マーサが戻ってきたのと、侯爵家からエドウィン様が訪れたことで今後の作戦会議となった。会議室には広い部屋で、円卓のテーブルに座り心地の良い椅子を準備済みだ。
改めて私の陣営にリスティラ侯爵、アルドワン子爵、商業ギルドを含めたノートル男爵家。友好関係を結んでいるのはセイレン枢機卿を含めた一部の教会、アストラ商店の親分衆、武器商人のウルエルド様といったところかしら。
屋敷の使用人や護衛もかなり増えたわ。
王都から派遣された騎士五名は引き続き契約中。
私の護衛騎士としてシリルとその部下は一個小隊規模になっていて全員が精鋭。そこに今はディルクとランファが追加される。フウガは執事としても有能で、戦闘も可能。
ダレンの引き抜いた暗殺者集団も同じくらいの規模がいるとか。暗殺とは別に密偵や情報に特化したエキスパートも育てているらしい。こっちは暗殺が好きではないけれど技術を生かしたいという者たちで構成しているとか。
今回の会議にはダレンとエドウィン様、シリル、ディルク、ランファ、フウガ、マーサの席を用意してもらっている。準備を手伝ってくれた従者見習いや他の使用人たちには退席を命じた。それに異を唱えたのは予想通りの人物だった。
「レイチェル──様」
従者見習いのラグには退席を命じたところ、珍しく反論してきたのだ。マーサと同じ栗色の髪に、焦げ茶の瞳。童顔で幼く見える彼は従者見習いとして白いシャツに蝶ネクタイ、黒のズボンと身軽な格好をしている。
九回目の死に戻りではカノン様とダレンが両脇を固めていたので、接触する機会は少なかった。以前よりも険しい顔をしているのは、レジーナ姉様陣営に有益な情報を売れないからでしょうね。
「なに?」
「ここ最近はそこにいる執事に頼り過ぎじゃ無いか。最近入ったばかりだし、古参の従者を蔑ろにせず、補佐でも付けるべきだと思う」
「ラグ。それは従者見習いとしての意見? それとも幼なじみとして?」
今までの私なら人見知りで、無知で、愚かだった。でもディルクたちの問題が解決する今、ラグの処遇をどうするのかも決めなければならない。そのためにも彼がどちらを選ぶのか、選択肢ぐらいは残してあげたい。
それが幼なじみとしての最後の情だから。
「お、幼なじみとして、だ」
ラグは生唾を飲み込み、言いよどみながらも答えた。古参、よくそんな言葉が言えたわ。自分が古参だから優遇しろと言っているようなものじゃない。それに気づいていないのかしら。
「そう。……ねえ、マーサ。私に付いてきた従者の中で、信用できそうな人で誰かいる?」
「つい最近迎え入れたフウガと、シリル様が推薦したアルトという青年ぐらいです」
即答するマーサは相変わらず有能だった。そしてそこに自分の名前がないことにラグは反論する。
「なっ、母さん。僕は昔からレイチェル──様に仕えているし、そこは息子の仕事の評価を」
「だとしても自分が選ばれない理由は、自分が一番分かっているでしょう。それともここでそのことを話して処罰を受けたいのですか?」
「──っ!?」
自分が間者だとバレていると今になって気づいたのかしら。注視していればすぐに分かることなのにね。暗殺や襲撃のタイミング、いくつか罠を用意しておいて、その中で引っかかっていたのはラグと数人の使用人たち。ディルクやフウガ、ランファなどは無かったし、ダレンやシリルが寝返らせた傭兵や暗殺者、情報屋の忠誠心は異様に高い。ちょっと怖いほど。
もっとも以前はディルクやランファ、フウガたちの記憶や魂の情報を吸い取り、あの悪魔が単独で刺客や夜盗を送ってきたことも発覚。それにより、三人は祖国との繋がりが無いことも裏がとれたとか。
だからこそ裏切り者はすぐに露見して編成を変えるか、嘘の情報を流す形で泳がしている。ラグはマーサが身内だということもあって、多少配慮していた。でもこの先のことになると些細な情報だけでも命取りになる場合もあるし、マーサの立場もある。
「最終的にどの陣営に着くかは貴方の自由よ。私は私の目的のためなすべきことをするだけ。でも敵に回るのならそれなりの対処をさせてもらうわ。マーサ、貴女も今後どうするのか──」
「私と主人は昔、貴女のお母様に返しきれない恩を受けました。その恩を返さずにどこに行けと? アルドワン子爵家は第五王女レイチェル様の陣営に付きます」
マーサの覚悟にラグは『自分も』と乗っかることは無かった。その時点で答えは出たようなものだろうけれど。
「僕は……──っ、失礼します」
止めはしなかった。それが彼の選んだ決断なら黙って送り出す。泥船に乗ろうと、もう関係ない。八回目の死に戻りで刺された時から、ラグに対しての情はない。幼なじみとして一緒に居た時間よりも、裏切られた記憶のほうが印象に残っている。
「マーサ、貴女の息子だけれど……」
「いいのです。息子は息子の望んだ道を選んだのですから。なにより恩を仇で返すような者は、アルドワン子爵家の人間ではありません」
表情を崩さずに言い切ったマーサのほうが、よほど覚悟をしていたのだろう。そう思うと私はまだまだ甘いわ。
『恋は人を狂わすと言うけれど、毒牙に掛かっては後戻りできないのでしょうね』
「え? ラグが恋を?」
カノン様はサラッとまた爆弾発言を投下する。
『レジーナ陣営では《レジーナ|愛好家《ファンクラブ》》があるらしく、そこで金銭か有益な情報を報告すると階級が上がって第二王女とお茶会、デートができるとか』
「ええ、いくつかの情報屋からも同じ報告が入っています。第二王女らしいやり口ですね。それ故、自分たちが第二王女の恩寵を得ようと愛好家メンバーで足の引っ張り合い、手柄の横取りなど日常茶飯事だとか」
「えぐいな。それを止めない第二王女さんも些か常軌を逸しているんじゃないか」
「こわっ」
「大丈夫、ランファ。僕が着いているから安心して」
レジーナ姉様の所業に私もドン引きしたけれど、周りの反応も同じなようで少し安心した。やっぱり異常よね。いやでもまあ、奴隷禁止とかでも奴隷売買に関わっていた姉だもの、このぐらいのことは容易に想像できるわ。
「俺たちがレイチェル様に拾われて本当に良かったと心から思うよ」
「当然です。お嬢様は素晴らしいのですから」
「然り」
「うん、ランファもそう思う」
「僕もレイチェル様の提案してくれた雇用条件は破格だし、衣食住の保証があるのは正直に言って有り難い。それに待遇だけじゃなくて……」
急に私上げが始まった。なんだか照れくさいわ。……でも、慕われているのを実感するのって、なんだか擽ったくて、嬉しい。
「ラグ・アルドワン子爵。《レジーナ|愛好家《ファンクラブ》》で順位は9位。これはレイチェル様陣営にいたからこその地位でしたが、アルドワン子爵家からも廃嫡された今、平民ではこの地位を維持するのは無理かと。どう考えてもレイチェル様かマーサ、子爵家に対しての人質としての価値しかない」
「ダレン」
残酷だけれど正確に現状を伝える。つまりはこのまま行けば確実に、ラグは破滅するということだ。
『良いんじゃないの。そう見せておいて《トロイの木馬》を送り込んでしまえば、良い感じに敵陣営が自滅しそうだし』
「トロイの木馬……!? なんとも策謀の匂いがしますが、それはどんな話なのですか!」
「狡いわ、ダレン。私だって気になっていたのに!」
『あー。このやりとり懐かしいわね。そして二人ともそこはぶれないのね』
「「当然です」」
私とダレンは身を乗り出しながらも即答する。また異世界の知識が聞けるかと思うとワクワクしてしまう。カノン様曰く「トロイア戦争で敵を欺くために用いた戦法の一つで、内部が空洞になった大きな木馬内に兵隊を潜り込ませて、敵陣営に潜り込んだところで暴れたとか。これが転じて有用なプログラムに見せかけてPCに侵入、不正なプログラムを実行するソフトウエアのことも……」と途中からついて行けなくなった。ダレンは目を輝かせて「なるほど」と楽しそうだ。
ダレンの知識欲が強いところも私と似ている。知らないことを知るのはとても楽しい。でも今はその知識をどのように活用すればいいのか。そう少しずつ知識の有用性、活用について考えさせられる。ひとまず詳しい歴史に関しては後日時間を取ると言うことで話がまとまった。
『ああ、それとレイチェルを聖女にする行程で少し変動があるの』
「え?」