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第33話 デートには修羅場がつきものです・前編

 それからは単純にデートを楽しんだ。恋愛小説でいつも憧れていたシーンの一つで、中央広場からレストランまで一緒に歩く。他愛のない話をして、歩調を合わせて目に映るものを見ながら手も繋いでみた。普通に繋ぐのと、恋人繫ぎも試してみたけれど、肌の密着度が全然違って親密度が増したと思う。


「エドウィン様、デートってスゴイですね。本で読んだよりも、こう、ドキドキします」

「ええ。シミュレーションを何度もしましたが、いざ体験してみると経験値が段違いです。溢れる情報量に、心臓が脈打つ感覚に高揚感。やはり知識としてあるのと、実際に体験するでは違う物なのですね。全てが輝いて見えます」


 エドウィン様は無邪気な子供のように微笑むので、その姿に胸がキュンキュンしてしまう。ほんの十分の散歩なのに、何もかもが鮮明で、輝いて見える。

 恋ってすごい。

 誰かを好きになるってすごい。

 こんな風に胸が温かくなって、苦しくなって、心臓の音がうるさいなんて知らなかった。そんな余裕も時間も無かったもの。

 手を繋ぐ温もりも、誰かが隣で笑っている日常も、今までの私にとっては夢物語だった。生き残ることに必死で、愛だとか恋なんて余裕もなかったもの。


「ねえ、エドウィン様。今日のようなデート以外にも、カエルム領地や色んなところを一緒に見て回りたいです」

「奇遇ですね。私も同じことを考えていました。様々な景色をうんざりするほど見てきたというのに、貴女の隣で見る景色は色鮮やかで、強烈で、不思議な感覚に陥る」

「エドウィン様」


 今も余裕があるわけでは無いけれど、なさ過ぎて焦りすぎるのはよくないって、途中で気づく。焦りすぎて空回りしても、ダレンやカノン様たちがカバーしてくれる。

 それが心強くて、申し訳ないといつも思っていた。今も時々思う。


 でも色んなことにちょっとずつ気づいて、少しだけ自分の心に余裕ができたから、ダレンの思いに気づけたし、惹かれた。あんなに恐ろしくて、怖いと思っていたのに不思議。

 誰も信じられなくて、ダレンも味方だって思えて無くて異形種として認識していたけれど、彼には彼の考えがあって、私のことを少なからず思ってくれていた。それは人外としての感覚だったから、分かりづらかったけれどダレンは学んで、人の心を理解しようとしている。


 それが分かったから、私も歩み寄れたのだと思う。

 本の話は前からしていたけれど、もっと他にも話すことが増えて、そのたびに惹かれていった。知識力もそうだけれど、私を気遣う眼差しや言葉が一つ一つ、心を震わせる。

 とても楽しい時間だった。

 そして私は浮かれすぎていた──結果、面倒な人を呼び寄せてしまう。



 ***



「ごきげんよう、エドウィン様」


 真っ赤な長い髪に、翠色の瞳。煌びやかな白と赤のドレスの令嬢がエドウィン様に声をかける。

 オシャレなレストランで、コース料理を楽しんでいたところに彼女は突如現れた。

 彼女は死に戻りの中で、何度か顔を合わせたことがある。確かクラーラ・ハニッシュ公爵令嬢、レジーナ姉様の取り巻きの一人だったはず。私を視界の端で捉えるが挨拶も無し。

 私に気づいてないという訳でもないでしょうに。恐らくレジーナ姉様の尖兵であり、牽制あるいは嫌がらせよね。たぶん。


「こんなところでお会いするなんて、運命的ですわ」

「そうですか。それよりも挨拶が済んだのならお引き取りを。私の婚約者との大事な時間を他人に奪われたくないので」

「なっ!?」

「レイチェル様。失礼しました」

「いえ」


 エドウィン様の塩対応に、周りの客たちも驚いたようだ。構図的には侯爵家の次男が公爵令嬢を軽くあしらったと映るだろうし……。

 ここは穏便にしていたほうが無難よね。エドウィン様にも話を合わせて──。


「なんて生意気なの!? 公爵令嬢の私がわざわざ声をかけたというのに、不遜な態度! 公爵家から正式な抗議文を出させてもらいますわ。養子になった途端にそんなことがあれば、貴方様の立場も危ういでしょう」


 なんて理不尽なのかしら。勝手に声を掛けてきて置いて、自分にとって希望した回答じゃないからって、何より私を貶めるためにエドウィン様を使おうなんて許せない。

 侯爵家当主にはまだ会ったことがないけれど、迷惑を掛けたくないわ。

 何よりエドウィン様──というかダレンの目が笑ってない。この場で大虐殺とかはまずいわ!


「それが嫌なら、これから私の屋敷で──」

「この程度で公爵家が侯爵家に抗議文を出すと言うのなら、王家から正式な抗議文を公爵家に出すわ。王族である私を知っていながら、無視したのだもの不敬な態度になるわよね?」


 できるだけ笑顔で、声音も凛としたカノン様をイメージしつつ、ハニッシュ嬢を見据えた。

 あら? 昔はもっと綺麗で怖かったけれど、青ざめた顔をしてどうしたのかしら?


「え、あ、……そんなこと出来る訳が」

「なぜ? 貴女が不遜な態度をエドウィン様に取る以前に、彼が第五王女の婚約者だと言うには周知の事実だわ。それなのに私に挨拶もなく、言い掛かりで侯爵家を貶める。そんな場面を私が、婚約者として見過ごすとどうして思えたのかしら?」

「……それは」


 以前の私は人見知りだったし、社交界に出ても愛想笑いをする程度で、嫌味も言い返すにいた臆病者だったわ。でも九回目でダレンとぶつかって、カノン様の無茶振りに、伯爵との言い合い、センレイ枢機卿、武器商人ウルエルド様とのやりとりを経て、少しは逞しくなったのだから!


「エドウィン様に謝罪を今ここでするのなら、不問にしてあげましょう。でも……少なくとも私が代行で預かっている領地での制限はさせて貰おうかしら」

「なっ……」

「教会と共同経営で売り出す、四季花香油や肌に優しい香り付き石鹸など最初は紹介性にするつもりだったのですが、公爵家はリストから外しておきますわ」


 化粧品は貴族令嬢でも高価なものだけれど、そこに目をつけて商品開発しているカノン様はすごいわ。それに貴族用と庶民でも手が出せる用も作っているし……。

 広告塔として彼女の名前も上がったけれど、レジーナお姉様の取り巻きを引き剥がすためにも、潰せるチャンスがあるなら躊躇わない。


 今まで死に戻りの中で、公爵家でありながら流行病になった途端、引きこもって領民を見捨ててレジーナお姉様の言われるまま、扇動役をしてきたのだもの。

 機会があれば公爵家そのものの信用や経済力をガタガタにさせる必要があったのだから、この機に乗じて……私だってできるって証明してみせるわ!




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