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第38話 シリルの視点5・見守り


 それは花音様だけが見てきた世界記憶

 彼女だけが見続けてきた、見続けることしかできなかった記憶の話。それを聞くと自分が花音様の特別になったかのように思えて、嬉しくなる。


『ダレンは冷たくなっていくレイチェルを抱きしめたまま、数日その場で呆けていたわ。どうして自分が無気力なのか、どうしてこんなにも訳が分からない感情が蠢いているのか。その答えが出せなくて、苛立って、破壊の限りを繰り返して、悪魔と天使双方を相手に殺し合いをして敗れる中で、レイチェルの亡骸を抱きしめながら、その答えを知るために死に戻りの魔法を使った』


 あまりにも愚かで、けれど純粋で、知らなかった感情に戸惑うダレン殿が不器用な人に思えた。魔導書の怪物でありながらも、今の彼は人間味に溢れた人物になりつつある。けれどそこに至るまでの過程は、いくつもの湧き上がる感情を無視せずに、一つ一つ受け止めて、理解しようと積み上げてきた結果なのだろう。


『二度目三度目も、好意に関しては理解していたけれど、そこで彼はレイチェル自身ではなく叡智や瞳に囚われた。でも恋も、愛も、想うことも知らなかったのだから、しょうがないわよね。レイチェルもレイチェルで、恋愛なんてしている余裕も、時間もなかった。だから二人の恋が、思いが結ばれて……少しホッとしているわ』

「花音様はお優しいのですね。情に厚くて、なんだかんだ世話を焼いて、確かにレイチェル様の前世なだけあって、同じように輝いている」


 花音様は「お世辞でも嬉しいわ」と口元を緩めた。「違う」と言いたくて、思わず彼女を後ろから抱きしめた。


『シリル!?』

「お世辞ではない。……俺は、全部引っくるめて、花音様、貴女が愛おしいと思っている」

『……』


 いつもなら「はいはい」と軽く流されるのに、今日に限っては返事がない。怒らせてしまっただろうか、そう思うと急に怖くなった。顔を見ようとするものの花音様は俯いてしまって見えない。


「花音様」

『私はこの世界で幽霊みたいなものよ』

「知っています。でも精霊や女神だって似たようなものかと」


 かつて地上に居た上位精霊や女神は、半透明で世界の一部に近かったと古文書にあった。花音様と出会う前なら、人外との恋など考えられなかったけれど、今はいつか別れが来るとしても、その瞬間まで、この方の盾であり剣であり、一人の女性として愛を貫こう。


「愛している。一目惚れで、今は花音様を知ってもっと好きになった。凜として毅然とした態度も、世話焼きなところも、年端もいかない少女のような素を見せる刹那の時も、人外の叡智をその力を持っているところも、音楽の神に挑もうとする勇猛さも……全てが愛おしい」


 一拍おいて、彼女の頭にキスを落とす。微かにびくりと華奢な肩が揺れた。


「聡明で、寂しがり屋なところも、心根がとても優しくて涙もろいところも、俺は全部が好きで、もっと花音様のことが知りたいし、一緒にいたい」


 花音様は何も言わなかった。けれど耳は真っ赤で、胸板に体を預けるくらいには信用はされているのだと、なんとなく分かった気がした。それが分かっただけでも嬉しい。

 俺と花音様が少しだけ自分たちの話をしている間に、レイチェル様とエドウィン様は手を繋いで町を散策するため行動を起こす。俺たちも怪しまれないように、と前置きして花音様と手を繋いで歩く。


 その後、公爵令嬢が突っかかってきたが、レイチェル様がさらりと撃退していた。護衛の出番はなさそうだ。下手に出るとダレン殿が嫉妬して睨むので「護衛とは?」と哲学的なことを考えてしまう今日この頃だ。

 ちなみに俺たちは半個室から視界に入らない席で待機している。


「意外だ。レイチェル様のことだから、自分が我慢すれば丸く収まると思って反撃しないかと思っていたんだが」

『自分でああやって断れるのなら、大きな前進ね。……まあ、内心はもっと良い方法があったんじゃとか、落ち込んでそうだけれど』

「そうなのか。俺には……そこまで読み取れないな」

『ふふっ、口調が前に戻っているわよ』

「あ」

『まあ、レイチェルの前でしっかりしていればいいわよ』

「花音様の前で素を出して良いとか、少しは距離が縮まったと解釈しても?」


 花音様はそっぽを向いて『さあ』と誤魔化していたけれど、この方は意外と自分に向けられる感情に対して、分かりやすい反応を見せる。それもまた新しく知ることができて、愛おしさが増した。


 まあ、花音様と甘酸っぱい雰囲気で居られたのはここまでで、午後はダレン殿とレイチェル様の病的なほど本屋への執着が恐ろしく、花音様が二人を引きずって店から出るという珍事件があったりした。

 あの二人に対してああまで強引というか、割り込んでいけるのは彼女ぐらいだろうな。



 ***



 今日一日も無事に終わり、そう簡単には終わらないのが護衛の仕事だ。

 夕暮れの人気のない展望台。なんつうところを最後に選んだんだ。

 どこから現れたのかというぐらい刺客がわんさか来た。もはや賞金首かってぐらいの扱いだ。まあ今のレイチェル様は侯爵家と王太子の後ろ盾を得たのだ、できるだけダメージを与えたい相手なのは分かるが、限度があるだろう。いつもならダレン殿が半分ほど請け負うのでなんとかなったものの、こちらは少数精鋭とはいえ数が多すぎる。


 そんな時、エドウィン様は魔法で花火を打ち上げた。こちらの戦いの音が煩かったからだろうか。いや違う。この花火は緊急事の応援要請。

 ということは屋敷に待機していた援軍がくる。


「一刻と待たずに援軍が来る。それまでこの場を死守するぞ」

「ハッ」

「わかりました!」

『士気が盛り返したわね。さすがだわ』


 花音様の激励に奮起し、援軍までの時を稼いだ。


「シリル。助けに来たよぉん」


 援軍として現れたディルクと、ランファとフウガ似の美女美青年の乱入もより形勢逆転した。しかも全員、角と竜の尻尾がある。


「……待たせた。ここに来るまでの暗殺者五人、亜人族の傭兵八人、魔物十六匹駆除してきた。捕虜は数人でそれ以外はいつも通りに」

「フウガ、お前ものすごく喋るやつだったんだな!?」

「ん? フウガは昔からお喋りだよ? すっごく小さな声で喋っているから、やっぱり私とディルク以外は気づいてなかったんだ! 無視されているわけじゃないみたいで良かったね!」

「ああ。その可能性は99.7パーセントだったけれど、実際に声が届いてないとわかってとても安心している」


 二人とも成長覚醒をしたようだが、一瞬性格まで変わったように雰囲気がまるで違う。


『ランファのキャラが全然違う!?』

「別の時間軸でも、ランファの性格は違うんだな」

『もっとこうクールビューティーだったわ。眼帯もしていて、知的な月夜の狩人という感じだったのだけれど……』

「今のアイツからは、知性のちの字も感じないのだが……」


 それでもこれで二人が覚醒したのは、嬉しい誤算だ。いや、ディルクを救った時に花音様は予知していたのだろう。

 本当にすごい方だ。

 花火の音が響く中、残る暗殺者を制圧し、本日の任務は無事完了となる。

 とても長く濃い一日だった。


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