「簡単な話しよ。今、王城がどうなっているかは分からない、トゥルト派閥が王位簒奪せんと武装蜂起したってなら、それ討つためアゲセンベ派閥に貴女が寝返ればいい。だけど、それだけだと連座でナツも処刑されてしまう。じゃあどうするか、家族と縁を切ってアゲセンベ・ナツになってしまうの」
「私の存在は不穏分子に他なりませんわ。王弟宰相や奥方がどう思われるか」
「駄目だったら、私の娘になってもらうわ。デュロの妻、謂わば王后の地位にナツを擁立したいのよ」
圧の強いチマに顔を引き攣らせながら、ナツは問う。
「何故そこまで、私を買ってくださるのですか?」
「反乱軍を制圧し処罰した後、国政を担う勢力はお父様であるアゲセンベ派閥が一強となってしまうわ。そうなった際に、デュロの隣へ担ぎ上げられるのは誰?」
「…。チマさん、でしょうか?」
「ええ、そうね。私個人はデュロを嫌っているわけではない。けれど、今は市井からも多くの人を取り入れようとする政治姿勢があり、それらを快く思わない派閥がいて、………多分、それが原因で武装蜂起なんて真似をしているのだと思うわ」
「私も、少しばかり抵抗はありますわ…」
「でしょうね。…この方針、改革は安定に座していた貴族からすれば痛みを伴うもの。それに加えて、これからも紡がれる王の血筋に、夜眼族の血を入れるのは時期が早すぎるわ。……何れ、未来にそういう選択があるかもしれないけれど、私とデュロの代ではないことは確かなの」
「国を崩さないため、ですか」
「ええ。ふふっ、それにナツはデュロの事が昔から好きで、王后になる為に努力も欠かしていない。学力は私のほうが全然上だけど、越えられない壁ではないはず。…だから貴女なの」
要は条件が整った女ということだ。
「ナツ様…、私は何処であろうとお供いたします」
「………、分かりました。分かりましたわ!誰も彼も私を都合よく利用しようとしていることは分かりましたわ!!良いでしょう、アゲセンベの家を乗っ取られないよう、常に気を張っていると良いですわ!!」
「ふふっ、交渉成立、ね。それじゃあ先ずは、アゲセンベ家へ向かいましょ。うちの使用人なら幾らかの情報は仕入れているはずよ」
(とんでもないことになっちゃったなぁ…。この反乱に統魔族が関わっているのなら、チマ様を守らなくちゃいけない正念場、……気合を入れなさい!
少女四人は自身らの意思で歩みを進める。
―――
王城での事件に加えて、チマが敵の娘を懐柔し、アゲセンベ家の養子にするなんていう言葉を聞いたかトゥモは困り果て、一瞬まで老け込んでしまった。
「お嬢様…。ラザーニャといい、人は捨てられた子猫と違うのですよ?」
「なんか私の悪口言われました…?」
張本人の言葉は宙を漂い霧散して。
「必要だから味方に加えたのよ。私の決定、私の我儘だから、しっかりと受け入れて頂戴な」
目頭を押さえ天を仰いだトゥモは、チマと言い争っている場合ではないと、彼女の意思を尊重しナツに警戒を向けつつ、とりあえずの同意をした。
「承知、いたしました」
「それじゃあ今の状態を教えて」
「畏まりました。――――」
日が完全に落ちた夜の時。
アゲセンベ家の使用人たちが総動員し集められた情報は、『ロォワ及びレィエ、主要政務官が拘禁状態』『王后やその侍女行方不明』『城内、それも先王陛下の離宮付近にて戦闘状態が継続』の三点。
「なるほど。伯母様とお母様たちは未だ問題ないわね」
「といいますと?」
「伯母様のお部屋から隠し通路を用いて、お祖父様たちの離宮まで逃げられるのよ。つまり戦闘状態にあるのはお母様と第一騎士団の面々よ」
「ほほう」
「シェオとビャスの情報はないの?」
「ありません。上手く立ち回っていると良いのですが…」
「あの二人なら、…生き残ることは難しくないはず。そう信じましょ」
「はい。では問題は三つ。今上陛下と旦那様及び政務官の解放。王后陛下と奥様方の救援。お嬢様と王子殿下の身の安全。となりますね」
ロォワとレィエを殺害したとて、王位継承権を持つデュロとチマがいる以上、正統な政治の権利はトゥルト派閥に傾くことはない。
傀儡とするためどちらかを擁立しなければならないのだ。
「…ナツって、トゥルト・チェズから同派閥の男と婚姻を結ぶように言われたのよね?」
「そうです。私がデュロ殿下と婚約し王后になったのならば、トゥルト家は間違いなく安泰。王弟宰相を押しのけるまでに及ばずとも、政治的な力は彼に並ぶほどとなります」
「それを蹴ってまで、………うーん。王都内にいる私が狙われるかもしれないわ」
「え?」
「彼らの目的は、王家を傀儡にするんじゃなくて、王政を廃止することなんじゃないかって思ってね」
「「「…。」」」
「伯父様とお父様をその場で殺害しなかったのは、王家全員を公開処刑し、市井に対し王権の終焉とトゥルト派閥の力を示すため。所謂恐怖政治の一端ね。…大衆の目に付く場所で処刑し、市井全体へ時代の変わり目を自覚させる行為は、歴史を紐解けば南方の国でも用いられた行為よ。悪政を強いた王を裁いた際の手段だから、意味合いは真逆だけども効果はあるんじゃない?」
「ではお逃げする準備をば」
頷いたトゥモが使用人一同へ指示を出そうとするのだが。
「そうね。…アゲセンベ家当主代理として命令を行います。非戦闘員たる使用人は有事の際の避難手順に沿ってアゲセンベ家の屋敷から退避をし、各自所定の施設に身を寄せなさい!」
「「!?」」
「屋敷の警護を兼ねている者は私と共に、お母様の救援。場合によっては、その後のお父様たちの奪還にも付き合ってもらうわ!」
「それ、本気で仰有ってるんですかい?」
「?」
騒然とする使用人たちだが、屋敷の玄関が開かれて、姿を現した一団もチマの発言に呆れている。
「ウィスキボン第六騎士団長、どうしてアゲセンベ家に?」
「年末だってのに遠征させられて、戻ってきてみりゃ反乱軍によって職場が占拠。宰相からの言いつけで、いざという時にチマお嬢を救出に来たら、件の王城に乗り込もうって言ってたんですよ」
「第六は王城から離れていたのね。これを僥倖というべきだわ!」
「僥倖、ですか…。おーい、お前ら聞いたか、遠征終わりに王城の奪還に行くぞ」
「お!行くんですか!俺たちを拾い上げてくれた宰相を救うためなら、あの世の果てにだって進軍しますよ!」「傲慢ちきなバカタレ貴族が政するなら、俺たちゃ無職確定だ!」「ならやんなくちゃな!!」
遠征で疲労困憊であろう騎士たちは、喧しく声を上げ自信満々なチマへと視線を向け、一斉に跪く。
「そういうことで。…こほん、我ら第六騎士団は、アゲセンベ公爵家当主代理、アゲセンベ・チマ様に剣を預けます」
「預かりますわ。ではアゲセンベ家の使用人は所定の手順で動きなさい!開始!」
「「…はぁ…。…承知しました!」」