幸せな夢だった。
居場所があって、信頼できる人に囲まれて。
意地悪な相手もいた、厄介な敵も現れた。けれど、誰かに助けられ、恋心も芽生え始めた。
そんな夢。
「邪魔、するんじゃ、ないわよ!!」
チマの身体は動き出し、黒い刀である
膝から下を失った状態にも関わらず、片足のみで飛び跳ね、相手から距離を置く。
「統魔族、力を寄越しなさい!脚、脚を生やすのよ!」
(なっ!?枝でいいか?!)
「何でもいいわ!一本じゃ歩けないのよ!!あと眼球もね!!」
(だが、ちと痛いぞ)
「早く!ぐぎ、あぁ、痛!」
血液の流れでる左脚の損傷部に、傷を埋めるよう植物が生え、義足代わりの枝が伸びる。
そして潰れた韓牛が目蓋の奥から押し出され、黒い虹彩の義眼が収まり視界を回復した。
「壊しきれなかったか、『諦堕』の琥珀」
「…私の人生を弄んだ借りを、全て返してあげますわ、雑草野郎」
「その肉体で、か?笑わせる」
「随分と弱々しい、諦めの悪い身体だけど、だからこそ出来ることがあるのよ!あんたのせいでね!スキルポイントを全て喰らうわ、1も残さないで」
手の甲を摩り、息を吹きかけて巻紙を出すと、チマの持て余していたスキルポイント全てを消し去り、口端を盛り上げる。
アゲセンベ・チマ。レベルなし。保有スキル、諦堕。
(時間を稼ぐ、あんたはこの身体の、本来の私の魂をかき集めて繋げ合わせなさい。…出来るのでしょう?)
(…任せな。オレちゃんは何も助言できないし、力を貸すことも出来なくなるが、武運を祈ってる)
(さっきの戦闘じゃ、何も役に立ってなかったし、当てにもしてないわ。さっさと動きなさいな)
(面白くなってきたが…、笑ってはいられないな)
脳内に響く、盲愛声は消え去って、『チマ』が改めて視線を送ると、心の奥底から憎しみと復讐心が溢れ出てくる。
「絶対に、根の先まで掘り起こし、枯らす」
一歩、踏み込んだ瞬間に彼女の姿は消え去って、首を狙う剣閃が均衡を襲うのだが、これを瞬間移動で回避。隙を晒している背中目掛け、杖を振るうも姿はなくなっており、数歩先の距離で踵を返し、再び肉薄する。
互いに触れ合うことのない、肉眼で収められない攻防戦は、攻撃の余波で謁見場は滅茶苦茶にされ、ロォワが目にすれば涙目になってしまうであろう惨状を作り出す。
義足を軸に玉座を蹴飛ばし、叩き落とした瞬間に、相手の頭上へと跳び、黒い刃を振り下ろした。
「…。」
「あんたも随分と弱々しいじゃない、肉の枷なんて取っ払った方がいいわよ。…、いや寄生しないとたかが知れているわね、あははっ!ごめんなさいね」
感情というものは読み取れないが、均衡の攻撃は一層鋭く、チマの命を狙う単調な動きへと変わっていく。
(統魔族への切り札は『勇者』。
杖撃を軽く受け流し、反撃を入れるも手応えはなく。
耳を左右に動かして音を探り、微細な音を感じ取った瞬間に、謁見場へ限定された範囲で絶界を使用。相手の姿を確認することもなく、影歩で距離を詰め、刃を下ろした。
血液が噴き出す音が響き渡れば、均衡の残っていた腕は床に転がる。
「―――!!」
両腕を失った均衡は、声にならない怨嗟を漏らしながら後退り、傷口から枝を生やして腕の形を模していく。
腕、というには歪な。正しく形成されていないとさえ思える腕に、新しい杖を作り出した均衡は、枝の腕を鋭利に伸ばし、チマを殺さんと刺撃を繰り出した。
(はやい、けど)
義足をカツカツと鳴らしながら迫りくる枝を剪定、足元に転がっている杖を蹴飛ばす。相手が打ち払った隙を狙い、死角から均衡の首を落とした。
ロォワら一行が王城へ入り、シェオとビャスの感覚を頼りに進んでいくと、謁見場を前にしてトゥルト派閥の本隊及びチェズと鉢合わせる。
「うろちょろと、はぁ…」
「…、トゥルト・チェズ」
「私の用意した路だけを進んでいれば、成功が約束されていたものを…、愚かな娘だ」
「生憎と私は、トゥルト家と縁を切らせていただきましたの。…ここまで育てて頂いた恩こそありますが、国に仇なす逆賊となった今、血縁者である私が引導を渡して差し上げます」
「世迷言を。家と縁を切ろうが、お前がトゥルト・チェズの娘であったことは変わらない。華々しい路を歩む事など不可能。憐れなものだ」
チェズは懐から仮面を取り出しては、自身の顔に押し当てる。
「統魔族の仮面!?」
「だけどアレは、均衡のものじゃない」
「私は『
廻望の言葉を遮るように、謁見場の扉が破壊され、均衡の首を掴んだ『チマ』飛び出してきた。
「ティラミ!こいつの処理をお願い!!」
「え、ええ!?っちょ、ちょっとまっ」
投げつけられた均衡の頭部に、その場の全員が目を白黒させていれば、見知らぬ統魔族を確認したチマが姿勢を低く、相手に狙いを定めて飛び出す。
「こんなところにも雑草がいるなんて、鬱憤晴らしに丁度いいじゃない!」
「貴様は!?」
杖を生成し、対応しようとした廻望だが、咄嗟の状況に間に合わず、四肢を切り落とされ身体が床に叩きつけられた瞬間、一切躊躇のない一撃で首を落とされてしまった。
「ティラミ、もう一個追加よ!」
「うぇ!?ど、どういう、っこっちも未だなんですけど、―――ッ!!」
ビャスが床に転がる仮面付き生首を拾い上げようとすると、仮面の裏側から無数の枝が伸び、周囲を闇雲に攻撃し始める。
「おのれ、おのれェ!」
「ちっ、面倒なことになり始めたわね。ふぅー…、」
一瞬の内にチェズを殺され、勢力としては瓦解しかけているトゥルト派閥は、混乱する思考の中でチマを睨め付け、武器を構える。
「今の私は、そこそこに機嫌が悪いの。挑んでくるなら…容赦はしないわよ?」
「チェズ様の仇ィ!!」
「はぁ…」
義足で床を叩き姿勢を低くしたチマは、向かい来る無数の相手を羽虫を払うが如く容易く切り捨て、一帯に血の海を作り出した。
「そっちはどう?」
「す、すみませんお嬢様!コイツ、厄介で!あっ待て!!」
僅かな隙を突い均衡は、窓を突き破り外へと逃げ出していく。
「………。はぁー…、………うぐ、」
(もう、限界ね、身体と魂が反発し始めてる。この身体の私が、私に魂を覆い被せてくれたから、時間を用意できたけど、これ以上は…)
全身に激痛が走り始めたチマは、床へ跪き苦しみ悶えながら、逃げ去る均衡へ殺意を向けた。
「それ。その統魔族…だけでも処理して。…あと少しだったのに…」
(琥珀ちゃん、チマちゃんの魂は回収できたから、今すぐに肉体の主導権を手放せ!)
「わかってるわ…。わかってるわよ…」
「「チマ!」」「「チマ様!」」
駆け寄ってくるのは、『チマ』にとって複雑な人々。
「近寄らないで、くれる。…レィエとマイ、そしてリンの三人は」
「なにを…」
「こっちのあんたたちが…どういう為人かは、知ってる。けどね、…違和感しかないし、気持ち悪いのよ…。この、身体は何れ返すから、…私に関わらないで頂戴」
困惑する一同へ目をくれることもなく、チマは力を振り絞って立ち上がり、廊下を走り去っていった。
(もう、無理かも…。何処へいけばいいの…?)
(ルーラー山脈、オレちゃんの穢遺地だ。琥珀ちゃんとチマちゃんの意識がない状態なら、オレちゃんでもギリギリ身体を動かせる。委ねてくれて構わないぜ)
(…そう)
王城から飛び出したチマは、足を縺れさせ草地に転がる。
「チマ姫様…?」
顔を覗き込むのは、完全武装状態のゼラ。チマの酷い状況に、顔面を蒼白にし簡単な治癒を行える魔法道具を取り出した。
「あぁ…、
「!!」
目を丸く剥いたゼラは、ほんの一瞬だけ嬉しそうな表情を見せるも、大急ぎで応急処置を施していく。