「フハハハハ! 見たか? これで全ての勇者は魔物になった! みんな私の思うがままだ!」
ガルダールが魔物へと変貌した勇者たちを窓の下に見ながら、勝ち誇ったように言った。
ハデスとサーシャは信じられないと言った表情でその状況を眺めていた。
勇者たち約千人が目を赤く輝かせ、身体中から黒い気を出している。唸り声が部屋の中まで聞こえてきて、今にも暴れ出しそうな雰囲気だった。
しかし一人だけ、魔物に変わっていない勇者がいた。そう、ガルシアである。
「残念だったな! 俺も勇者だけど、変わってないぜ!」
彼は勝ち誇ったように言うと、ガルダールに向かって壊れた勇者の腕輪を見せつけた。
「お前は……ああ、そうか、レベル0だったのか」
「レベル? 何のことだそりゃ」
ガルシアはリディアの説明を一切聞かずに勇者の腕輪を装備してニクラスに会いにいった。そしてすぐに冥界に送られ、そこで強引に武者修行と称したケンカを行なって元の世界に帰ってきた。魔物など一匹たりとも倒していないので、勇者の腕輪に魔物の気が一切入っていなかったのだ。
「ふん、まあいい。ここから地獄のショータイムの始まりだ!」
ガルダールが両手を広げて、広場の魔物に向かって叫んだ。
「魔物たちよ! 王都の人間を好きなだけ殺せ!」
その言葉を合図に、約千人の魔物たちは「グアアアアァァ!」と叫び声を上げて、広場から四方八方へと散らばっていこうとする。その様子を見ながら、ガルダールが再び高笑いを見せる。
「ハハハハハ! この国もおしまいだ!」
チッ! と舌打ちをして、ハデスがガルシアの太い腕を掴んで言った。
「ガルシア、行くぞ! ここはさーたんに任せる」
「ああん? 俺はあいつをぶっ倒せば、あとはどうでもいいんだよ!」
「黙ってついてこい! ……さーたん、後は任せたぞ!」
ハデスがサーシャを見つめながら転移魔法を唱えると、一瞬にしてガルシアとともに姿を消した。
「うむ」
サーシャは深くうなづくと力強くガルダールを見つめ、ぐっと両手を握りしめた。
◇◆◇
ハデスとガルシアは広場の中心に転移してきた。
「はっ!」すかさずハデスが両手を合わせ、何かを念じる。すると広場全体を覆うような巨大な魔法の障壁が貼られ、魔物たちはそこから外へ出られないようになった。
「おいおいおい、ヤベェなこいつら! 全部ぶっ倒していいのか?」
ガルシアが自分の周囲にいる魔物と化した元勇者たちを見ながら、嬉しそうに左右の拳を叩き合った。
魔物たちは見えない壁に阻まれて進めないことへの苛立ちを隠せず、持っている武器で壁を攻撃してみたり、体当たりで壊そうとしてみたりしている。そしてあちらこちらから醜い叫び声が聞こえてくる。ハデスやガルシアには見向きもせず、ただ障壁を破って外へ出ようと躍起になっていた。
ハデスがそんな魔物たちを見ながら、
「おう、全員ぶっ倒していいぞ。私はこの障壁の外にいる魔物を止めてくる」
と言うと、ガルシアはニヤリと不気味な笑顔を浮かべて喜んだ。
「まじかよ! 独り占めして悪いな、ハデス様!」
「……ガルシア、私が戻ってくるまでに死ぬんじゃないぞ」
ハデスはぽんとガルシアの肩に手を置いて、いつになく真面目な表情をしていた。
それに対してガルシアは
「けっ! 誰にもの言ってんだ!」
と、とにかく戦いたくて仕方がないと言った感じで、ハデスの言葉を真剣に受け止めようとはしなかった。
だよな、こいつは冥界にいるときからこんな感じだったわ、とハデスは息を一つ吐きガルシアの耳元でささやいた。
「もしこの戦いに生き残ることができたら……今度本気で手合わせしてやる」
ピクン! とガルシアが反応して嬉しそうにハデスに向かって言った。
「……その言葉、忘れんなよ!」
無言のままニコリと笑うと、ハデスは再び転移魔法を使いその場から姿を消した。
すう、とガルシアが息を吸い込んで自分に注目していない魔物たちに向かって大声で叫んだ。
「オラァ、お前ら! かかってこいや!」
見えない壁に向かって攻撃を繰り返していた魔物の動きがピタリと止まり、一斉にガルシアの方を向く。そして彼に向かって次々に襲いかかってきた。
◇◆◇
「下の広場でも戦いが始まったようだ、さてサタ……」
ガルダールが余裕の表情で、王の間に一人残されたサーシャに話しかける。そこに間髪を入れずサーシャが無言で光の魔法を放ち、ガルダールの首から上を一瞬にして消し去った。
彼女は怒っていた。命をおもちゃか何かのように簡単に扱うガルダールに対して、そして、そんな男に魔の宝珠を奪われてしまった自分の不甲斐なさに。呪文の詠唱もせずに、瞬時にこの威力の魔法を生み出すことは、彼女以外にできる芸当ではなかった。
しかし首をなくしたガルダールの体は崩れ落ちることなく、消滅した部分から黒い泡が瞬時に、そして大量に湧き出てきて顔が元に戻った。
「おいおいおい、びっくりするじゃないか。さすが本物の魔王は容赦がな……」
言葉を言い終える前に、再びサーシャが光の魔法を複数回放つ。今度は首から上と両手両足を消し去った。しかしそれもまた、たちまち元に戻ってしまう。
「ハハハハハ! これぞ魔の宝珠の力よ! どれだけ攻撃をしようが、宝珠がある限り私は消えることはない!」
ガルダールは両手を広げ呪文を唱え、サーシャに向かって炎の魔法を放った。巨大な炎の塊がサーシャに襲い掛かるが、これまでと同じように魔法は彼女まで届かない。魔法の障壁が完全に敵の攻撃を防いでいた。
「宝珠の力を好き勝手使いおって……絶対に許さんぞ! この魔王を怒らせたこと、後悔するがよい!」
「ふん……なら私が魔王以上の魔力を手にして、返り討ちにしてやろう!」
ふと、窓の外から黒い気が流れてきて、それがガルダールの体の中へと入り込んだ。何事かとサーシャが外を見ると、ガルシアに倒された魔物から黒い気が抜け出し、この部屋へと飛んできていたのだということがわかった。
「魔物になった勇者たちが死ねば、その気は自動的に私に送られるようになっている! つまり、やつらが死ねば死ぬほど、私の力は強まるというわけだ!」
ガルダールがそう話している間にも、どんどん黒い気が彼の中へと取り込まれていく。
サーシャも、ガルダールの魔力がかなり高まっているのを感じていた。
このまま千人分の気が加われば勝ち目はないかもしれない。しかし、そんなことを知らないガルシアとハデスはどんどん魔物と化した勇者たちを倒し続けてしまうだろう。なんとか早めにこやつを倒さなければ……。
そのためにも、まずは魔の宝珠を取り戻す必要があった。
「アーノルドとリディアは魔の宝珠を見つけられたじゃろうか……」
サーシャが攻撃を加えるが、ガルダールはすぐに再生する。そして外からは魔物の気が次々とガルダールに流れ込んでいく。
事態は悪い方へ悪い方へと進んでいった。