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第30話 デートも戦略のうちです 

 カエルム領に戻って、祭りの準備に日々忙しくしている中、私は休憩時間にカノン様と二人きりになる。ダレンに茶葉の買い出しを頼んだので、十分は稼げるはず。

 ガゼボの周囲に護衛シリルはいるが、二人の──というか私の声は聞こえていないだろう。

 青い小さな花が咲き誇って美しい。しかし今は花の香りを楽しむ余裕はない。


「カノン様! カノン様! 聞いてください、ダレンが!!」

『なに夜這いでもされたの? でも婚約者ならまあ』


 カノン様の言葉にドキリとした。あれは夜這いというよりも、急に本体ではなく人の姿で添い寝したいと言い出しただけで、人の姿のほうが、喜ぶのでは? とダレンなりに考えての行動だった。ダレンが私のことを思ってくれていたことが嬉しくて、異性として見られているのかなんて聞けなくて、でもダレンが私を見る目はどんどん柔らかくて、温かいものに変わってきているのは事実だった。


 うぬぼれじゃなく、ダレンに好かれている。そう見られているのか、自分の勘違いじゃないか、生まれてこのかた誰かを好きになるはなかった。初めての経験だもの。慎重にいきたい。なにより相手は人ではないのだから、感覚とか認識のずれだってあるし……。


『どうなの、レイチェル?』

「ち、違います! 日に日に人間の機微や、気遣いができて……その格好よくなったといいますか、今までの知的好奇心や興味だけじゃ無くて、本当に好かれている気が……でもこれって客観的に見て、単に執事として契約者として接しているだけに見えていませんか?」

『謙虚は美徳とされているけれど、謙虚すぎるのは良くないわ。端から見ていて面白いぐらいダレンと貴女は仲良くなっている。それに絆も深まっていると思う。でも、そうね。ここは──』

「ここは?」

『婚約者のエドウィン・リスティラとデートしたらいいんじゃない? ついでに商店街でのデートスポットも作りましょう』

「え、デート? エドウィン様」


 エドウィン・リスティラ、侯爵家の次男で分身体のダレンが養子となった方の名前だ。そして私の婚約者でもある。


『そうよ。ダレンでもありエドウィンとデートを重ねて、仲良しサをアピール。そしてこの領地でのデートスポットを確立させるの』

「デートスポット……ですか?」


 途端にカノン様の目が輝き出した。あ、これは、結構大変な気が……。止められないぐらい、とっても生き生きしている。


『そうよ。観光客だけじゃなくて、領地の中でも「好きな人とその場所を巡ったら幸せになる、あるいは結ばれる」なんて場所を作るの』

「作る? この世界では霊脈などによる不思議な場所という認識はありますが、そんなのを勝手に作って良いのでしょうか?」

『それはこの領地と縁のある話を使うのよ。例えばガゼボの青い小さな花があるのでしょう。私の世界では勿忘草と言って、騎士が恋人のためにドナウ河岸にある青い小さな花を贈ろうとしたの。でも足を滑らせて川に落ちた時、重い鎧姿だった彼は手にした花を恋人に投げて「私を忘れないで」と叫び川に沈んだ──そこからその花は勿忘草と呼ばれるようになったわ』

「相変わらずカノン様の世界では、危険と恐怖がそこら中に転がっているのですね。そして不吉!」


 時々カノン様の世界がとんでもない恐ろしく映るときがある。魔法と、他種族もいない人だけの世界。加護や贈物ギフトもない純粋な能力と知識だけで積み上げてきたのだから、私からいれば夢物語というよりも、暗黒郷ディストピアに近い。


『まあ、悲劇だけれど、それを悲劇にさせない方法。かつて悲劇があった花だけれど、青い小さな花束を好きな相手に渡して受け取って貰えたら、その二人は死を分かつことなく結ばれる──という背景を作ったら、この青い小さな花の付加価値は大きく変わると思わない?』

「あ」

『教会もその花を祝福と縁結びと紐付けて、教会で育てれば加護ほど強くないけれど、魔除けや厄除け程度の効果はあるそうよ』

「そ、そんな話まで……進んでいるのですね」


 事業内容は目を通しているけれど、その内容は多岐に渡るので把握し切れていないものもある。把握しているカノン、ダレンがちょっとおかしいのかもしれないけれど。


『領地を豊かにするには話題と観光名所は必須。今はラジオの設備工事、下水道などの公共事業をメインにしているけれど、これはレイチェルたちにしかできないことよ』

「私……」

『そう。第五王女とエドウィンとの恋物語はすでに、領地内で有名になっているもの』

「え!? 聞いていないのですけれど!?」


 二冊の恋愛小説を渡された。名前は異なるけれど、心を病んだ王女と身分の無かった青年が騎士であり侯爵家の養子となって結ばれる話だ。一巻は二人の生い立ちなど涙ながらに語れないシーンが多く、思わずうるってしまう。

 しかし二巻目をパラパラと読むと、二人のデートシーンで領地の店や中央広場などしっかりと名前が明記してある。


「カノン様!? これって……」

「宣伝よ。ちなみに草案とプロットは私が作って、孤児院で作家希望の子がいたから書かせてみたら大当たり! 一巻は期間限定、半額で売っているわ。できるだけ多くの人に読んでほしいから安くしているの。で、二巻は広告代として店の名前や地名をあえて出しているし、二巻終わりにこの本を持って来店すると、割引する仕様なのよ。クーポンってほんと考えた人はすごいわよね」

「娯楽にまで……」

『娯楽を利用してこそ、よ。自分たちだけが儲かるだけじゃなくて、周りもみんな儲かるようにする。それにこれなら誰も損しないでしょう』

「あ」

『と言うことで二人にはこのデートスポット巡りをしてほしいのよ。二巻を売り出すのはその後。もし実際のデートで加える部分があるなら、加えたいし』


 カノン様は本当に何事も楽しんで取り組む。それもしっかり押さえるところは押さえていて、彼女の考えはいつだって新鮮で、突拍子もなくて、大変だけれど楽しい。


「なるほど。レイチェル様とのデート。これはなかなか、楽しみですね」

「だ、ダレン!?」


 紅茶の茶葉を買いに行くよう頼んだのに早すぎるわ。しかも二冊目の本を嬉々として読んでいる。速読過ぎ。


『と言うわけで決行は明日よ』

「明日!?」

「承知しました」

「ダレン!?」


 こうして唐突に、宣伝広告を兼ねたデートが決行されることになった。領地に戻って落ち着いたらデートとは言ったけれど、まさかこんな感じになるなんて──。ハッ、もしかしてカノン様は最初から、こうなる想定で予定を組んでいた?

 改めてカノン様の知略に頼もしく思うと同時に、驚嘆するのだった。



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