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五話 狼煙を上げるもの ⑯

 チマは均衡の攻撃を絶界で停止させ、影歩で飛び回って退路を探し続けていたのだが、これといった活路を見出すことなく時間だけが過ぎていた。

(酸素が、…集中なさい私!)

 こひゅっと不規則な呼吸に意識が向き、眼前に迫っていた杖への対処が遅れチマは、たなびく髪の一纏まりを貫かれ、切り落とされる。

 そのまま横へ振られた杖を、身体を反らすことで回避し、崩れた態勢へと繰り出される腕は、床を爪で引っ掻き紙一重で避けきった。

 今の対処で爪が割れ、血が滲み始めているのだが、そんな事を気にしていられる状況ではなく、大急ぎで離れようと試みたのだが。

「――――ぎ、あァッ!?」

「ティニディアの八の子に似ていると警戒したが、見せかけの動きにすぎない。遊びは終わりだ」

 躱したはずの杖は、無理やりの軌道変更を余儀なくされながらも、チマの右眼を刺し潰す。

 痛みにのたうち回るチマだが、何時までも同じ場所に留まっていられないと立ち上がろうとするも、一度止まってしまった身体は、既に体力の限界を迎えて、床を這いつくばるばかり。

「はぁ…はぁ…、拙い、拙いわ…見えない」

(近くまで来てるってのに!間に合わねえのか!?)

 キィーーンと耳鳴りが始まり、左眼の視界すら黒く覆われていき、狂った三半規管にチマは床を転がる。

 立ち上がろうと力を込める腕は床を滑り、再び転倒しては頭部を打つ。

「かはっ…、はぁ…いやよ、…まだ、なんだから!!―――――ッ、アアァァ!!」

 力を振り絞って立ち上がろうと踏み込んだ瞬間、左脚の膝から下が切り落とされチマは均衡に首を掴まれる。

「抵抗などせねば苦しみを感じることもなかったろうに。『怠惰』の殻を開け放ち、『諦堕』を差し出せ」

「―――!」

 首が締まり、返答も出来ないチマは、力ない拳で均衡を殴るのだが意味はなく、次第に動きがなくなっていく。

(これ以上はチマちゃんが保たない!クソ、何かないのか)

「『盲愛』お前の抵抗も終わりだ。神族亡きこの世に、貴様が単体でいた所で意味は無い。世を去った神族を追うといい」

(うるせえ!拙い拙い、チマちゃんの魂が!)

「喚いているといい」

(………。なにか、わたしのなかに)

 チマは薄れ行く意識の中で、自身の魂を外殻に、内で眠る傷だらけの何かを見つける。

(いまにもくずれそうな…。わたしは、だめでもせめて、このこだけでも)

 崩れ行く魂を、奥底で眠る誰かに宛てがっている間に、チマの意識は消失する。

(…、しぇおに、スキって、いえてないわ)

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