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五話 狼煙を上げるもの ⑭

 先程までの寄せ集めの戦力とは異なり、キィスの指揮する面々は士気が高く、ドゥルッチェ王国を手中に収めるため、命を投げ打ってでも連合軍へと打撃を与え続けていた。

 元より数では劣る連合側。ナツとマイが散らした程度では圧され始め、戦線に歪みが見え始める。

(肉薄したというのに、今では距離ができています…。これ以上はリンさんとビャスの負担が大きくなるばかり、退路を確保する必要が出てきましたね)

(あの目の動き、退路を探している。個々の戦力では高い水準に位置しているが、数相手では厳しいということ。アゲセンベ・マイの体力も削れてきているはず、攻め時は此処とみました)

 キィスは周囲の魔法師へ、魔法をまとめ上げ大きな一撃で、戦局に追い風を作ろうとする。

「来ます、なんか!」

「防壁を張ります!二人とも近寄ってください!フーイ!!」

 シェオはなりふり構わないと本気で風の防壁を作り出し、数多飛来する魔法の数々を受け止めていれば、両側面から近接担当が防壁を迂回しながら挟み込み、リンとビャスを狙う。

「何度もしつこい!」

 棒術と鈍器術。二つのスキルを乗せた金箍根を振り回し三人を対処するのだが、投げられた小剣が脹脛の突き刺さっては、痛みで視界が霞む。

「こんな、程度!!」

 根で攻撃を弾く序でに、自身の足に突き刺さった小剣を叩けば、ざっくりと傷口が広げながらも小剣自体は吹き飛び、自然回復のスキルで傷口が埋まる。

「ええいままよ!シェオさん!ビャス!」

「「なんでしょう!?」」

「避けでください、ねッ!てりゃあああ!!」

 金箍根の形状を、長く太く変えたリンは、悲鳴を上げる身体を無視しながら天高く掲げ、キィス目掛けて振り下ろす。

 肉体強化や武器スキルを考えても、あり得ない大きさの根を振り下ろす代償は大きく、リンの骨は圧し折れながら、落下線上にいたトゥルト派閥が圧死する。

「今、ですよ!!」

「ッ!ビャスはリンさんを!」

「はいっ!」

 シェオたちへ向っていた魔法の数々は、魔法師が逃げ、潰された事で止み、先程まで攻勢に出ていたことが仇となって手が止まる。

 そして異様な光景にトゥルト派閥の者が若干怯んだことで、シェオが駆け出した。

 金箍根上を駆け抜けていくシェオ。然し立ちはだかるように相手が上ってくるのだが。

「援護いたしますわ」

「助かります。では道を切り開いてください」

「お任せを」

 ボロボロとなったナツがシェオを露払いをすべく立ち回り、二人はキィスの許へと辿り着くのであった。

「歯を食いしばってください、バァニー・キィス!!」

「…はぁ。厄介なものだ―――」

 諦念を露わにしたキィスはシェオに殴られ意識を失い、指揮官を取られた派閥は勢いを削がれ、撤退を余儀なくされる。


 非常に善戦した連合側だが、被害は非常に多く半数近くが負傷者となっており、死傷者も少なからずいて、息も絶え絶えのマイが弔っている。

 トゥルト派閥は、キィスが捕縛され戦況が不利と見るや撤退を開始し、軍としての致命打は避けていた。

 ベゴッ!

 そんな中、打撃音が響き渡り、男の歯が一本飛んでいった。

「チマ様の居場所は何処なんですか?いい加減、答えてください」

「知る、はずもなかろう。あの男についても、殆どを知らされていない」

 ぺっと血を吐き出し、怒りに歪んだ形相をしたシェオを見上げるキィスは、もう一度振り上げられた拳に呆れ果てる。

「シェオ、それ以上は無意味だ。やめときな」

「ウィスキボン団長。…そう、ですね」

 顔面をフグのように腫らしたキィスは、内心で安堵しつつも、恨みがましく連合を睨め付けた。

「市井の猿がこんなにも。…何故、分不相応な立場を求めるのか。政は王族と貴族で行われてきたもの、右も左も知らぬ新参が、務められる場所ではない」

「だからって手順が急すぎると、私は思いますがね、バァニー“元”政務官」

「今しかなかったのですよ。…王子殿下の求心力が高く、対外的な力を有するアゲセンベの姫。お二人が盤石な地位を築く前に、事を終わらせなくてはならなかった。それだけのこと」

「…私が殿下と婚姻を結べは、もっと別のやり方もあったはずです」

 キィスは首を振り、力なく意識を失った。

「…。情報は得られず、行軍も難しい状況です。私はチマ様を探すために動きたいのですが、ウィスキボン団長には負傷者の保護をお願いしたく思っています」

「離宮を使っての籠城戦をしてるさ」

 キュルは肩を竦め、キィスを担ぎながら連合へ指示を出す。

「っ僕も行きます」「私も同行しますわ。殿下との約束がありますので」「回復し終えたんで、私も」

 ビャス、ナツ、リンの三人がシェオの許へと集まった。

「すみません…、私はちょっと厳しくって」

「コンは離宮で、皆さんの援護をしつつ、休息を図ってくださいな。此処まで同行してくれたこと、誇りに思いますわ」

「は、はい」

 ペコリと頭を垂れたコンは、周囲へ手伝えることを尋ね、離宮へと移動した。

「さあ、何処へ向かいましょうか?」

「「――!?」」

 シェオとビャス、怠惰の仕徒である二人は、主であるチマの危機を感じ取り、一斉に一方を向く。

「あちらチマ様がいます!」「で、ですね!」

「ってことは、チマ様の危機ということですか?」

「多分。マフィ領の時と同じ感覚ですので」

「なら急がないと」

「?」

 蚊帳の外に置かれたナツは首を傾げつつ、三人を追いかける。

「若い子たちだけで行くのは危険ですから、私も同行いたします」

「奥様!?体力は大丈夫なのですか?!」

「何とかするわ。家族の危機なんですから」

「承知しました」

 五人は駆け出しチマの許へと向かう。

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