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第39話 嬉しい変化

 記念すべき初デートが終わった翌日、色んなことが変わっていて驚いた。もちろんダレンとの距離感も前よりずっと近くなった。これからも定期的にエドウィン様とデートを重ねる話も付いている。でも、あの夜景のキスは印象的で、思い出すとドキドキしてしまう。

 どんな顔をしてダレンに会えばいいのか。


「おはようございます、レイチェル」

「!???」


 そうでした! 昨日もいつものように一緒に添い寝したのでした! 今思い出したわ。寝起きのダレンは少しあどけない顔で、じっと私を見るのだから照れてしまう。


「おは……ようございます」

「レイチェルは蜂蜜色の綺麗な目をしているし、肌は白くて柔らかくて肌に吸い付く。離したくない気持ちがこんなに膨れ上がるなんて想定外です」

「ダレン? もしかして寝ぼけています?」

「どうでしょう? レイチェルが眠ってからあまりの可愛さに気づいたら朝でしたし」

「それは寝ていたいのでは!?」


 少しウトウトするダレンがなんだか可愛らしい。さらさらの深緑色の髪をそっと撫でると、安心したのか目を閉じる。


「昨日は老兵ディルクの魂を食らっていた悪魔が現れて、カノン殿とシリルが撃退したとかで、その後にランファ、フウガ共に成長覚醒……カノン殿はこれを機に女神を──ぐう」

「え」


 えええええええ!? 情報量がおかしいのだけれど!?

 一日で何があったら、そんなとんでもないことが起こるの。まず悪魔ってなんのこと。なんでもありのカノン様なら、なんとかしそうだけれど詳細が気になる。それにランファとフウガが成長覚醒と言うことは、二人とも大人に? そしてカノン様が女神ってなに? 私何も聞いていないけれど!


「ダレン、今の話って──」

「んっ」


 ダレンは私を抱き寄せると安心したのか、そのまま眠ってしまった。そんなところも可愛いと思ってしまったけれど、今はすごく気になることが多すぎる。そしてこの場合、空気を読んでカノン様は出てこない!

 気になる、気になる……。

 そう思っていたものの、気づけばダレンの腕の中の温もりが心地よくて、うとうとして気づけば二度寝をしてしまった。これは不可抗力で、ダレンにギュッとされるのは嫌いじゃないからしょうがないと思う。


「ダレン、好きよ」


 意識を手放す前にそんなことを呟いた。唇に何か触れるような感触があった気がしたけれど、もしかした眠かったから気のせいだったのかも。



 ***



『──で、二人してお昼までぐっすりと』

「すみません」

「申し訳ない」


 遅い昼食を取りつつ、私はカノン様に頭を下げた。翌日は朝九時から昨日の反省会を含めた今後の予定を詰める予定だったのだ。エドウィン様も馬車で訪れてもらって、分身体も合流する運びになっていた。予定が狂ったので遅れてくることになっている。


『まあ、いいわ。二人も初デートで大変だったもの。それにこっちもこっちで夜の見張りのシフトを変えたから、この時間帯からの話し合いで助かったわ』

「よかったです」


 マーサは私たちが起きてこないので、予定を変更して教会と新規事業などの確認とを行うため屋敷を出ている。従者見習いのラグは買い出しを頼んでいて同じく留守。

 警護はシリルを含めたランファたちがいるのだが、その全員性格が変わったようだった。と言うのも正座しながらずっと男泣きをしているディルク。「にゃははは~」と落ち着きのないランファ。「ディルク、主人の前でいい加減泣き止まないと、ほら涙を拭いて。ランファはその格好で飛び回ったら、そ、そのスカートがめくれてしまうだろう。飛び回りたいのならズボンを……僕がプレゼントするから」と、早口でまくし立てるフウガ。

 誰だろうこの人たち。


 ディルクに関しては二本の捻れた山羊のような白い角に、灰色のトカゲのような尻尾が目に付く。ランファは額に黒い角があり、尻尾も黒い。フウガは鹿のように枝分かれした二本の角で、色は白、尻尾は青い。

 そういえば全員竜人族の血族だったとか。角もあるけれど目立つほどではなかったと思っていたのに、成長覚醒の影響?


「見た目以前に、みんな性格が違う!?」

『あ、それ昨日私も同じこと思ったわ』

「俺もだ……です。長年一緒に居てこの性格の変わり様は……驚愕でした。それだけ悪魔から感情や心、魂を奪われていたのだと……」

「あくま?」


 そうだ。すっかり忘れていたけれど、悪魔の襲撃!

 なんでこんな大事なことを、忘れていたのかしら。みんなも悪魔の襲撃があったというのに、のんびりして……もしかして悪魔と言っても低級だった?

 悪魔は序列を重んじる種族だ。私たちでいう階級制度を利用して、百位以上は低級、五十位以下は中級。五十位以上は上級とランクが決まっている。


 魔物は悪魔が使役した使い魔、あるいは瘴気から派生しているため理性の無い獰猛な種族が多い。その点悪魔は理性的だ。もっとも道徳やモラルや人間社会の常識がない、あったとしてもそれを律儀に守る者など圧倒的に少ないのだ。話の軽さから言っても五十位以上の低級悪魔ってことよね?


 ホッとしつつ、鶏モモのソテーにナイフを入れる。柔らかくて、香草風で口に運んだらスパイシーな味わいと肉汁が堪らない。昼食のおいしさに感動しつつ、悪魔の件はきっとそんなにたいしたことではないと思うことにした。いや精神上、そうであってほしいというのが正しいけれど。


「そうだったのね。下級から中級悪魔相手に無事で──」

『襲撃してきたのは悪魔序列第39位の伯爵クラスよ』

「ぜんぜん軽くない!? 爵位持ちの悪魔と戦うなんて……!」

「俺もあの時は終わったと思った」


 シリルは生きた心地がしなかったと口にし、ディルクは「我輩のせいでご迷惑を」と、男泣きをしていて、それをハンカチで拭うランファ。ランファのソテーを切り分けるフウガ。うん、見事に誰が誰を好きなのかが分かる構図。これは三角関係よね。

 ちらりとカノン様を見ると『ええ、分かりやすい三角関係よ』とお返事をいただけた。カノン様も楽しそうですね。


「花音様、このソテー美味しいですよ。食べてきますか?」

『またそう言って』


 んん!?

 浮遊していたカノン様は、シリルに寄りかかるように腰を下ろす。その自然な感じに私はナイフとフォークを持っていた手が固まった。

 結構な密着度。しかも食べさせている感じではなく、シリルがソテーを食べるとそれがカノン様にも共有されるっぽい。

 え? もしかしてこっちも、なんらかの進展が!?

 知らない間に親密度がググッと上がっている感じがします! 今回こそキシャカイケンが必要な時そう、声を掛けようとしたものの、


「それにしても悪魔と天使には、私の大事なレイチェルに干渉したら、戦争だって言っていたのですが……その従者なら誤魔化せるとでも思ったのか。理解に苦しみます。しかしカノン殿。あの書物は最終段階に使うのではなかったのですか?」

「ダレン殿。そのことなのだが……我輩だけではなく……その」

『レイチェルも手を出すと言ったから、つい』

「レイチェルも手を出すと喚いたので、花音様がブチ切れた」


 シリルもカノン様も息ぴったり!?

 そしてその発言はダレンにとって禁句なんじゃ? 恐る恐るダレンに視線を向けると、意外と普通に食事を続けていた。「そうなのですか」と反応も普通だ。

 拍子抜けした後でダレンにとっては、その程度のことなのかと思ってなんだか凹んだ。


『ダレン。変に気丈に振る舞っているとレイチェルが不安がるから、怒っているなら怒っていると意思表示することも大事よ』

「失礼。怒りで我を忘れて分身体を使って全悪魔、天使に宣戦布告していました」


 私の機微に気づいたカノン様がダレンに声を掛けてくれたのだが、知らない間にとんでもないことをしていたのね。


「だ、ダレン……は、その怒ってくれていたの……?」

「当たり前でしょう。九回目を始めるに当たって、悪魔と天使にはレイチェルに干渉はもちろん、手を出せば全力で潰す旨は伝えていますからね。まあ、大抵は私の気まぐれだとでも思っていたのでしょうが、今回はそれに加えて本気だと忠告しておきました」


 とびきりの笑顔を向けるダレンだったけれど、銀のナイフとフォークがおかしい形にねじ曲がっているのを見た。ああ、この人は本当に私のことを思って怒ってくれたんだ。

 カノン様の言うように目に見えて分かりやすく怒ることも、周りにとっては必要名時もあるのね。こういう時、私は王女として上手く立ち回らないと考えて、感情を抑え込んでいたわ。


 それが正しい判断だとは思うけれど、時として非情、冷徹だと受け取られてしまう。感情的になることが一概に良いとは言えないけれど、大切な人であれば平静を保てず取り乱すのは普通の反応であって、周囲の共感を得やすいというのが分かる。


 これも八回の死に戻りで気づけなかった点だわ。本当に私はどれぐらいを見逃して、取りこぼして、捨ててしまったのかしら。その事実に凹みながらも受け入れる。気づけたなら、次は気をつけないといけない。そう学んだから。

 いつの間にか賑やかなになった食卓を囲んで、私たちは思い思いに昼食を食べ終えた。それは失敗を重ねながらも積み重ねて、進んできた証なのだと私は思いたい。



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