「-……っ」
その日の夜。ふと、俺は目を覚ました。…そして、また寝ようとするがどういう訳か目が冴えていた。
「…(寝れない。…ああ、そうか。
不安なんだ。どうしようもないくらい)」
直ぐに理由を見つけた俺は、隣で寝る仲間二人を起こさないように静かに起き上がった。
それから、ゆっくりと客間を出て素早く氣の兜を纏う。…良し。
後は、静かに廊下を移動しそして下の階に降りて縁側に向かった。…どうせ寝れないなら、少しだけ氣の鍛練をやろうと思ったのだ。
「……っ!」
そんな時、ふと二階の方の戸が開く音が聞こえてきた。…しかも、そこから二人分の足音がこちら向かって来ていた。
なので、俺は指に氣を集め黄色く光らせる。
『-っ!』
当然、二人もこちらに気付いたので俺は少し待つことにした。
「「-……」」
「…よお。なんだ、二人も眠れないのか?」
やがて、この家の住人である桃歌と彼女の弟である彦一がやって来た。…当然、二人も俺と同じくゆったりとした寝間着だった。
「…仁もなんだ」
「…ああ。まあ、とりあえず縁側に行こう」
「…うん」
「…はい」
そして、俺達は静かに縁側に向かった。…その間、俺達は互いに無言だった。
「…ふう。…いや、しかし本当に広いな」
「…正直、他所との違いに驚いてるわ」
「……」
それから少しして縁側に着くと、俺はひんやりとする床に座る。それと同時に、改めてこの家の感想を告げた。
すると、彼女と弟も隣に座りとりあえず返してきた。
「…ねえ、どうしたの?」
「…桃歌達こそ、どうしたんだよ」
けれど、彼女は直ぐに本題に入って来た。なので、俺はあえて質問を質問で返した。…まあ多分、理由は同じなんだろうけど。
「-…凄く、不安なんです。
だって、間違いなく首都で争いが起きるんですから」
すると、最初に彦一が答えた。…その顔は、心底不安そうだった。
まあ、次の目的地である首都でそうなる事を考えたら、誰だって不安になるだろう。
「…私も、怖いよ。
あのお二人が居るとはいえ、正直五体満足で乗り越えられる自信がない」
そして、彼女は自身の身体を抱きしめ震える声でそう言った。…忘れがちだが、彼女は自分と同い年の女の子なのだ。
「…俺なんて、真っ先にやられそうだ。
はあ。出来れば、首都での催しまでに闘いの経験をいくから積めれば良いんだがな」
「…そうね」
「……。…あっ、そうだ」
そんな話をしていると、ふと弟が何かを思い出したようだ。…まさか、丁度良い話でもあるのだろか?
「実は、姉さん達が帰って来る少し前にまたあのお二人から手紙が来たんです。
-そこには、例の催しに合わせて腕に自身のある人達による、『力自慢』の大会があるそうなんです」
「…本当?」
「…いや、まじで大きい催しだな。さすが、都会だ」
「…まあ、こんな規模の催しは滅多にやらないんだけどね」
「…はい」
俺の感想に、二人は勘違いしないように修正を入れて来た。…なんにせよ、都会は凄いな。
「…じゃあ、お二人はそれに参加するつもりなんだね」
「はい、そのように書いていました。
そして、その大会は個人の戦いですので間違いなくお二人とぶつかると思います」
「「…っ」」
そして、弟はそんな予想を口にした。…なるほど。確かに、良い経験になるだろう。
「…はあ。これは、気を引き締めておかないとね」
「…その二人は、桃歌よりも強いんだな?」
「ええ。稽古では、どちらにも一度も勝てた事はないわ。
そして、当然今のお二人は昔よりも強くなっているでしょうね」
「…マジか」
真剣な顔でそんな予想をする彼女に、俺は少しだけ怖くなる。…だが、やるしかない。そうしなければ、もっと怖い事を経験する羽目になるのだから。
「…はあ。なんか、余計に眠れなくなりそう」
「…同じく」
「…あはは」
すると、彼女は苦笑いを浮かながらそんな事を言ったので俺も同意した。それを見た弟も、苦笑いをした-。
○
「-それでは、行って来ます」
「ああ、気を付けてな」
「頑張ってね。
皆さんも、どうかお達者で」
翌朝。俺達は、都の玄関口から旅立とうとしていた。当然、葛西の道場の人達が見送りに来ていた。
「どうも~」
「「ありがとうございます」」
「…昨日は、良く寝れたようだな」
「…っ。はい、なんとか」
すると、道場主は俺達の顔を見て体調を見抜いて来た。…実際、不思議な事にしっかりと眠れたんだよな。
「まあ、不安ありますが頼りになる仲間が居ますからね~」
「…右に同じくです」
「「…っ」」
やはり、仲間二人もなかなか眠れなかったようだ。…けれど、二人は仲間を俺達を信じて不安を乗り越えていたんだ。
「…大丈夫。君達にあの二人が加われば、どんな困難も乗り越えられる筈だ」
『はいっ!行ってきますっ!』
最後に当主は、俺達を励ましてくれたので力強く返事をする。
そして俺達は踵を返し、彼らに背を向け都を旅立つ。…ん?
「-送りの舞っ!」
『-押忍っ!』
すると、後ろから沢山の鳥の気配を感じた。それに合わせて当主が指示を出すと、見送りに来た人達が一斉に指笛を吹いた。
「…あっ」
「うわっ!」
「ほお~っ!」
直後、様々な綺麗な色の鳥達が俺達の頭上を通り過ぎ、空中に彩り豊かな輪を描いた。その光景に、俺達はゆっくりと歩いてしまう。
『どうか、頑張って下さいっ!』
『応援しておりますっ!』
すると、後ろから声援が聞こえて来たので俺達は振り返り手を上げて力強く拳を握った。
そして、俺達は決意を漲らせながら都を後にした。
「-…凄かったですね」
「ああ、そうだな~」
「…誰かが旅立つ時は、いつもあんな見送りをしてくれるのか?」
「ううん。…本当に大事な見送りの時にしかやらないわ」
「…そうか。なんか、嬉しいな」
「ええ」
俺が感想を言うと、彼女も頷いた。…そんな見送りをしてくれたという事は、それだけ俺達の事を大事に思ってくれているという事なのだから。
そんなの、嬉しいに決まっている。しかも桃歌以外は、昨日顔を合わせたばかりなのだ。だから、本当にそう思う。
「…ところで、首都まではどう行くんだ?」
「まあ、大体は来た道を戻る事になるね。
ただ、少しだけ近道を通るけど」
「ああ、あの道だな~」
「あ、知っていましたか。…もしかして、使った事があります?」
「あるぞ~。雨とかで時間通りに首都に着けなさそうな時は、その道のおかげで何とかなったな~」
彼女の確認に、兄貴分は当時の事を思い出しながら返した。…という事は、わりと色んな人が使っているのだろう。
そんな事を考えている内に、そろそろ山の坂の終わりが見えて来た。
「-じゃあ、此処からはなるべく急いで行きましょう」
「「「…っ!」」」
そして、山道を下り終えた時班長はそう言って氣を練り上げていく。
やがて、彼女はそれを足に纏った。
「…ふう。これで、移動は早くなるわ。
ただ、あんまり長くは使えないだろうから『疲れたな』と思ったら、必ず申告してね?」
「分かった」
「ああ~」
「分かりました」
彼女の忠告に、俺達はしっかりと頷く。それから、彼女と同じ事をした。
「「「…っ」」」
「良し。じゃあ、出発っ!」
「「「応っ!」」」
そして、俺達はその場から勢い良く駆け出して行く。…すると、あっという間に山の近くの景色から平野の景色に変わった。
いや、本当に闘士の力って凄いな。…だからこそ、使い方を誤ってはいけない。
俺は、改めて自分の力を実感し同時に正しく使おうと決めるのだった-。