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五話 狼煙を上げるもの ⑧

「んで、流石に第六とアゲセンベ家の一部、……トゥルトの娘の少数勢力でどう戦うんです?正面突破なんていいませんよね」

「世間知らずではあるけど、私を馬鹿にしすぎよ。無策で家族である使用人を危険に晒したりはしないわ」

「お嬢様…」

 ほっと胸を撫でおろす、銭湯の心得がある使用人たち。

「王城区域は、有事の際の王族が逃げることのできる、隠し通路が用意してあるの。私も王族の一人ではあるし、登城することも少なくないから、その場所を教えられているわ」

「それを逆手に取って、隠し通路から王城内に侵入。王后陛下や先王陛下、宰相夫人を救出。余力があるのなら、陛下と宰相閣下を奪還すると」

「ええ、そうよ」

「地図はあるんですかい?」

「防衛の観点から、地図は王城に秘されていて手元にない。…けれど、全て記憶しているわ、紙を頂戴な」

(これはデュロルートの展開。本来の展開ならチマが王城を制圧し、デュロの記憶を頼りに時間を掛けて隠し通路を割り出すことで、両陛下を奪還する最終章だ。状況も時期も、勢力も違うけど似たような筋道を通ることになるんだ。……このまま順調に進めば、チマ様が犠牲になる展開は防げるけど)

 リンは一度考え込み手を挙げる。

「何か提案?」

「はい。この反乱に、統魔族が関わっている可能性があります。ですので、対抗戦力として勇者であるビャスくんは確実に回収したいんです」

「統魔族?穢遺地にはなっていないけど」

「ええっと。ちょっと説明が難しいんですけど、…私、予知夢みたいのが昔からあって、仮面を着けた相手と王城で戦う場面をみたことがあるんですよー、……信じてもらえないかもしれませんが」

「ビャスとシェオは王城の何処かにいるはずだから、見かけ次第回収しましょ。ただ、統魔族がいるとなると、今までの経験上、そこらの魔物とは比べ物のならない魔物を生み出してくるはず」

「そういう時の為の第六騎士団ですぜ」

「頼りにするわ」

「おう」

 「それじゃあ」とチマが紙面に地図を製作し始めれば、一直線に走ってくるマカロとそれを追うバラが現れた。

「…んにー」

「マカロも避難して頂戴」

 抱きつくように立ち上がったマカロを受け止めたチマは、最大限の愛情を示すように全身を撫で回し、頬ずりをする。

(でっかいネコ、…ネコなの…?)

 1メートルはあろうマカロを見たナツは、顔を引きつらせる。

「そうだ、全部が終わったらまた紹介するけど、この子はナツ。私の妹になったから、マカロの妹みたいなものよ」

(???)

 ナツは混乱状態になった。

「ふぅ。それじゃあマカロ、しっかりといい子で、バラの言う事を聞いて待つのよ」

「にゃ」

 名残惜しそうに、幾度も振り返りながら去っていくマカロの姿に、チマは心を痛めながら再びの日常を取り戻すべく地図を制作する。

(統魔族。…最近、『盲愛』は出てこないけど。…眠っているのかしら?)


―――


「敵軍は一旦引きましたが…」「諦める様子はありませんね」

 離宮にて防衛戦を繰り広げていたマイと第一騎士団、そしてシェオとビャスは、そう長くない戦闘時間にも関わらず疲弊しきっていた。

 理由は簡単で、人数差。戦いとは数なのだ。

「私は少し休みを取ります。敵が動き始めたら起こしてください」

「承知しました」

 長椅子に横たわったマイは、天井を見つけながら自身の尻尾をなでる。

(チマが無事であればそれだけでいい、といいたかったのですが。…シェオさんもこちらにいるのでは、あの子が乗り込んでくるのは時間の問題でしょう。…私やレィエさんだけでも乗り込んできそうですが)

 彼女の脳裏に浮かび上がるのは、チマが生まれてから今までの記憶。子供は彼女一人し恵まれなかったものの、それでも十分といえる人生であった。

「孫の顔くらい拝みたかったのですがね…」

「なぁに弱気になっているんですか」

「義姉様」

「隠し通路の準備は出来ましたよ。…ただ、義父様義母様を運ぶとなると戦力が削られてしまいますので…」

「ええ、殿は私が勤めます」

「…。」

「娘に会ったら、幸せになって、とお伝え下さい義姉様」

 戦闘で全身に小さな怪我を無数に負ったマイは、寂し気な表情で王后の懇願する。

「ありがとう、マイ。貴女は自慢の義妹です、願わくばこれからも私に仕えてほしいものですが」

「ふふっ、機会がありましたら」

 マイは力尽きるかのように脱力し、寝息を立て始める。

 王后は初めて見る彼女の寝顔を一度撫で、覚悟を決めて撤収の指示を出す。


「キャラメ爵士とティラミ使用人、お二人には隠し通路の先行役を担っていただきます。抵抗戦力が必要だということは理解していますが、我々が安全に通路を進むための斥候役を任せるのです」

「はっ!承知致しました」「っ承知いたしました」

(僅かに聞こえてしまいましたが、奥様が殿に…。旦那様がどうなっているか、チマ様が無事かどうかも分かりませんし。………)

 シェオの曇った表情をみて、王后は小さく笑みを作る。

「マイさんも、ロォワさん、レィエさんも大丈夫よ。こんな障害に躓くような人ではないのですから」

「そう、ですよね…」

「…。巻き込まれてしまっただけの被害者ですのに、我々へと協力していただき本当にありがとうございました。恥じることなく、隠し通路を進んでください。可愛い姪っ子ちゃんと為、マイさんの覚悟の為にも」

「「はい」」

 シェオは手袋を、ビャスは剣を確かめ、撤退作戦の準備に移る。


―――


「はぁ!?王城が制圧された!?!?」

 王都の後方を聞いたデュロは公務で訪れていた街にて、急ぎの報を聞いたのだが、あまりの驚きに椅子から転げ落ちた。

「主犯格はトゥルト派閥。王城の警備が周囲の穢遺地対処の為に削られた結果、残存戦力が制圧されるに至ったと思われます。ロォワ陛下含め政務官らが拘束、王后陛下の安否は不明。政治機能は停止中」

「端的に言えば最悪の状態というわけだ。然しトゥルトとはな…」

「ナツ嬢の努力が浮かばれない形で終わってしまいます」

「。」

 ラチェの言葉にゼラが肯く。

 その後、デュロはチマと同様の推測を行い、苦い表情を露わにした。

「どう転んでも面白い状況にはならないが、国難に立ち向かわずして何が王太子。ラチェ!夜間行軍で悪いが第一騎士団の指揮をしろ!王城を奪還する!!」

「…。委細承知」

(ナツとトゥルト家の関係が悪化していたが、こうなってしまうとは…。無事ていてくれ)

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