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第94話


 部屋に静寂が訪れた。



 ガルダールは消滅し、床も壁も天井もめちゃくちゃに破壊された王の間にはサーシャとハデスだけが立っていた。


「……リディア」

 サーシャがふらふらとリディアの元へと近づく。



 もしかしたら生きているのではないかという淡い期待を抱きつつ、サーシャはリディアの様子を伺うがやはり彼女はぴくりとも動かない。


 軽く頬を触り、リディアの顔を見つめる。まるで眠っているような、穏やかな顔をしていた。

 サーシャはふと魔の森で一緒にラビディをもふもふしたことを思い出す。もうあの頃の楽しい日々は戻ってこないのかと思うと、リディアの頬に涙が何滴も落ちていく。



 ――ありがとの、リディア。そなたはわれにとって初めてできた人間の友達じゃった。もっと一緒にラビちゃんたちと……遊びたかったのぉ――



 リディアの胸元からは未だに血が少量ではあるが流れ続けている。そしてコポコポという音とともに、小さな泡がいくつも発生していた。ん、なんじゃさっきからこの音は……とサーシャがリディアの胸元を凝視する。



「おお、傷が……戻っていく!」



 なんと、小さな泡がだんだんとリディアの傷を塞いでいった。流れ出ていた血も傷が元どおりになるにつれて治まり、泡がなくなると傷跡まで完全に消えてしまった。


 どういうわけかとサーシャが不思議に思っていると、彼女の鼻から黒い気がすうっと抜け出て、宙に舞った。



「おい、さーたん! アーノルドが!」


 アーノルドの様子を見ていたハデスが声を上げる。慌ててサーシャはアーノルドのもとへと駆け寄った。


 そこでサーシャはまたしても信じられない光景を目にした。


 アーノルドから流れ出ていた血がブクブクと泡立ち、折れていた首のあたりに集まる。泡がおさまると曲がっていた首が元に戻り、血も止まって元に戻ってしまったのだ。そしてリディアと同じように鼻から黒い気がすうっと抜け出て宙に舞う。



「どういうことだこりゃ……」



 不思議そうに見つめるハデスをよそに、サーシャはアーノルドの首にかかっている割れた赤い宝石の首飾りを見つめて再び涙を流した。


「ラームよ……おぬしが二人を守ってくれたんじゃな……」


 宙を見上げると、リディアとアーノルドから抜け出た黒い気が二つ混じり合って一つの大きな塊になった。




「さーちゃん!」




 その声にサーシャがびくん! と反応する。



 ――われのことをその名で呼ぶものは一人しかおらぬ!―― 



 涙を流したままのサーシャが体を震わせながら振り返る。見ると、そこにはにっこりと笑ったリディアが立っていた。


「リディア!」


 サーシャが「よかったのぉ!」とリディアに抱きつく。涙でぐしゃぐしゃになってしまっている彼女の顔を見て、リディアもまた涙を流しながらサーシャを優しく抱きしめる。


 ハデスはそれが羨ましくて少し頬を膨らませたが、「ま、今回くらいは……な」と笑顔で二人を見つめた。


「無事か? 傷は何ともないのか?」

「うん、よくわからないけどすっごく元気なの!」


 そんな会話を交わしながらしばらくそのまま感動の再会に浸っていると、リディアが思い出したように

「はっ! アーノルド様! アーノルド様はご無事ですか?」

 と周囲を見渡した。


「……ん……?」


 ハデスの近くで倒れていたアーノルドが、その声に反応してゆっくりと目を覚ます。「あれ……僕は一体……?」


「アーノルド様!」


 アーノルドが起き上がろうとする前に、リディアが涙を流しながら抱きついてきた。突然のことに驚きつつも、アーノルドはそれを受け入れ優しく抱きしめる。


「うう、アーノルド様! よかった、本当によかった」


「ありがとうリディア。君は……傷はなんともないのかい?」

「はい! この通り……元気です!」


 リディアから溢れた涙がアーノルドの頬を濡らす。そしてアーノルドも嬉し涙なのか、もらい泣きなのかわからないが、目から大粒の涙が溢れる。


「よかった……リディア……君を失ってしまったら僕は……」

「私もアーノルド様がご無事で……本当によかったです」


 リディアがアーノルドに顔を近づけ、頬と頬が重なり合う。

「リディア……二人の見ている前でちょっと恥ずかしいな……」

 アーノルドは少し顔を赤らめながら、耳元でリディアにささやいた。


 ニヤニヤしながら二人を見つめているハデスとサーシャに気づきつつも、「いいんです! もう少しこのままいさせてください」と、リディアはさらに強くアーノルドを抱きしめた。



 ◇◆◇



「――そうか、あいつは消滅したんですね」

「私、何にも覚えていませんが……ハデス様、ありがとうございました」


 サーシャからガルダールの最期について話を聞いた二人が、ハデスに向かって頭を下げる。お礼を言われた当の本人は「へん! あいつがさーたんのことを『ザマアミロ』なんて言うから、当然のことをしたまでよ!」と相変わらずの平常運転だった。


「しかし、生き返ることができてよかった。私が見たときは確実に死んでたからな、二人とも」

 と、ハデスは優しい目で二人を見つめ、そう言った。


「でも私は魔物になっちゃって、確かに死んだと思ったのに……どうして?」


「それは僕も同じだ。偽魔王に踏み潰されたのまでは覚えているんだけど、どうしてだろう?」


 アーノルドとリディアが不思議がっていると、

「それはの……ほら」

 そう言ってサーシャが宙に舞っている黒い気を指差した。


 それはアーノルドとリディアの周りをぐるりと回ると、すうっと消えていった。



「フィリアに頼まれたからな」



 二人には確かにラームの声がそう聞こえた。



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