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第42話 レイチェル陣営

 煽っておいた。

 その言葉に戦慄を覚えたのは言うまでも無い。


「ふふふふふふっ……」


 人外らしいゾッとするような刃のような笑み。私を見て微笑むのとは全く違う異形種特有のものだ。それもダレンの一面だと受け入れる。でも話が壮大になって来ていると思う今日この頃だった。慣れつつ自分も大概だけれど。

 教会関係のことはセイレン枢機卿と会って話を詰めるとして、教会との共同事業や、新規事業の進捗などマーサは淡々と説明してくれた。


「奴隷売買の一斉摘発の一件で、王都はまだ混乱や事後処理などに追われている様子です。その際にめぼしい奴隷を各陣営が戦力増強として迎え入れていますが、そこで問題を起こして面倒なことになっているようです」

「というと?」


 死に戻りの時間軸ではそんな話は聞いてない。だとすると私が動いたことで何かが変わった可能性が高いわ。


「情報によりますと第二王子ローレンツ陣営以外は、秘密裏に奴隷契約を継続して雇用主を変えようとしたそうです。しかし今回の一件に対して国王陛下が先手を打ち、奴隷契約あるいは再契約、名義変更を行った場合のみ、不正使用の通達が国王陛下に届く術式が組まれていたのです。レイチェル様は正式な値段で、かつ武器を雇用契約として結んでいるので問題なかったようですが」

「はい……」


 マーサの棘のある言葉に猛省する。ウルエルド様との契約でちゃんとした契約を結んでおいてよかったわ。まあ、奴隷契約なんてそもそも考えていなかったし。

 ん? でも死に戻りの時間軸においてそんな対処、国王陛下がしたかしら?


「レイチェル様。ちなみに国王陛下にその術式を提供したのは、あの武器商人ウルエルドですよ」

「ウルエルド様が!?」

「ええ、業腹ですがレイチェル様の役に立ったようで何よりです」


 爽やかに微笑んでいるけれど、めちゃくちゃ腹が立っているのが分かるわ。イライラするのは良くないので、「ダレンはもっといっぱい頑張っていますよ」と頭を撫でた。さらさらの髪はやっぱり撫で心地が良い。


「こほん。レイチェル様、そういうのは会議の後でお願いします」

「え、……あ」


 マーサの言葉に最初はハテナマークが浮かんだのだけれど、自分の言動を振り返って──というかダレンの頭を撫でていたことに今更ながらに気づく。自覚した瞬間、顔から火が噴きそうなほど恥ずかしくなった。

 ひゃあああ……!


「ごめんなさい。ダレンも……」

「いえ、最高の癒しの時間でした。やはりレイチェル様に触れていると心が落ち着きます。このまま私の膝の上に乗って話を聞いてくださいませんか?」

「ダレン、大事な会議中なのにそんなことは」

「そんな大事な会議中に、私の頭を撫でたのはレイチェル様ですよ」

「ソウデシタ」


 自分に非があると認めて、おずおずと彼の膝の上に座った。ダレンはご満悦になったのでこれはこれで良かったのかもしれないわ。マーサもその辺は空気を読んでくれているし。


「花音様」

『やらないわよ』

「まだなにも言っていないのだが」


 へにゃりと、分かりやすくケモ耳と尻尾が凹んでいた。見ていてこっちが痛々しいほどなのが、罪悪感をえぐってくる。シリル、いつの間にあんなあざとくなったのしかしら。というか八回目までの死に戻りの彼とは雰囲気が全然違うわね。ランファもだけれど。


「膝の上に乗っていただけたら、俺を含めた部隊の指揮が高まります」

『なによ、その全体バブみたいな効果、そんなものある訳……』


 カノン様の視線の先にはディルク、ランファ、フウガの三人が、期待の眼差しを向けているのが目に入ったらしい。深いため息の後、殉職するのを覚悟したような面持ちでシリルに寄りかかる形で隣に座った。


「!」

『マーサ、話を続けて』

「はい」


 思っていたのと違ったというか、カノン様が実際にすると思っていなかったのだろう。予想外の幸福にシリルはケモ耳が何度も動いているし、尻尾は何度も揺れて最終的にカノン様の腹部に引っ付く。

 その光景にほっこりしてしまう。会議中なのだけれど。


「本来ならこのような会議などありえないのですけれど、ですが私としてはレイチェル様らしいと思いますわ」

「マーサ」


 本当に賑やかになった。一度目の死に戻りではマーサとラグだけ。二度目は逃げることを徹して、三度目から八度目はダレンが居たけれど、こんな関係じゃなかったわ。いつも心に鋼鉄を纏って、緊張と警戒を怠らずにいつも神経をすり減らしていた。

 今は信頼できる心強い人たちに囲まれている。陣営に引き入れてはいないけれど、セイレン枢機卿や、武器商人のウルエルド様と力強い仲間もいる。

 だから幼なじみと別れることになっても、そこまで落ち込まないで済んだ。



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