トゥルト・チェズ及びトゥルト派閥の引き起こした、王権打倒の企ては、多くの者の尽力によって防がれ、一旦の収束を迎えることとなった。
本件解決の立役者であり、トゥルト・チェズを討ち取ったアゲセンベ・チマは、戦闘での負傷により療養に
―――
パスティーチェ。
「ドゥルッチェ王国でクーデター未遂、ですか」
「事件の解決には、あのアゲセンベ・チマご令嬢が活躍なさったとのことで、パスティーチェの民としては喜ばしい限りです。然し…」
「負傷でもなさったのかしら」
「はい…。重篤らしく…、不安で仕方ありません」
ファールファは部下からの報告を聞き、彼の聞き取れない声で「やはり」と呟いた。
(パスティーチェが静観した場合、予見ではコインズが宣戦布告をし、
「我が国の勇者を招喚なさって。それと同時に、―――」
―――
王城の一角。
「すまないね、シェオ。君に全てを話してあげられなくて」
「チマ様なら、シェオさんの小さな変化を見逃すことがないと考えて、秘密にしていたんです」
事件の落ち着かない新年。シェオはレィエとリンから、自身らの事情をロォワらと同程度に打ち明けていた。
彼らの前から立ち去ったチマは、表向きは療養という形で発表されているが、実際のところ行方不明であり、アゲセンベ家と一部の者にしか真実は知らされていない。
バツの悪そうな二人に対して、シェオはやや曇った表情のまま考え込み、頷く。
「隠し通すことは…できなかったと思いますし、お二方の考えを尊重します。ですがチマ様の安全に関する事で、私に隠し事がなされていたことは納得しかねるとだけ、お伝えします」
「同じ力を持った者が、二人いて慢心していたのだろう。謝罪と反省をするよ」
「…。それで、予見のお力は、今後どういう未来を描いているのですか?」
「「…。」」
(しっちゃかめっちゃかにしちゃった結果でもあるんだけど…)
(ゲームの範囲は終わっているに等しい状況なんだよねぇ…)
「残念ながら、年末までの出来事しか見れていないんだ。元々、チマを救うために本来の道筋から変化させていたこともあって、先を読むことも難しい。我々で秘密裏に捜索する必要がある」
「左脚を失っている夜眼族。直ぐに見つかりそうなものなんですが…」
「暇を出している使用人たちにも探させているけど、全くと言っていいほど引っかからない。不思議なものだよ」
三人が落胆していると、扉が叩かれデュロが入室する。
「叔父上、ゼラから密書が届きました」
「ゼラから?…そういえば彼女も行方不明だと聞いたけども」
「はい」
周囲を見回し、魔法道具での密会を求めたデュロに、レィエは応える。
「ゼラは現在、チマと行動を共にしている、という内容でした」
「なに?」
「何処にいるか、何をしているかは記されていませんでしたが、時を見て王都に戻るとのこと」
「チマの様態は?」
デュロは首を横に振り、密書を三人へ見せるが、これといった情報はない。
(あのチマは、私の娘としてのチマではなくゲームのチマだった、そんな気がする)
(ビャスくんのことを、ティラミって呼んでたし、両親やリン…いや私を拒絶していた)
「チマ様…」
「安心しろシェオ。ゼラが同行しているのなら、大概の障害は跳ね除けられる。無事に戻って来るさ」
「そう、ですね。…一つ、疑問なのですが」
「なんだ?」
「ジェローズ騎士の事をあまり知らないのですが、…どういう方なのでしょう?…パスティーチェに同行なさってくれた時も、ご自身のことは殆ど話して貰えなかったので」
「ふむ…。ゼラの事を問われると私も困るが、…口下手な釣り好きだな。うん」
「ジェローズ家は伯爵家としては平々凡々、両親も武闘派というわけでなく、魔法道具に精通した知恵者というわけでもない。そんなところにポンと生まれたのがゼラだね」
(ゲームには名前も出てこない。一度は転生者と警戒したものの、それらしい行動はなかった。…ただ強いだけの、釣り好きな騎士だ)
「ただ…野営会で釣りを楽しんで以来、チマにご執心でな。同じ趣味を楽しめる同性と巡り合えたことが、嬉しいのかもしれん」
「釣友と仰有っていた気がします」
不思議な人だと結論付けて、四人は会話の内容を戻す。
「今後は余計な探りなどを控え、チマが療養している体で行動をするとしよう。表舞台に立つ際は、ラザーニャを使えば問題ないだろう」
「学校へ休学の手続書を取りに行ってまいります」
「頼んだよ」
こうして、転生者が尽力していた一年が終わっていく。
チマという重要なピースを失う、ゲームと似た終わり方で。