まずは馬車でアストラ商店街通りに向かい、中央広場から歩いてカフェに。中央広場では今度、《らいう゛》なるものを行うとのことで、簡素ながら舞台を設置しているのが見えた。
「指定しておいたベンチはこちらですね」
「普通のベンチですね」
「ええ。でも小説ではここでお互いの過去を打ち明けて親密度が増すらしいです」
何の変哲も無い石畳と芝生のある中央広場で、中央には噴水、木々や花壇が等間隔であり、いざという時の避難場所と指定されている。
カノン様曰く、ここで露天やイベント場所として人を集める予定なのだとか。木漏れ日がベンチの傍で踊っているように揺れていた。
ダレン──エドウィン様はハンカチをベンチに敷いて、座るように促す。ぽかぽか陽気に穏やかな空気。そんな私たちは小説の通り過去を打ち明け──ることはなく、カノン様考案のアストラ商店街周辺の観光マップを二人で見ていた。
「ダ──エドウィン様、見てください。ここに古本屋の文字が!」
「ああ、カノン殿が「新しい事業を作るわ」と言っていた店ですね。新品ではない古い本を扱うだったかと」
「はい。本の価値は十分に高いですが、処分する際にかさばりますし、価値を知らない方からすれば捨ててしまったりするとか」
「なんと嘆かわしい。私は暖炉に本をぶち込む人間がいたら、同じような目に遭わせたいと常々思っております」
「本は叡智の結晶ですものね!」
「ええ、その通りです」
話が盛り上がってエドウィン様に同意すると、すぐ傍に美しい顔があった。あまりにも距離が近くて吐息が頬にかかる。
「──っ(ひゃあああああーーー。近いっ、そしてなんでカノン様が観光マップを一人分だけ用意したのかが分かった! あああああああー、これは必然的に距離が近くなるわ!)」
「レイチェル様」
「はぃ」
ちゅっ、と頬に唇が触れ、あまりの出来事に硬直してしまう。エドウィン様は少し照れた顔で「あまりにも可愛かったので、つい」と微笑むのだから狡い、狡すぎる。
ダレンの姿ではないけれど、言動が私と二人きりのダレンのままだから余計に意識しちゃう。
「ダ──エドウィン様。あまりからかわないでください」
「ふふっ、すみません。これでも我慢しているのですよ」
「そうは見えません」
つい最近までおっかなびっくりしながら頬に触れていたのに、今は自然に触れてくる。手袋越しでもエドウィン様の温もりが感じられて、ドキドキしてしまう。
「今すぐにでも抱きしめて、レイチェル様不足を解消したいのに」
「!?」
「レイチェル様は日に日に可愛くなってくる。どんな魔法を私にかけたのですか?」
「掛けていません!(まるで小説に出てきそうな歯の浮いたセリフ……小説……!?)」
もしかしてこのセリフも、態度も台本があるのでは?
それを忠実に再現しているだけで、ダレンは……。そう思うと胸が苦しくなる。このデートも全ては領地復興のためにカノン様が考えてくださったこと。私にしかできない私の役割なのだから、しっかりと演じ切らないと。こういうシチュエーションで、ヒロインだったら──。
「私、エドウィン様になら食べられたって構いません」
「!?」
それまで、にこやかで紳士的な笑みだったエドウィン様が固まってしまった。心なしか茂みから『ぶっ』っと噴き出す声が……今のは絶対にカノン様だわ。
「レイチェル様……今なんと?」
「(小説だと『騎士様が食べてしまいたい』に対して、自分のそのぐらい好きって意味で返したセリフなだけで、あー、ええっと私がいきなり言い出したら脈略がおかしいわ! ああ、なにか言わないと!)その今のは言葉のアヤというか、本当に頭からガリガリ食べるということではなく、そのぐらい好きだと言いたくて……」
「……ガリガリって、私はこれでも魔導書の中でも最高位の存在なのですよ? ミミック系統の低級と一緒にしないでください」
「はい……ごめんなさい」
ニッコリと笑っているが、どう見ても怒っている。ミミックと一緒にされたのが相当プライドを傷つけたみたい……。ごめんなさい。でも私には地雷がちょっとよくわかりません。
風が頬を叩き、木々が揺らぐことで木漏れ日もゆらゆらと踊る。
沈黙。
会話が途切れて、次に何を言えば良いのか悩んでしまう。ダレンと話す時はすんなり言葉が出てくるのに、どうして上手く言葉が出てこないのか。それは恋人かつ婚約者っぽく演じようとするから……よね。それが今回の役割で──。
「レイチェル様。私は広告塔として、小説の通りにことを進めたいから、貴女に好意を寄せるセリフを言っている訳ではないのですよ」
「ダ──エドウィン様」
振り返るといつものダレンの姿に戻っていた。深紅の瞳に、少しウェーブのかかった深緑色の髪の彼だ。服装はエドウィン様のままだけれど。
「認識阻害の魔導具を使っているので、ダレンの姿だと認識しているのは、レイチェル様だけです」
「どうして」
「これなら緊張しないでしょう。それに先ほども言ったように演技じゃなく、本気で話しているつもりなのですが、やはり魔導書相手だと信じて貰えませんか?」
「そんなことないわ! ただ……私にできることを頑張ろうって思ったのだけれど、ダ──エドウィン様とのやりとりが全部演技で、本当のことを言われていないかもしれないって思ったらちょっと凹んでしまったの」
自分の状況は自分がよく分かっている。領地運営や王位継承権争いに向けて、生き残るために私がもっと頑張らなくちゃいけないのに、私のできることはそんなに多くない。
ちょっとずつ成長しているとは思うけれど、牛歩の歩みも良いところで──焦っていた。
「レイチェル様は、毎日笑顔でそこにいることで仕事を一つ果たしているのですよ。最近は特にレイチェル様の傍にいるのが楽しくてしょうがない。傍に居るだけで頑張れてしまうのですから、自信を持ってください。それにこういうデートというものは演技やら役割ではなく、二人で楽しむべきものだと《まにゅあるぼぉん》に書いてありました」
「……《まにゅあるぼぉん》、まさかダ──エドウィン様」
「ええ、今日のためにカノン殿から《失敗しないデート作法》という異世界の書物をもらいました」
エドウィン様はホクホクしている。私も見たかったので、視線を投げかけてみたが本を出す気はないようだ。
「デートのエスコートは紳士の嗜みですからね。私だって初めてなのですから、レイチェル様と楽しみたいと思っているのです」
「エドウィン様……。私もエドウィン様とデートを楽しみたいです」