「-こんばんは、闘士殿」
「こんばんは」
『こんばんは』
翌日の夕方。充分疲れの取れた俺達は、宿舎の応接室に来ていた。そこには、大隊長と砦の隊長がいた。どうやら、すっかり仲良くなっているようだ。
「さあ、座りたまえ」
『失礼します』
そして、大隊長は座るように促して来たので俺達は椅子に腰掛ける。…それにしても、随分と少ないな。
ふと俺は、机の上ある巻物の量を見てそんな事を思った。
「…悪いな。此処で保管してる乱戦の資料はこれしかないんだ」
「…あっ、こちらこそ失礼しました」
すると、こちらの視線と表情に気付いた現地の隊長さんは申し訳なさそうにした。…なので俺は、直ぐに非礼を詫びた。
「…まあ、そもそも乱戦の資料自体希少な物だからな。むしろ、良くぞこれ程の量が現存していたというべきだろう」
「そういって貰えると、助かります。…恐らくこの砦が、戦乱の中心地から離れていたおかげかと」
大隊長の称賛に、現地の隊長さんは少し笑顔になりつつ理由を語る。…多分、そのおかげでこれだけの資料が無事だったのだろう。
「間違いないだろうな。そして、今に至るまできちんと保管していたからでもある。
-…さて、そろそろ本題に入ろうか」
大隊長も断言し、更に称賛を口にした。…そして、彼は資料の一つを丁寧に持ちゆっくりと開きそう言った。
「この資料は、当時我が国が敵対していた勢力を記録した物になる」
『……-』
大隊長はそう言いつつとある部分を指差したので、俺達はそれを見る。
-そこには、『武の国』と書かれていた。
『……』
「…この勢力は、大陸の北に広がる厳しき山々を拠点としていたようだ。
そして、この勢力の最大の特徴は『強さこそ全て』という事だ」
「…これは、どう考えても『刃龍』の前身だろうよ」
そして、現地の隊長さんは俺達の代わりに答えを口にした。…つまり、奴らは戦乱の中で消えた勢力の残党という事だ。
「…やはり、そうなりますか」
「…おや?もしや、知っていたのか?」
すると、班長は妙に納得していた。それを見た大隊長は確認するが、彼女は首を振る。
「…いえ、ここまで詳しい事は存じていませんでした。
ただ、奴らの名前と拠点からもしやと思っていました」
「…なるほど」
「…拠点は分かるが、名前ってのは?」
「…『刃龍』の『刃』とは、かつて世界を我が物にせんとした者の名前。
そして、『龍』はその者に与した当時の闘士の名前なのです」
「なんとっ!?」
「…聞いた事がある。
-そもそも、この大陸で長く続いた戦乱は一人の男の欲望によって始まったと」
『……』
それを聞いた大隊長は驚愕し、現地の隊長さんはとても恐ろしい事を口にした。…当然、仲間達も顔を青くした。
「…だが、最終的に男と武の国は覇権争いに敗れ歴史の陰に消えていった」
『……』
「…まさか、今になって残党が現れるとはな」
「…てか、残党を率いてる奴は何者ですか?
連中は完全な実力主義だろうから、余程の奴でないと頭になれないのでは?」
「…まず、敵の頭は間違いなく辰の闘士です」
「…やっぱりか。…他に、何か知ってるか?」
班長が答えると、隊長さんは納得した。そして更に、質問をする。…それに対し彼女は、机の上にある資料を一通り見た後一つの資料を指し示した。
「…それは、この『戦乱虜囚名簿・参』を見れば明らかとなります」
「…もしや、似た資料が実家にあるのか?」
「…ええ。
-『外道闘士録』という資料です」
「「…っ!」」
「「……」」
「…なんか、いかにもな表題だな」
「まあ、『道を踏み外した闘士』がどんな末路を辿ったかを記した物だからね。
そして、恐らくこちらの資料にも同じ内容が書かれていると思います」
「…分かった」
そして、班長は確信を持ってそう言った。すると、大隊長は最初の資料を閉じその資料を静かに開いた。
「…確か、『龍』の名前だったな。……っ!?」
大隊長は、素早く中身を見ていく。…すると程なくして見つけたようだが、内容を見てとても驚いた。
「…どうしたんです?」
「…皆、心して聞くように。
-囚人名、巽龍華。罪名、破壊行為並びに争乱煽動」
そして、大隊長殿はそいつの事を読み上げていく。…名前的に、女性だろう。でも、多分そこじゃない。
「…留意事項。…身重(妊娠)につき、特別処遇とする。また、出産後子は厳重な管理下に置く行為とする」
『………え?』
その内容に耳を疑った。…まさか、お腹の中に新たな命が居たとは。…恐らくは、武の国の主との子供だろう。
「…じゃあ、何ですか?今の賊の頭は、そいつらの子孫ってワケですか?」
「…間違いないだろうな」
隊長さんの確認に、大隊長は冷汗を流しながら頷いた。…まさか、そんな生まれだとは予想してなかったな。
俺達もまた、衝撃の事実に言葉を失った-。
○
-砦に滞在して、二日目。俺達は、朝早くに砦の端にある建物に来ていた。
「お疲れ様です」
「「お疲れ様ですっ!」」
副隊長が挨拶をすると、見張り達は敬礼し片方が頑丈な錠を開け、もう片方が門を開けた。
「ありがとうございます」
『ありがとうございます』
俺達は礼を言ってから、門をくぐる。…すると目の前に、分厚い木の格子が見えた。
そう。この建物は牢屋であり、俺達は昨日捕らえた罪人に会いに来たのだ。
「-…やっと来たか」
すると、牢の中でガチガチに拘束されている罪人がこちらを見て来た。…こいつこそ、未の闘士である。
「…罪人の身で、随分と余裕ですね」
「…はあ、なんで余計なのが居るんだよ。
-俺は、『葛西の跡継ぎとお仲間にしか話さない』…と、言った筈だが?」
落ち着いてる奴を見た副隊長は、少し低い声で指摘する。…だが、奴は臆する事なく文句を口にした。
実は、俺達が朝早くここに来たのは奴の要望なのだ。…まあ、当然完璧に通る筈もなく副隊長さんも同行する事になった。
「…罪人の要望が通る事自体、有難く思いなさい」
「…あ?……っ!」
奴の文句に対し、副隊長は圧を放ちながらそう返した。…すると、奴も苛立ち氣を練り上げようとするが、直ぐに止めた。
「…良い判断だ」
「…ちぃ、厄介だな」
実は、奴を拘束している縄には雷玉を封じているのだ。そして、班長の感知の技により奴が氣を練り上げると雷玉が発動するらしい。
「…本当に、大丈夫なようですね」
「ええ」
「…では、私は外で待っています」
それを見た副隊長は安心し、速やかに外に出てくれた。…まあ、協力関係になって日が浅いから信用出来ないのは無理もない。
「…これで良いだろう?」
「……っ。…ああ」
そして、班長が聞くと奴は少し間を置いてから頷いた。…なので、俺は砦の人に借りた手帳と鉛筆を取り出した。
「…まず、お前の事を聞く」
「…良いだろう-」
まず、班長は奴の身元を聞いていく。すると奴は、驚く程素直に答えていく。…俺は、それをなるべく丁寧かつ素早く手帳に写す。
-奴の名前は、米田末吉。大陸の北西にある小さな農村の出身で、成人している。…やはりこいつも、北の生まれか。
そして、成人して直ぐ村を出たこいつは刃龍の人攫いに遭い、連中の拠点で強制的に身体を鍛える事になる。…此処までは、他の下っ端と変わらないがそんな日々を送る中で、大きな転機が訪れた。
「-…まさか、いきなり幹部になるとは思わんかったなあ」
奴は、その時の事を思い出したのかニヤニヤとした。…要するに、こいつは偶々にも未の闘士に選ばれたようだ。しかも、驚く事になんとこいつは未の末裔なのだ。