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五話 狼煙を上げるもの ⑮

 連れ去られたチマは、景色が変わると同時にサーベルを振るい、『均衡』の仮面を狙うも軽々と回避され、距離を置きながら周囲を探る。

「謁見場?こんなところに連れてくるなんて、趣味のいい統魔族ね」

「ここは折り返しの一つ。本来の琥珀へと戻し、均された路へと還す為の祭壇だ」

(本来って、『均衡』が歪めている時点で本来もクソもないだろうに)

「我々統魔が全てを司り、種を拡げる事が本来の道筋。邪魔者が消えた今、星を葎に外へ飛び立つ力を蓄えなければならないのだよ」

(そのために『怠惰』の琥珀を利用したってのか?)

「然り。ティニディアの一端を内包した琥珀は、力を蓄える円環の土壌として十分すぎる働きをしていた。アーダスが外より干渉するまでは」

「??」

 どうにも統魔族同士の会話についていけないチマは首を傾げ、活路を探し踵を返すのだが、均衡が目の前に現れ退路を断たれる。

 脇をすり抜けるような足運びと視線誘導で相手を釣り、上体を限界に近い駆動で捻ってから無理やりに進行方向を変えるのだが、やはり目の前に姿を現してしまう。

 そして、均衡がゆったりとした動きで、片手をチマに向けるのだが、本能が「触れられてはいけない」と拒絶し、二度三度飛び退き距離を置く。

「ッ!!」

 着地とほぼ同時、視界にいたはずの均衡が忽然と消え去り、何処に現れたら嫌か、何処に現れたら効果的かを考え、影歩で再び前へ出る。

(チマちゃんの直感は正解だったみたいだ、…厄介な奴だよ)

(ちゃんと報告してくれない!?)

(無茶言わないでくれ、アイツの移動先なんぞオレちゃんでも読めないさ)

 均衡が現れていたのは、チマの左後ろ。一歩前へ出ていただけであれば、間合いに収まっていたであろう。

「『義憤』に『正心』、アレらが余計なことをしたと考察する可きか、いささか『諦堕』の根が伸びている」

(いいかチマちゃん、今は逃げに徹して『勇者』の枝葉を待つんだ。本能で避けたように、均衡に触れられるのは拙くって、どう転ぼうとも有利にはなり得ない。…面白くないことにな)

(面倒な…)

「部位の欠損程度であれば問題はないか」

「嫌なことを言うわね…」

「自ら進んで円環に戻るのであれば、痛みを感じることなく終わらせることもできるが」

「よくわかんないけど!あんたら統魔族を信用しろってのは無理な話でしょうに!!」

(えっ!?)

 謁見場にてチマの逃走劇が繰り広げられる。


―――


「敵の数が多いが大丈夫なのか!?!」

「何とかするためにジェローズ騎士が動いていますので」

 通用門へ襲撃を掛けたデュロ一行は、想像以上の敵兵に苦しめられていた。

(大きな爆発です。兵力が削がれていると踏んだのですがね)

 簡単な魔法で援護するデュロを護る為に、ラチェが立ち回っているのだが、他の騎士に攻撃を依存している状況では押し返すことは難しく、戦況は拮抗していた。

「ッ!全体防御!!殿下はお伏せください!!」

「うぇ!?」

 城壁の上部から、刹那の光を見つけたラチェは、自軍へと防御指示を出しながら、デュロへと覆いかぶさる。

(圧縮残響炭使用の手投弾。威力はお墨付き)

 城壁の上から手投弾を数個投擲したゼラは、爆発を確認すると同時に、大型の魔法銃で目下のトゥルト派閥を撃ち下ろす。

 全力で魔法道具を用いると破損してしまうのだが、そんな事はお構い無し、壊れるたびに放り捨て敵を制圧してみせた。

「終わったよ」

「終わったよ、じゃあありません!私が貴女を見落としていたらどうする心算だったのですか!?」

「直前にはスキルで感知するはず。巻き込まないよう計算もしている」

 普段のお道化た雰囲気は何処へやら、憤慨するラチェにゼラは肩を竦め、城壁から飛び降りる。

「武器庫は制圧した。けれど魔法道具の大半は持ってかれてた」

「でしょうね。他方面の情報は掴めましたか?」

「正門で第二第四と王族へ懇意にしている派閥が連合を組んで攻撃してる。離宮も予想通り、アゲセンベ家と第六の連合が暴れてるって」

「三方からの同時攻撃、お相手は混乱の最中でしょう。…我々は陛下の奪還へと進みます、先ずは政務区画へ!」

「「はっ!」」

「武装の補充をしてから合流する」

「急いでください」

「わかってる」

 ゼラは軽い身の熟しで王城を進んでいき、ラチェら第一騎士団はデュロを旗頭に、王城へ進撃を開始する。


―――


「外が騒がしくなってきましたし、我々も動きましょうか」

「城内がめちゃくちゃになってないといいのだが…」

「厳しいでしょうね」

 軽口を叩く余裕のあるロォワとレィエ。

 二人は王城の一角に監禁されているのだが、レィエが何やら不審な動きをすると、手錠が破損した。

「手錠と拘束の魔法だけで私を封じ込められると思うとは、まだまだ甘いですね。外の様子は分かりませんが、間違いなく残存戦力との衝突が発生しているのは、幾ばくか前の爆音で理解できます。故に私共はその混乱に乗じ、相手に一泡吹かせましょう」

 ロォワと政務官たちの拘束を解いたレィエは、監禁されている部屋の扉に、魔法で封をして虚空から様々な道具を取り出す。

(こそこそと集めた品々、早くに使い道ができたね)

「離れててくださいね」

「は、はい」

「ええっと…、どうやってつかうんだったか」

 不安になる一言を呟いたレィエだが、壁にいくつかの魔法道具を貼り付け、一歩離れて起動することで壁が切り裂かれる。

「よし。ここから外へ出て、政務区画へ戻りましょう。ん?」

 高さは二階。

 縄梯子を下ろすと地上を走っていたシェオらと目が合い、お互いに目を丸くし、更には遠方からデュロら第一騎士団まで見つけられたではないか。

「これは、ふっ運が良い」


「あなた!」

「マイ!無事でよかったよ」

 マイを抱きしめたレィエは、彼女の体温を確かめながら状況の把握に努める。

「トゥルトの娘は何故ここに?」

「チマがうちの養子にするとのことですよ、当主代理として宣言したみたいです」

「はい。チマ様がトゥルト屋敷に突撃し救出、妹にしてデュロ殿下の婚約者として擁立すると」

「……………。」

 なんともいえない表情のレィエだが、チマの考えあってのこと、仕方なしに受け入れていく。

「そうか…、チマが。ナツが無事で安堵したよ」

「殿下、」

「今は再会を喜ぼう」

「はいっ」

 戦闘でボロボロとなったナツの手を取り、デュロらはチマの姿を探す。

「「「ところでチマは?」」」

 王族三人は不在のチマに疑問を覚え、声を重ねて問うた。

「仮面の男、おそらくはレィエさんの仰有ってた統魔族に拐かされてしまいました…」

「…、なるほど。場所は?」

「なんとなくですが」

「よし、では向かおう。統魔族の目的は間違いなくチマだ、絶対に救わねばならない」

(救えなければ、この人生の意味を失ってしまう)

「はいっ!」

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