに散乱した室内で、脱出する手段を探るナツ。彼女は拾い上げた机の脚を剣代わりに扉を叩くも、剣として身体が認識せず、スキルは効果を表さないでいた。

(何処のアホか分かりませんが、王城へ襲撃するだの、武装蜂起だの、貴族の世だの、こんな事をしている場合じゃありませんのに!!………、トゥルト家が謀反を起こしたのならば、…私の命もないでしょう、ですが!!)

 机の天板を拾い上げたナツは全力で投げつける。が、やはり強固な守りを敷かれている為に、部屋が上がるだけであった。

「お嬢様、お静かに。その結界魔法は内側から破ることは出来ません。すべてが終わりましたら、旦那様からのお許しもいただけましょう」

「それじゃ!意味ないのですよ!!」

 ガラス窓も然り、外の使用人がいうことは本当なのだろう。

 それを十分承知なのだろう、使用人には緊張感が欠如しているように雑談をする。

「あーあ、屋敷なら安全だが、屋敷の警備が二人きりってのは…」

「トゥルトの屋敷がやられるわけないですよ」

「だよな、―――ふべッ!?」

「何が!?動けな、―――うぐあ!?」

 断末魔を聞いたかと思い、ナツは身体を強張らせ警戒したのだが、その行動が阻害され身体が硬直する。

(この感覚、まさか!?)

「警備が二人だけならもっと気楽に動けたじゃない…。いらぬ心配で時間を食ったわ」

「警戒は必要ですよ…」

「そうだけど」

 扉の向こうから聞こえてくるのは、絶対の信頼を置ける親友と、散々目の敵にしてきた元恋敵の声。

 ガチャリと扉が開かれ、見知った三人の顔が瞳に入れば、ナツはへたり込み僅かに涙を浮かべた。

「部屋が散らかって、もしかして男たちに乱暴でもされたの!?許しておけないわ!どっち!?リンが回復魔法を使えるから、いくらでも殴れるし潰せるわよ!」

「え゛っ…そういう使い方はちょっと…」

「乱暴は、されていませんわ。部屋を出ようと暴れていただけですので、心配はいりません」

「そう」

 安堵したチマは踵を返し、ナツを閉じ込めていた使用人を縛り上げ、後のことはコンに任せる。

「な、ナツ様ぁ、無事で、よ゛か゛っ゛た゛で゛す゛!゛」

「わ、落ち着いてくださいまし。…一体どういう状況なのかしら?」

「トゥルトの使用人さんが、ナツ様が監禁状態にある、って伝えてくれて!いつも運転手をなさっている使用人さんが」

「それで、チマさんを増援にトゥルト家へやってきたと。…命知らずねぇ」

「今日は何故か、人が出払っているって」

「なるほど。…………安心している場合ではありませんわ!」

「何!?急に声を上げて!」

「チマさん、デュロ殿下…だけでなく王家の危機ですわ!」

「どういうこと」

「トゥルト派閥が王家簒奪を企てて武装蜂起したのです」

「…、デュロ公務でラチェ騎士とゼラとかを連れて王都を離れている。いや、だからこそ、騎士団で最上位の二人が居ない内にってことね。王后様はお母様が侍っているはずだから問題ないけど…」

「ここ最近、周辺領地の穢遺地で魔物が活発化していると殿下が仰有っていました。騎士団からいくらかの人員を派遣していますわ」

「でもお父様がそんな、トゥルト派閥が城を攻めるような状況にするかしら?」

「過信しすぎではなくって。王弟宰相も人の子、多忙が重なりこの事態を招いたのでしょう」

(いや、レィエ宰相は年度末に備えて手を回していた。ストーリーの終わりは年度末だから。…それが仇になったに違いない)

 リンは言い出せない言葉を飲み込む。

「まあいいわ。王城がどうなっているかの情報もほしいし、一足先に屋敷に戻りましょ。先生方にシェオへ伝言をするようにも伝えているし、屋敷で待っているはずよ」

「…あのー、チマ様?」

「なぁに?」

「シェオさんとビャスくん、今日って王城に向かったのでは?」

「………。王城に乗り込みたい、…けれど、とりあえず屋敷に帰ってきていることを願いましょ」

「そうですね…」

(無事でいて…)

 不安気なチマは踵を返し廊下を進もうとするのだが、ナツは俯いた後、覚悟を秘めた瞳で三人を見つめる。

「私は、トゥルトの者として罪を清算するため王城へ向かいますわ。国家反逆罪を企てた者の娘、どう足掻いても死刑は免れません。ならばこの命、燃やしてでも役立てたいのです」

「…なら私も。ナツ様の向かわれる場所が私の道ですので」

「ありがとう、コン。その命、使わせてもらうわ」

 跪くコンの姿にナツは一層の覚悟を身に纏う。

 然しながらチマは呆れた表情を露わにしつつ、ため息を吐き出し肩を竦める。

「無駄死には感心しないわね。命を捨ててでもトゥルト派閥を討つ覚悟があるなら、……もっと有効活用してあげるわよ?」

「嫌な、予感がしますわ…」

「…はい」

「簡単よ。ナツ、貴女は私の妹になりなさいな」

「「「???」」」

 三人は首を傾げつつも、チマの話しに耳を傾ける。

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