九回目の死に戻りで初めてのデート。そもそも異性と一緒に出かけることなど皆無だったので、前日の夜はなかなか寝付けなかった。もっとも寝付けない理由のもう一つは──。
「寝付けませんか?」
「(ダレンがなぜか人型で添い寝することが増えたことなのよね!)……ダレンが人の姿だと緊張するのと、明日のことでドキドキしてしまって……」
「喜んで貰えると思ったのですが……ダメでしたか」
「え。もしかして……デートのプランって」
「私が恋愛小説を参考に考え、カノン殿に場所を絞って貰ったのです」
「そんなことまで……」
「息抜きをするのにどうすればいいのか取っ掛かりはそこでしたし、レイチェル様の関係をより親密にするためにも、カノン様からデートを推奨されていたでしょう」
九回目の死に戻りから、ううん、婚約者となってからダレンは変わった。盤上の駒として見ていた頃と違って、今は私をレイチェルとして、一人の人間として認識しているし、私を知ろうとしてくれる。
血が通った──という表現は適切か分からないけれど、以前よりも今のダレンが好きだ。それに彼の声が前よりも柔らかくなった気がして好ましいし、抱きしめられるのも嬉しい。
王位継承権争いの最中だというのに私はダレンを好きになって、ダレンも少なからず私のことを好意的に見てくれている。それが嬉しい。
「ダレンに恋する日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
「おや、少しは意識していただけているようで光栄です」
深緑色の少しウェーブのかかった髪、キチッとした佇まいばかりだったけれど、添い寝するようになってからは、髪はほどいているしダレンのパジャマ姿はセパレートタイプで、紺や黒のシンプルなものが多い。普段着よりもかなりラフで、そのあたりもぐっとくる。
くっついて寝ることもあるが、大体は手を繋いで寝るほうがいい。そもそもダレンは寝る必要があるのか不明だけれど。
「……意識するに決まっているでしょう。以前よりもダレンが近く感じて、一緒にいるのが楽しいもの(それに元から彼はとても綺麗だった……し)」
「私もレイチェル様との付き合いはずっと長いと思っていましたが、九回目は段違いです。新しい発見ばかりで、私の心臓はいつもバクバクしっぱなしですよ」
寝る前のおしゃべりも心地よい。本の感想を言い合うことが多かったけれど、こういう普通の話もできるようになったと思う。
ちょっとドキドキするけれど、手を伸ばしでダレンの心臓に手を当ててみる。魔導書の怪物。でも体温があって、心臓はバクバク──私と同じ。
「ほんとうだわ」
「嘘をつく訳がないでしょう」
耳元で囁くのは、反則だと思う。
「ふふっ、そうね。私も同じくらいドキドキしているわ」
「……っ、最近、レイチェル様を見ていると、形容しがたい感情でいっぱいになります。レイチェル様には経験が?」
「私? うーん、分からないわ。でも無性にダレンにギュッとされたい気持ちになるときはあるかも?」
「それは……私にはまだ分からないですね。カノン殿に今度聞いてみますか」
「教えてくると思う?」
お互いに一瞬黙って「「絶対にない」」と同じ結論に達する。思わず笑ってしまった。間違いなく今の私とダレンの関係を構築していくれたのはカノン様だわ。
その日はダレンの温もりは心地よくて、気づくと睡魔に襲われて寝てしまった。暗殺者に怯えずに安心して眠れる。
ああ、幸せだわ。
***
翌日。
広告塔なので、髪の色は変えないのだとか。代わりにシリルを含めた護衛を陰ながら配置。
エドウィン様の髪は黒とのことで、黒のブローチを付けてもらう。耳飾りや髪留め、ブレスレットなど魔導具をこれでもかと装着しているのは、カノン様とダレン、そしてマーサのせいだったりする。みんな過保護だと思う。でも心配してくれるのが嬉しい。
「レイチェル様、エドウィン様の馬車が」
「わかったわ」
***
馬車から出てきた分身のダレン──エドウィン様を出迎える。彼は漆黒の髪に、鳶色の瞳をした偉丈夫だった。どこかダレンに似た面影があって、少しホッとする。私と目が合うとダレンと同じ優しい眼差しが返ってきた。
「レイチェル様、お手紙ばかりでお会いする機会がなくて申し訳ありませんでした」
「ダ──エドウィン様。とんでもない、今日はお誘いいただきありがとうございます」
見送りに来ていた侍女たちは私とエドウィン様とのやりとりを見て、ニマニマしていた。うんわかるわ。このシーン一巻のラストにあったものね。二巻はちょうどデートする話だからこその反応。
今回の護衛はシリルとディルクの二人で、どちらも私服に着替えてもらっている。ちなみにカノン様はシリルが猛アタックをして、一緒に私たちを見守ることに。ダブルデートしたいところだけれど、カノン様は周囲に見えないのでこれだと三角関係になってしまうので却下された。ダレンがもの凄く反対したのよね。
そんなこんなでデート開始。
このとき、私はダレン──エドウィン様の外見がどれだけ目立つか理解していなかったわ。初デートで舞い上がっていたのもあるけれど、まさかあんなことが起こるなんて思いもよらなかったのだった。