朝の近づく深夜時、チマ派閥連合は僅かな休息を終えて行動を開始する。
事前に第六騎士団の車輌や不要な装備は処分し、アゲセンベ屋敷から痕跡を消し、屋敷の隠し通路へと足を踏み入れた。
いざという時に王城からアゲセンベ家へ逃げられるよう、新造された隠し通路を進む。
(こんな通路はなかったし、ゲームだと市井への出口を探してたんだよなぁ。それにチマ勢力に多くを破壊されていて、王座を奪還するには数ヶ月の時間が流れていたはず…。チマ様が敵じゃなくてよかったよ…)
緊張の色が顔に出ているリンだが、頼れる相手の存在に安堵する。
(この状況、何が起こるかはわからないから、警戒を密に挑まないと)
時を少し置いて、トゥルト派閥がアゲセンベ家へ夜襲を仕掛けるのだが、そこはもぬけの殻。
不意の反撃を警戒しながら踏み込むのだが、人一人、猫一匹おらず肩透かしを喰らった。
「逃げられましたね。痕跡を探して追跡しましょうか?」
「…、あのスキル無しは、国民からの支持が篤く厄介な相手となりえる。屋敷をひっくり返してでも痕跡を見つけ出し、捕縛する。動け」
「はっ!」
屋敷中を探し回ったトゥルト派閥だが、三々五々と人が散っていった痕跡が多く、どれか一つに絞ることが出来ないでいた。
これはチマが出した使用人たちの撤退指示の一環で、わざと痕跡を残させ、彼らを守る取り組みである。あわよくば諦められ、全てを追うために人員を割くのであれば、個々での対処が可能になるだろう。
「隊長、地下へと続く通路を発見しました」
「なるほど、地上の痕跡は使用人を用いた陽動。全部隊を招集し、地下通路へと向かう」
地下道を進むチマらは後方から爆発音と振動を感じ取り、作戦が成功したのだと悟る。
「チマお嬢」
「成功したようね。これで私たちは屋敷に帰れなくなったわ。離脱する際は状況に応じた、指定の出口を目指すことを忘れないで」
「了解しました」
(意図的に地下通路への道を分かるようにしといて、少し進んだ先に爆発性の罠で追手の処理と証拠隠滅…。よくもこんな手口を使おうと思うもんでさ…)
「一網打尽にできているか、負傷者が多くいれば良いのだけど」
「結構な量の残響炭を使ってるんで、屋敷は半壊、運良く一部が吹き飛んでますよ」
「屋敷なんていくらでも建て直せるわ。この作戦を成功させればね」
「次男三男も学校に通わせないといけないんで、無職にはなれませんよ」
キュルの軽口を笑い、一同は地下通路を進む。
―――
「爆発音!?」
「…ですね。通路の存在に、気づかれたのでしょうか…?」
「そうでないと祈りたいのですが…」
先行隊として隠し通路を進むシェオとビャスは、アゲセンベ屋敷がチマの手によって爆破されたことなど露知らず、警戒を露わに進んでいく。
「「…。」」
地上での戦闘音を感じ取れないことから、マイとトゥルト派閥の衝突は、睨み合いの状況だと推測する二人だが、チマの母親を見捨ててしまったことに後ろめたさがあり重苦しい雰囲気が漂っていた。
「然し…ある程度の道順は教わりましたが、いくつもの分岐があるので、お屋敷まで辿り着けるか不安が残りますね」
「っはい。て、敵と出くわしたくは、ありませんが…」
腰に佩いた剣。その柄に手を乗せたビャスは、少なからず人間を相手するだけの覚悟を見せていた。
そして、シェオもそれは同じである。
―――
屋敷の地下と屋敷の一部が爆破された少し後、デュロ一行がアゲセンベ家へ辿り着き、悲惨な状況に目を剥く。
「何が!?」
「アレは…第三騎士団の車輌ですね。先手を打たれてしまったようです。各隊陣形を組み、殿下の護衛を。ジェローズ騎士は一隊を指揮し、アゲセンベの屋敷にある魔法道具の回収後、合流を」
「「「はっ!」」」「。」
ラチェの指示を受けた第一騎士団は、一糸乱れぬ動作で陣形を組み、護衛部隊と突入部隊に分かれ、屋敷内部を覗う。
ラチェが陣頭で指揮を行いながらの突入作戦は、混乱する数名のトゥルト派閥との接触程度で、被害という被害はなく順当に捕縛を終えた。
「グミ―。魔法道具無かった。空っぽ」
「やはり」
「やはり?」
「この爆破はアゲセンベ家の者による反撃でしょう。本来なら、この部屋…があった場所から王城や各地の脱出口へ繋がる通路が設置されていたが、見事に進むことが出来ないよう破壊されています」
「別の入り口わかる?」
「この屋敷ならば、ここだけですね」
簡単に瓦礫の下を確認してみると、無残な肉塊がいくつも潰れており、その破壊力を理解らさせられる。
「すんすん」
鼻を鳴らすゼラが周囲を確認していると、デュロと護衛部隊も合流し、惨状に眉を顰める。
「どういう、状態なんだ…?」
「アゲセンベ家の住人たちが、反撃として通路へ敵を誘き寄せ、爆破したのでしょう。捕縛した元騎士も同様からも、屋敷内を散策していたら爆破し部隊が壊滅したと発言していましたので」
「ならチマ無事と考えてよさそうだな」
「だけどアゲセンベ家には、これだけの威力を出せるスキル持ちがいない。外部協力者がいる」
「「外部協力者…」」
レィエ派閥と考えれば、協力する者を多く想像できる一同だが、事件が起きて数時間程度だと考えると思い当たる節が少なく。
「第六騎士団、か」
「じゃあこれは、ユーベシ副団長あたりでしょう。…となると…」
「向かった先は王城。奪還作戦を決行していると思う」
一同は通路が潰され、合流に時間がかかることを歯痒く思い、王城を奪還するべく動き出す。