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第34話 デートには修羅場がつきものです・後編


 ハニッシュ嬢は唇を噛みしめ、私を睨み付けた。なんて言葉を返すのかしら。


「──っ、エドウィン様。先ほどの言葉は失言でした。申し訳ありません」

「いえ。レイチェル様がお許しになるのなら、私は構いません」


 思ったよりもアッサリ引き下がったわね。でもそれが正しい判断だわ。


「エドウィン様がそういうなら、今回は許しましょう。今回だけですが」

「……感謝いたします」


 ハニッシュ嬢は頭を下げたけれど、声は嫌々なのがよく分かる。隠す気はないのかしら。


「レイチェル様。用も終わったようなので、私はハニッシュ令嬢を馬車まで送り届けてきます」

「まあ!」


 エドウィン様の唐突な提案に、ハニッシュ令嬢は口元を歪めて笑い、私は妙な提案に驚きつつも許可を出す。


「ええ。そうしてさしあげて」

「申し訳ありませんわ。レイチェル様」

「すぐに戻りますので」


 ハニッシュ嬢は途端に上機嫌になって、一礼することもせず背を向けた。既に私には眼中にないのだろう。

 立ち上がったエドウィン様にすり寄る姿は、なんだか哀れにすら思えた。エドウィン様は一礼をした後、店を出る。


 その後ろ姿を目で追いながらも、昼食の続きをしようとステーキを切り分けた。先ほどまではとっても楽しい時間だったのし、ステーキもとても美味しかったのに一瞬で味が変化した気分だった。


 これもすべて、ダレンの考えたのだろうけれど馬車に戻るまでとはいえ、エスコートを許すべきじゃ無かった?

 自分の選択が誤ったのではないかと、意気消沈してしまう。先ほどまで息巻いていたのに、なんとも情けない。ダレンが何か思いついたから任せたけれど、今後は私も策を巡らせられるように思考を回転させていかないと。そのためにもしっかりと食事を取ろうと、お肉を口に運ぶ。


「ん、美味しい」

「それは何より」

「エドウィン様!?」


 言葉通りすぐに戻ってきた。最速過ぎないだろうか。


「もっと手間取るかと思っていたのに、早かったわね」

「ええ。どうせ私をできるだけレイチェル様から引き離して、自分こそが婚約者と吹聴することを考えていたようです」

「なるほど……別の時間軸で似たようなことをしていたわね」

「はい。なので彼女には、部下の一人がエドウィンに見えるように幻術魔法をかけておきました。これで彼女は『貴族でもない男をエドウィンだと、認識している頭のおかしなご令嬢』というレッテルが貼られるでしょう」

「それは……うん、お疲れ様」


 予想以上にキツイ制裁だった。年頃の令嬢が婚約者でもない見知らぬ男と馬車に乗るだけで噂になるというのに、レジーナ姉様陣営の取り巻き筆頭へのダメージはなかなかだわ。


「あの一瞬で、よくそこまで考えたわね」

「ありがとうございます。できることなら、あの場で殺してしまおうかと思ったのですが、アレは向こう陣営の毒としてちょうど良いかと思いまして」

「毒……。たしかに公爵令嬢の性格なら適度に、こちらの偽の情報を流せば混乱しそうですね」


 エドウィン様は席に座り直したが、私の顔を見てにっこにっこと非常に機嫌が良い。なにか良いことでもあったのかしら?


「少し前の貴女であれば、私の策を即座に理解していなかったのでしょう。レイチェル様の成長ぶりがとても嬉しく思っているのです」

「そう言っていただけると嬉しいわ」


 その後のデザートはとても美味しいイチゴとチョコのムースが出てきた。どちらも美味しく、ペロリと食べてしまったのだが、エドウィン様は目を細めて、スプーン一口分をそっと私に差し出した。


「エドウィン様……これって恋愛小説でよくある」

「ええ、せっかくですので」


 これは結構、恥ずかしい。それでなくともハニッシュ嬢の件で周囲から注目されているのだ。半個室かつ一つ一つの席が離れているので会話までは聞こえていないのだけれど、なかなかに勇気がいるような。

 とはいえ興味はあったのだ。しかしダレン、エドウィン様の姿でやられるとなんだか、ドギマギしてしまう。そんな気持ちをおくびにも出さずに、パクリとイチゴムースを食べる。


「どうです?」

「すごく甘くて……幸せな味がします」

「それは良かった。私もなんでしょう、食べさせる行為はさらなる庇護欲をかき立てられる感覚がしてゾクゾクしますね」

「言い方……」

「失礼。大変、心臓がときめきました」

「直球!?」


 お互いに顔を見合わせて笑った。不思議と一人でいた時に感じられた寂しさや喪失感、焦りは消えていた。今までだったらウジウジと悩んでいただろう。少しは成長したかしら。


 その後の時間は、とても楽しかった。特に本屋巡りは至福の時間で、途中でカノン様とシリルが強制的に連れ出されたのは想定外だったけれど、デートを満喫したと思う。


「最後にもう一つだけ、寄り道をしても?」


 日が傾き始めた夕暮れ時に、エドウィン様から提案があり、私は快諾した。馬車で向かった先は、カエルム領が一望できる展望台だ。観光スポットとして整えられた展望台から見る景色は、なかなかだった。

 薔薇も植え始めたのか、ちらほら見える。薔薇は薬にもなるとかで、カノン様が手配していたのを思い出す。カエルム領地内では様々な薬草を教会主導で育て始めている。少しずつ積み重ねて今があるのだと実感した。


 特にこの時間はオレンジ色の街灯が付き始めて、とても幻想的だ。死に戻りした過去を考えると、この時期にアストラ商店通りを歩く人も多くなったと思う。

 観光スポット、観光ガイドマップ、小説はもちろんだけれど公業や商業、祭りも少しずつ増やしているのが目に見えて分かるのは胸に来るものがあった。

 今まではこんな風に、俯瞰的に領地を見る機会なんて無かったわ。


 ひんやりとした風が頬を叩き、少し肌寒くなったと思っていたら、エドウィン様は自分のコートを私に掛けてくださった。いつも私を抱きしめる時の香りと温もりに、寒かったのが嘘のよう。


「お一人の体ではないのですから」

「だから言い方!」

「失礼しました」


 そう言いつつもエドウィン様は楽しそうに、背後から抱きしめる。これは、なんというか前から抱きしめられるのとはまた違って、くすぐったい。

 赤紫色の空が瞬く間に宵闇に染まっていく。その数分がとても贅沢に感じられた。


「これは今日だけの特別です」

「え?」


 指をパチンと鳴らした瞬間、花火が宵闇を明るく照らした。しかも幻想的で光の余韻が美しい。白い花火が連続で打ち上がり、アストラ商店通りにいた人たちも夜空の花火を楽しんでいた。


「これで少しは気が逸らせましたかね」

「エドウィン様?」


 ぐぐっと体をねじらせて振り返ると、振り返ったエドウィン様の顔がすぐ傍にあって、唇を奪われた。


「!?」

「今は私に集中してください」


 突然のことに驚きつつも、彼とのキスはお昼に食べたムースよりも甘い感じがした。

 この時の私は本当に暢気だったと思う。なぜダレンが雰囲気作りのために、花火まで打ち上げたのか。その理由に気づかなかったのだから。


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