「ああ、あれは側室のためのパフォーマンスだ。交流も以前より増えて生活も豊かになったが、人外に対する抵抗力はあっけないほど脆い。《森羅万象の魔女》の前に、帝国軍の力は無力だったしな」
「しかしそうなってくると、困りましたね。それではレイチェル様の身辺警護として武力強化を狙ったのに、命を狙われている護衛騎士に、老兵、雑務ができる二人とは……」
ダレンはあからさまに溜息を吐いて、私の頭に顎を乗せる。うん、今日はとことん甘えるモードなのですね。毎回、ダレンは恋愛小説を熟読し、日に日に婚約者らしい振る舞いが板に付いてきている──って、そんな状態じゃないわ。
それでなくとも王位継承権争いが起こったら、暗殺者や襲撃者が増える一方なのに戦力増加どころか戦力不足になるなんて……。
「こっちの事情でレイチェル様に迷惑をかけるつもりはない。俺は決着を付けるため祖国に戻るつもりだ。祖国の問題が片付いたら、正式に貴方様の騎士にして頂けると嬉しい」
覚悟を決めた空色の瞳はどこまで美しく、強い意志を感じた。
それは妥当な案に思えるのに、なぜだか嫌な予感がしてならない。死に戻りを八回してシリルのまとわりつく死の予兆は、私よりも段違いに高いわ。だとしたらこのまま故郷に戻してはダメなんじゃ──。
「それはダメです」
『ダメよ』
私とカノン様の声が重なる。そのことに驚きつつも内心、カノン様も同じだったことが嬉しかった。とはいえ、私の場合は「なんとなく」であって、カノン様のような論理的な説明ができず口を開閉し、あうあうしてしまう。
そんな私を見て、カノン様は助け船を出してくれた。
『無策で戻っても話を聞かない連中だろうから、十中八九殺されるわ。それよりもこのまま暗殺者や襲撃者が来る方向で対策を立てましょう』
「え!?(助け船というかとんでもない提案!)」
「……ああ、なるほど」
「ダレンは分かったのね」
「そのようなことをすれば俺だけではなく、レイチェル様にも迷惑が」
カノン様は口元を綻ばせて微笑んだ。その勝利を確信した目に期待が高まる。こういう時のカノン様は、とんでもないことを言い出すのだ。経験則で分かるわ。
『その辺はグレンが何とかして生け捕りにして、雇用主をこっちに乗り換えるようにすれば、戦力は増えるでしょう。雇用条件を依頼人よりも優遇すればいけると思うわ。まあ、これはダレンがカードのジョーカー並みの強さがあるからこそ成り立つ作戦だけれど』
「はう!?」
「お、おい!?」
「やはりそれが一番手っ取り早いでしょう」
「ダレン!? そんなことできるの!?」
私とシリルは驚くも、カノン様とダレンは同じ光景が想像できるのか、話を加速させる。
「勿論です。異形種相手では少し手子摺るかもしれませんが、それ以外の者は片手間で片付けられます。なんなら多種族国家に単身で乗り込んで、頭の固い連中の頭に
「そこまでしなくて良いです! というか国際問題になっちゃうから!」
「……せっかくレイチェル様に良いところを見せるチャンスかと思ったのですが、残念です。褒美に《恋人繫ぎ》というものをしてみたかったのに……」
「グレンは私の執事で婚約者なのだから、傍にいてくれないと困るわ(特に何をしでかすか分からないし)それに《恋人繫ぎ》なら、今度デートした時に試してみましょう!」
「レイチェル様」
ダレンは婚約者と言う言葉に目を輝かせて満足そうに「そうですね、婚約者なのだから傍にいないといけないですよね」と嬉しそうだ。以前よりもかなりチョロくなっている。少し前の狡猾さはどこに? いやまあ、私はありがたいのですが。
「では《恋人繫ぎ》を実体験できるのですね! ……んん、そこまでレイチェル様が私を思ってくださっているとは、今日はとっても良い夢が見られそうです」
「それは良かったわ」
「……しかし、暗殺者や襲撃者が、そう簡単に心変わりするとは思えない」
シリルの言いたいことは分かる。その道のプロや襲撃犯がそう簡単に寝返るとは思えない。それともカノン様は秘策でもあるのかしら? うん、ありそう。
『北風と太陽のお話のように、待遇改善を含めた一人一人の
「私もお役に立てるのですか?」
まさか数に入っているとは思っていなかったので、大きな声を出してしまった。
『なにを言っているの? レイチェルのために今も動いている人たちがいるんだから、その過小評価は良くないわよ』
「そうですね。レイチェル様にはもっと自信を持っていいかと。私が対価なしでここまでしたいと思うのは貴女様だけ。国宝級の存在だとだと思ったほうが良いかと」
ダレンはそういうとギュッと抱きしめてくれた。
よく考えたら異形種である人外に何か願う場合、とんでもない対価を支払うのよね。今までサラッと色々やって貰ったことを考えると、本来なら天文学数字な金貨や体の一部や魂を対価に差し出すレベルだわ。
それをダレンが望むのはいつだって、些細なことばかりだわ。八回目だって今考えれば破格の待遇だった気がする。でも私はそのことに気づく余裕も、問いかけることもしなかった。
「改めてダレンは、すごいのだと実感したわ」
「私は特別製ですからね。もっともあまり力を行使すると神々が煩いのですが、正当防衛なら文句も言われないでしょう」
腹黒い笑みと人外らしい無機質な瞳を見て、間違いなく魔導書の怪物だと再認識した。シリルの復活と仲間に加わったことで、改めて今後の話を詰めることに。
九回目で私陣営に彼が居ると思うと、少し嬉しい。
彼には死に戻りの中で何度も助けてもらったのだ。ようやくその恩を一つ返せた気がする。なんて言っているけれど問題は山積みだわ。気を引き締めないと!