ん? 私が聖女? そういう感じのことを、セイレン枢機卿に言ったけれど……聖女になるため民衆の支持率を高めるという話だったような。そこまでは私も覚えているけれど……なんだか嫌な予感がする。
こういう時のカノン様は、また突拍子もないことを言うのだもの。
シリルはすぐに何かに気づき、立ち上がってカノン様に手を差し出した。その手をカノン様は手に取る。エスコートする騎士と姫君。そんな構図なのだけれど、部屋の空気が変わった。
『私こと煌星カノンが女神になるとして、悪魔と堕天使狩りの次期を早める必要があるわ』
「カノン様が……女神に?」
元々、神様みたいな人だったので、私としてはピンとこない。いつだって私のことを導いて、眩い一番星で憧れていた。神様よりもずっと近くて、頼りになる。
そして私はカノン様の姿を見ているのは、いつものことだったので、違和感のない見慣れた光景だと思っていた。けれどそれは私とダレン、シリルだけで、他の全員が一瞬で椅子から飛び上がって頭を下げた。
「え」
「レイチェル様やダレン様が時々何もないところに話しかけているのは知っていましたが、まさか心の病を隠れ蓑に、本当に人外──精霊様が加護なさっていたとは、露すらず申し訳ございません」
マーサは深々と頭を下げた。ディルクやフウガ、ランファも同じだ。全員がカノン様を認識している。
『気にしないで、マーサ。シリルと魂の同調を行ったとことで、声と姿が視認できるようになったわ。私としてはこの段階に移行するのはもっと先だと思っていたし、その役割はレイチェルだと思っていたの』
私が手を引いてカノン様の姿を顕現させるということ?
そのために魂の同調が必要だと言っていたけれど、それが今は足りていないか役回りが変わったと言うことかしら。
『私がレイチェル陣営に着くのは、王位継承権争いにこの子が生き残ってほしいからもあるけれど、この子なら領地をより豊かに、楽しくできるだろうと確信しているから』
「──っ」
最初に出会った時から眩しいくらい変わっていない。私の予想を遙かに超えて魅了する
本気で私を王位継承権争いから生き残らせると豪語した一人でもある。慰めや楽観的な言葉ではなく、その覚悟に、心が折れかけていた私は立ち上がる勇気をもらった。
「カノン様」
『レイチェル、ここからは早い者勝ちで聖女の座を取りに行くわよ』
「はい。(この場合、私が先陣を切って悪魔と堕天使狩りを発案して、先陣を切れってことよね? 前にカノン様とダレンが共同で悪魔や堕天使の人外専用封印書を作っていたけれど、あれが実用化したってことだもの、契約違反者限定に限り封印して強制的に公平な契約に書き換えるとか……。人外、それも悪魔と対峙することが増えるとなると、危険が伴うけれど……ディルク、ランファ、フウガの戦力を増したなら……)私にできることなら何でもしますわ」
気後れせずに言葉を返すと、カノン様は「そうこなくっちゃ」と嬉しそうに微笑んだ。その笑顔、反則だと思うのだけれど。隣でシリルが鼻の下を伸ばしているし!
『よく言ったわ。レイチェルにはこれから毎日歌と踊りの稽古をするから、覚悟しなさいね』
「歌と踊り分かりま──え?」
聞き間違いかと思うほど、的外れな返答が返ってきた。
歌? そういえば音楽の神に喧嘩を売るとか言っていたわね。
「もしかして私が?」
『ええ。どちらにしても腹式呼吸とか基礎的な体力はもちろん、歌うための肉体作りは必要だもの』
「ええっと、私が悪魔狩りの先陣を切るんじゃ?」
「何を言うのですか! そのような役割は教会が担うもの。レイチェル様は御旗なのですから、自分から火薬庫に飛び込もうと考えるのは止めてください」
「はい。……ごめんなさい。でも、一番危ない場所に立っているべきかなって……」
ローレンツお兄様たちなら、そうする。私も同じ場所まで立たないといけない。そう思ったのだけれど、ダレンは違うと言った。カノン様も同意見のようだ。
『先陣を切ることで陣営内の士気を上げる者も居るけれど、レイチェルは違うでしょう。むしろ貴女を守るための盾と矛がようやく集まった今、貴女の御旗は安心して帰ってくる居場所を作っておくこと。それはレイチェルにしかできないことだわ』
「前から思っていましたけど、カノン様は私のこと過大評価しすぎるところがある気がします」
『私はできないことは言わないわ。今はまだ自覚がないかもだけれどレイチェルならできるって信じているわ』
「カノン様……!」
本当にカノン様は私をやる気にさせるのが上手だ。改めて言葉にして貰えると嬉しくも思う。悪魔と堕天使狩りはあくまでも契約違反者討伐に絞ってセイレン枢機卿を中心に行うという。
その後は普通に席に座り、会議が続行となった。みなカノン様の存在が気になるのか少し空気が重い。もっとも私やダレン、シリル以外はカノン様のことを女神に近しい精霊だと思い込んでいる。マーサはカノン様以外のことは共有しているので、なんとなく察しているかもしれない。
「本当は各陣営の悪魔や堕天使が動いたら考えていたのですが、ディルクに目を付けたあの悪魔の記憶から厄介な計画があったので、ことを急ぐことにしました」
「厄介な計画?」
ディルクやフウガ、ランファたちの感情や心、魂を吸い取っていた悪魔。序列39位、ディアヘルム伯爵はレジーナ姉様陣営だったこともあり、情報を吸い取るため
八回の死に戻りにおいて疫病と聖女の存在の確立はレジーナ姉様陣営の
「悪魔と堕天使の食事のために疫病をばらまいた……?」
「悪魔は基本的に人間の感情や心、魂がごちそうですからね。感情の高ぶることに目がないのですよ。だから戦を好み、時には自分たちが仕掛け人となる」
「それだけのために……」
「彼らにとっては、ちょうど良い狩り場程度のつもりだったのでしょうね。でも今回は、そうはならないでしょう」
ダレンはあっけらかんと結論を出した。八回中必ず起こった出来事だというのに、なぜ断言できるのだろう。私の心を読んだかのようにダレンは言葉を続けた。
「何せ、先ほど悪魔と堕天使、天使に警告を出しておきましたから、そう簡単には手を出してこないでしょう。それに疫病なんかよりも面白い物を見せてやるとも、煽っていきましたから」
「え」