「フウガは特殊というか、ディルクの甥にあたる。人族と竜人族のハーフであり、角がないことで同胞たちからはあまり良くは思われていなかった。だから俺やディルクと国を出ることを望んだそうだ。元々ディルクが親代わりのようなものだったしな」
「そういえば家族関係とかまで聞いてなかったわね。私も言及しなかったのだけれど」
思い返せば、他愛のない話に誘導されていたような気がしなくもない。警戒心が強い印象もあったので言及しなかった。こういうところが甘いのかも……。
「今は混乱と警戒心が高いかと。俺は命を助けられた恩と、花音殿に忠誠を誓っているので全面的に信用しているが、他の連中はもう少し時間が掛かると思う」
「それは仕方ないです」
「俺から見てもディルクたちはよくやってくれているし、国外追放になっても付いて来てくれた身内のようなものなんだ。だからこれ以上裏切り者がいないことを願っているよ」
シリルは無邪気に笑った。清濁合わせ飲む度量がこの人にもある。そうヒシヒシと感じた。王族ってやっぱりこういう雰囲気というか、器が違うって痛感するわ。私も王族なのに欠片もないのだから、悲しくなるけど。
「グォン以外は祖国の重鎮たちに弱みを握られている可能性も考慮しつつ、罠を用意して様子見しましょう。シリルも仲間を疑う真似をされるのは不快かと思うけれど、我慢して欲しいの」
「無論だ。俺の命はもちろん、奴隷契約から救ってくれた──くださったレイチェル様には大恩がある。剣の捧げた主人の安全を第一に考えるのは当然だ。もし裏切り者がいるのなら、俺が自分の手で決着を付ける」
ハッキリと言い切ったシリルの覚悟に衝撃を受ける。きっと彼は公私混同しない傑物なのだろう。そんな彼だからこそ、死に戻る前の時間軸で私を助けてもくれたのだわ。彼は優しくも厳しい人なのだと再認識する。
「…………」
「ダレン?(今日はやけに口数が少ないような?)」
「いえ。……そろそろ領地に戻った後のことを詰めておきましょう」
一瞬だけど目が合ったダレンは少しだけ困った顔で微笑んだ。何か抱えていそうだけれど、言葉がうまく出てこないようなもどかしさが、苛立ちになっている?
「ダレン」
「はい?」
彼の傍に身を寄せて「疲れているのなら膝枕してみますか?」と提案してみた。これは最新刊の恋愛小説にあるエピソードだ。
デートが上手くいかず失敗ばかりで寝不足になった騎士様に、ご令嬢が膝枕を提案するシーンで、私としては恋人と仲良くなるエピソードの一つだと思っている。場所は小説のようなガゼボではないけれど、ダレンとしては膝枕はどう受け取るのかしら?
「膝枕……ですか。興味深いですね」
「(思ったより反応は良くないかも?)それとも別のことがいい?」
「たとえば?」
拗ねていると言うよりもダレン自身、自分の芽生えつつある感情に困惑している感じがする。手探りって感じなのだわ。でそれは私も一緒。なにが好きで、なにが嫌なのか知っていきたい。
ダレンは私を大切にしてくれる。だから私も同じようにダレンを大切にしたい。
「ダレンが好きそうな異世界の書物についての解釈を語るのはどう?」
「え……異世界の……?」
ダレンは目を輝かせて、機嫌が一瞬で良くなった。それで良いのか正直不安だけれど、でも私も異世界の書物は興味津々だったから読むのが楽しみだったりする。
「ダレンは今回いっぱい頑張ってくれたからカノン様に相談して、報酬を奮発してもらったのです」
『私の国で最も古い書物とされているわ』
「これが『フルコトフミ』……!」
原本ではなく写本の現代語訳版らしいけれど、世界の開闢から始まり人の世に移り変わる流れも書き綴られている。それはこの世界の神話と通ずるものもあり、読み応えがあった。
カノン様の世界の『ニホンゴ』は複雑化かつ意味合いが深いので、そのあたりの解釈などダレンと話すのが楽しい。
「カノン殿の世界では神々は溢れかえるほどおられるのですね……! これは素晴らしい!」
『そうね。生活と行事も日常化されていたし、神社なんかは千年以上経っても残っているし……。私の国以外の神話や伝承もあるのだけれど、お国柄や環境によって信仰や伝承も異なっていて面白いわよ』
「私は兄弟喧嘩するアマティラス様とスーサノォー様が不憫なりません。ただお顔を見に来たと言うのに……」
「それは強すぎる者が先触れもなく、唐突に現れれば仕方ないかもしれませんよ。私としてはこのコトシロォウヌゥシィに逆手に興味があります。これはもしや一種の呪詛では?」
その後は神話やら異世界の話で盛り上がった。特に行事と呼ばれる内容を聞いて領地内でも取り入れるのは、良いかもしれないとなった。
祭りは人が集まる。その賑やかで第五王女である私が、享楽に耽っていると思わせるのにはちょうど良い。それに領地内の特産物など人を集めるにも、異世界に知識は参考になる。
花見やクリスマスなどは、この世界にも似たものがあったわ。カノン様の世界は常にイベントや行事は目白押しで、季節や節目を感じさせる日々を聞いて、ワクワクドキドキした。
「出店というものや、お祭りの余興も良いですが日常的に耳に入るラジィオという伝達方法は画期的だと思いますわ」
『そうなのよね。この世界の音楽って少ないし、あまり浸透していないでしょう。そういう教えなのかしら? こう教会の式典、王侯貴族の祭事、民間での伝承や吟遊詩人の歌ぐらいかしら?』
「私は知るだけでこの世界の音楽における数字は66だったかと。音楽の神が66こそ完成された音楽だと言って、去った話があります」
『それこそ音楽への冒涜だわ。神様が音楽を封じたから、音楽を増やせないなんて……これは神からの
音楽のことになると、カノン様は水を得た魚のように目を輝かせて語り出す。その熱量は凄まじく、シリルは嬉々として話を聞いていた。本当にカノン様が好きなのね。微笑ましい。
これはまた凄いことを考えてそうだと思いつつ、ダレンが途中から会話に加わっておらず、何やら考え事をしているのが気になった。