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第82話


「さあ、この間の続きだ! 今度こそお前をブッ倒す!」


 ガルシアは早く戦いたくて仕方がないといった感じだった。両手を握ったり開いたりを繰り返し、ニヤニヤしながら戦いの構えをとった。


 一方のニクラスは片手に杖を持ったまま、床に描かれた魔法陣の中央に立っていて、戦おうとはしなかった。挑発してくるガルシアに目もくれず、途中で中断してしまった怪しげな呪文を再び唱え始めた。


「おい、無視するんじゃねぇよ!」


 ガルシアがイライラして魔法陣の中に足を踏み入れようとするが、目に見えない障壁に阻まれて弾かれてしまった。


 一瞬びっくりした表情を見せたガルシアだったが、ニヤリと笑うと

「オラァ!」

 と見えない障壁に向かってパンチを繰り返し打ち始めた。一発打つ度にバチン! と甲高い音が部屋中に響き、空気が揺れる。


 そして、十発ほど打った頃だろうか、ピシッという微かな音とともに魔法の障壁にヒビが入った。


「お!」


 それに気づいたガルシアは勢いづき、そのヒビめがけてさらに力を込めて拳を振りかざした。


 ニクラスが呪文の詠唱を終えるのとガルシアが魔法の障壁を破壊するのは、ほぼ同時だった。


「お前は……やることが人間離れしているな」


 杖を置き、ニクラスは多少驚いた顔をしてガルシアに対峙した。「おっ、褒めてくれんのか! 嬉しいねぇ」とガルシアは意気揚々と魔法陣の中へ入ってきた。


「残念だがね、お前と戦っている暇はないんだ。死ね」


 突然ニクラスは右手をガルシアの方へ向け、力を込めた。掌から巨大な火球が出現し、ガルシア目がけて飛んで行った。当然人間であるガルシアには防ぐ手立てがなく、体全体が一瞬にして燃え尽きて死ぬ、はずだった。


「うらぁ!」


 なんとガルシアが気合を入れて胸を張っただけで、ニクラスの放った巨大な火球をかき消してしまった。実際にはハデスが先ほどかけておいた防御魔法の効果が残っていただけだったのだが……ニクラスを本気で驚かせるには十分すぎる出来事だった。


「なんと……お前は本当に人間なのか? 初めてみたぞ、気合で魔法をかき消すなんて」


「ふはははは! 俺様は冥界でかなり鍛え直してきたからな! 魔法なんぞこの

筋肉の前には無力、無力ゥ!」


 どうやらガルシア自身も自分にかけられた魔法のことはわかっていないようで、一人嬉しそうにポージングをとっている。



「じゃ、いくぜ!」


 ひとしきり自慢の筋肉をニクラスに見せつけた後、ガルシアは襲いかかった。

 そのスピードは前回戦ったときよりも数段速く、ニクラスはガルシアの動きについていけなかった。ガルシアの右アッパーが、ニクラスの腹部にめり込んだ。


「ぐはっ!」


 ニクラスが衝撃に耐えきれず数十センチ宙に浮く。そして思わず口を大きく開けて苦悶の表情を浮かべる。

 宙に浮いて無防備になった瞬間を逃さず、ガルシアは左手でニクラスの顔面を掴み、床に叩きつけた。

 あまりの衝撃に、床は放射状に亀裂が入りめちゃくちゃに破壊された。先ほどまできれいに描かれていた魔法陣も形を成さなくなってしまった。


「おっとすまねえ! せっかくの模様をぶっ壊しちまった!」


 ガルシアが床にうつ伏せに倒れたままのニクラスに向けて謝った。謝ったというより、自分の力の凄さをアピールしたいだけの発言だった。


 ふらふらと立ち上がるニクラスの額から血が溢れ、歯も数本折れてそこから出血し、顔全体が真っ黒な血で染まっていた。片目は潰れ、鼻の骨も折れて変な方向に曲がっていた。しかし、顔に右手をかざすとそれがあっという間に元どおりになる。


「もう詠唱は済ませたから必要ない。後は発動するだけだからな」

 と、再び手を広げてガルシアに向ける。


「氷に貫かれて死ね」


 ニクラスの両手から巨大な氷柱が作り出され、ガルシアに向かって襲いかかる。氷柱の先端は鋭く、ガルシアの体を貫かんとする。


「ふん!」


 ガルシアはその氷柱を避けるでも気合でかき消すでもなく、正面から拳をぶつけた。


 一瞬にして巨大な氷柱は砕け散り、小さな氷の破片となって二人の間にきらきらと輝きながら落ちた。渾身の魔法が砕かれて、ニクラスは信じられないといった表情で唖然としていた。


「次は俺様の番だな!」


 ガルシアが数歩後ろに下がり、助走をとって正面から突っ込んでくる。右手を大きく後ろに振りかぶっているのでどのような攻撃が来るのかは容易にわかる。


 避けて……いや、間に合わない! ニクラスの判断が遅いのではなく、ガルシアが速すぎた。腕を交差させ防御の構えをするニクラスに対して、ガルシアがその上から拳をぶつける。


「ぐおっ!」


 防御の上からでも相当な威力で後方へはじき飛ばされる。ニクラスは自分の両腕の骨が折れたことがわかった。即座に魔法で回復しよ……うと思ったら、目の前にガルシアのニヤニヤした気持ち悪い顔があった。


 再び腹部に重い衝撃が伝わる。ガルシアの拳が腹に突き刺さり、そのままの勢いで殴り飛ばされた。


 ニクラスは反対側の壁に叩きつけられて、またしてもうつ伏せに倒れた。


 なぜだ、なぜ人間如きがわずかな時間でここまで強くなれたのだ……しかも冥界から自力で戻ってくるだと? ありえないぞ。


 ガルシアの存在があまりにも想定外すぎて、ニクラスの頭の中は混乱していた。いつもなら瞬時に傷も癒えて起き上がれるはずなのに、それができない。回復魔法が追い付かないほどガルシアの攻撃は強烈だった。


「ふはははは! 今回は俺の勝ちだな! すげぇぜ! 俺の筋肉!」


 少し距離を置いた場所からガルシアの嬉しそうな声が聞こえる。


 あいつに負けてしまうのは気に食わないが、所詮人間の借り物の体ではこの辺りが限界か、とニクラスは観念した。


 ひゅーとニクラスの口から息が吐き出される。その息の中に黒い霧が幾つか混じっていて、螺旋状に絡まりながら集まる。息は続けて吐き出され、そこに含まれる黒い霧がだんだんと人の形をかたどっていく。


 ガルシアは床に這いつくばったニクラスを見ながら、その怪しげな存在に気づく。そしてそれらが一カ所に集まり、だんだんと人の形になっていくのを見て「これはやばい」と本能的に悟り、再び戦いの構えをとる。


 何が起きたのかわからないが、とんでもなく恐ろしいことが始まるような予感。それを肌で感じ取ったガルシアは、気がつくと王の間の入り口である扉の前まで後ずさっていた。



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