「おお、アーノルド様にリディア様! ……まさか私は亡霊を見ているのではございませぬな?」
宝物庫の門番をしている老兵がやって来たアーノルドたちを見て、驚き半分喜び半分の表情で話しかけてきた。
「亡霊? どういうことだい?」
アーノルドが聞き返すと、老兵は「先日、国王様から『アーノルド様とリディア様が魔物との戦いの最中、命を落とした』とお聞きしたものですから……」と事のあらましを話してくれた。
「うわ、私たち死んじゃったことになってるんですね」
リディアが顔をしかめながら言った。それを、まあまあとアーノルドがなだめる。
「大丈夫、僕たちはまだ生きているよ。心配かけてすまなかったね」
アーノルドがそう言うと、老兵は笑顔を見せて安心したようだった。
「ところで、宝物庫に入ってもいいかな? 探し物があってね」
「もちろんでございます。アーノルド様!」
老兵が自身の鎧の隙間に手を伸ばして鍵を取り出し、急いで開ける。
「最近変わったことはなかったかい?」
「いや……特には。……ああ、シスターが亡くなる数日前に一度、いらしております」
その言葉に、アーノルドとリディアは顔を見合わせる。
シスターが死の直前にわざわざ宝物庫に足を踏み入れたと言うことは、何か理由があるはずだ。魔の宝珠もだけど、シスターの足跡も見つけなければ! とリディアは気合が入る。
「僕らが出てくるまでは誰も入れないでもらえるかい?」
「かしこまりました」
老兵はアーノルドに笑顔を向けて、二人が宝物庫に入ったことを確認してから扉を閉めた。
◇◆◇
リディアは宝物庫に入るのが初めてだった。想像していたのは、部屋中に金銀財宝がこれでもかと溢れかえっていて、宝石もたくさん光り輝いていて―― という感じだったが、実際の宝物庫は想像とはとても似つかぬものだった。
「図書室……って感じですね」
思わずリディアは見たままの感想を口に出してしまった。
宝物庫とは名ばかりのもので、そこには大量の古い本がまるで図書室のように整然と並べられているだけだった。
「ここにあるのはテレジア王国の歴史や文化にまつわる資料だよ。これが僕たちが受け継いでいくべき国の宝っていうわけさ」
アーノルドが自慢げに話をするが、リディアはちょっと申し訳なさそうだった。
「これじゃ、魔の宝珠なんてあるわけないですね。すみません、私、宝物っていったら宝物庫と早合点しちゃいました」
「ふふ、宝がこれだけなはずないだろう? それにシスターが生前ここに来ていたんだ。僕らに何か残してくれているはずだよ」
一体どういうことでしょう? とリディアがアーノルドに尋ねる。するとアーノルドは並べられた本の中から一冊を選んでパラパラとページをめくっていった。「えっと、あったあった」そう言って取り出したのは小さな鍵だった。
「わっ、そんなところに!」
リディアが感心していると、アーノルドが今度は部屋の隅にある何もない壁を触り始めた。そしてある壁の一部分 ――握り拳一つ分ぐらいの大きさのもの―― を取り外すと、そこに鍵穴が現れた。先ほどの鍵を差し込んで回すと、壁自体が大きな扉となって回転し、奥に続く部屋が現れた。
「すごい! こんな仕掛けがあっただなんて!」
「ここは一部の人しか知らない秘密の部屋さ。さあ行こう、恐らくシスターが何か残してくれているはずだよ」
◇◆◇
隠し通路の先にある秘密の部屋はそこまで広くはなかったが、骨董品や宝石、宝箱などが整然と並べられていた。まさしくリディアが想像していた「宝物庫」そのものだった。
入った瞬間に、リディアは自然に「うわぁ」と声を出した。
「すごい、王宮にこんな場所が……」
部屋の中央には台座に飾られた一本の剣が鎮座していた。それは銀色に輝き、鍔の部分にテレジア王国の紋章が刻まれている。
「さすがに、偽魔王もこの場所まではわからなかったみたいだね。」
アーノルドが周囲を見渡しながら言う。ここにある全ての宝を把握しているわけではなかったが、大きく動かされたり、なくなっていたり、破壊されていたりするものは見当たらなかった。
「偽魔王がこの場所を知らないということは、ここには魔の宝珠はないということになりますね」リディアは残念がりながらも、そのことをアーノルドと確認した。
「シスターも、この部屋の存在は知っていたんですか?」
「ああ、だから恐らくこの部屋に何か……」
と言いながら、アーノルドは剣の柄の部分に赤い宝石が施された首飾りがかかっていることに気づいた。そしてゆっくりとそこに近づき、首飾りを手に取る。
「これは……」
「以前シスターがアーノルド様に渡してくださったものと同じもの!」
彼が手にしたのは、アンロック洞窟に向かう前に礼拝堂でシスターから貰ったものとそっくりの首飾りだった。赤い宝石には確か魔力が込められていたはずだった。以前もらったものはケプカに破壊されてしまったが、その効果は抜群だったのを二人は覚えていた。
さらに、台座にさりげなく一枚の紙切れが置いてあるのをリディアが見つけた。そっと拾い上げ、アーノルドに差し出す。それはシスターがアーノルドに向けて書いた、最後の手紙だった。
「アーノルド様 この首飾りには魔力が込められています。身に付ければ王家に伝わる銀の剣も持てるはずです。リディア様を守り、国王に化けた魔王を倒してください。 フィリア」
シスターが最後の力を振り絞ってここへやってきて首飾りを託してくれたのだと思うと、アーノルドの胸は思わず熱くなった。最後の最後まで私たちのことを考えてくれていたなんて、とリディアもうっすらと目に涙が浮かぶ。
「さあさあ、アーノルド様。首飾りを身につけて、剣を持って見てくださいまし!」
言われるとおりに、アーノルドはシスターの残してくれた首飾りをつけて台座から剣を取り、手に持ってみた。
いつもなら重くて持てないはずの剣を、アーノルドは片手で軽々と持つことができた。
振ってみてください! と言うリディアの要望に、不格好ながら剣を振る動作を二、三回行なってみると、バランスを崩すことなくしっかりと振りきることができた。これにはアーノルド自身も驚いた。
「すごいすごい! アーノルド様! これなら魔王も倒せますよ!」
興奮気味に話すリディアだったが、剣を持ったアーノルドは浮かない顔をしていた。
「……確かに剣は持って振れるけどさ……果たして僕に偽魔王が斬れるだろうか」
「アーノルド様……」
「偽魔王が悪い存在だっていうのもわかってる。倒さなければいけないともね。でも……」
僕に誰かを殺すことができるのか? 他人の命を奪う権利が僕にあるのだろうか? 自分の意思ではないとはいえ暴走したラームに剣を振りかざしたときの、あの感触と悲鳴にも似た声は今でも忘れることはできなかった。できれば二度と経験したくない。
さらに、偽魔王は仮にも父上の姿形をしている。偽物とはいえ、自分の肉親と同じ容姿をした者を斬るなんて――。
考えれば考えるほど剣を持つ手が震える。「やっぱり僕には――」と言いかけたアーノルドの頬を、リディアが両手で優しく叩いた。
アーノルドは驚いて、目の前のリディアを見つめる。リディアもアーノルドをまっすぐに見つめて言った。
「アーノルド様、ここは心を鬼にしてでも偽魔王を斬らなければなりません。大丈夫です。アーノルド様は一人ではありませんよ。さーちゃんも、ハデス様も、……言いたくないけど、ガルシアもついています。もちろん私も、どんなことがあってもアーノルド様をお守りいたしますから!」
いつものように、言い終えた後に我に返り、顔を赤くして「出過ぎた真似をしてしまいました……」と謝るリディアだった。そんなリディアの言葉にアーノルドは救われた。
「ありがとう、リディア。君が隣にいてくれて本当によかった」
えっ、それはどういう意味でしょうか!? こんな誰もいない密室で……愛の告白!? きゃー! リディアはアーノルドを見つめたまま、さらに顔を赤くした。
アーノルドもそんなリディアの顔を見て、同じように顔が赤くなった。
◇◆◇
宝物庫を後にした二人は、王宮の最上階、王の間を目指して走る。
しかし、この後起こる最悪の出来事を二人はまだ知らない。