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第47話 それぞれの視点1 セイレン枢機卿×武器屋ウルエルド

 カエルム領地に転属が決まったのは、父である教皇聖下の強い希望があったからだ。王都ではなく、あの地は貴族の避暑地で、娯楽が多少ある程度の辺境地に近い場所だった。

 信託である以上、何か意味がある。そう赴任当初は思っていたが、目にしたのは貴族たちの蛮行であり、階級による貧困の格差。寄付の目減りなど、あまりにも酷い現状が待っていた。

 詐欺同然な契約書。面倒ごとを押しつける貴族たちに領主。商会の反応も芳しくない。

 王都も王都だが、この領主及び貴族の腐った具合は最悪だ。いっそ闇に葬ったほうがスッキリするのではないだろうか。そんなことを思っていた時、酷い悪夢を見た。


 近い未来、疫病が流行り治療も、特効薬も足りなくて弱者から倒れていく地獄絵図。貴族たちは早々に逃げだし、領地は混乱と絶望で満ち満ちていた。

 統率者も、指示を出せる者もいない最悪な夢。その中で、懸命に動く少女が一人。指示を出して少しずつ状況が改善しつつあった時に、聖女が現れる。その瞬間、少女の努力などなかったかのように、みな聖女を崇め讃えた。

 その時の少女と目が合った──蜂蜜色の綺麗な瞳だった。


 悪夢を何度も繰り返して見る。

 場面や状況は異なるものの、必ず蜂蜜色の瞳の少女が出てくるのだ。カエルム領地の疫病をなんとかしようと足掻くが、その功績を奪い取る聖女。すでに疫病を予知していたかのように、準備万端な聖女。それを見ていたら、なんだか蜂蜜色の瞳の少女を応援したくなった。

 まるで示し合わせたかのように、その数日後に美しい蜂蜜色の瞳の少女が教会を訪れたのだ。まさか第五王女レイチェルだったとは……。軽く敵意を向けたけれど、彼女は怯まなかった。

 彼女は悪夢の中の少女通り、領地のために最善を尽くすつもりで私に協力を求めた。

 ああ、間違いなく悪夢の中でも希望を抱いて奮闘していた彼女だ。


「──ということで、その時に私はレイチェル姫殿下こそが真の聖女だと確信したのです」

「なるほど。素晴らしいお話です!」


 私の話を真剣に聞くのはシスター・ケリーと、このたび共同事業の一つ薬草部門の責任者になったジャンとミラーの眼鏡コンビだ。二人はロイヤルマーケットの演し物である、薬草クイズ大会の優勝者と準優勝だ。あの催し物は何から何まで計算尽くだったらしく、薬草に詳しい者を集めるために用意したと聞く。特に素晴らしいと思ったのは、階級関係なく役職付きの仕事を任せるところだ。レイチェル姫殿下の采配は毎回恐ろしい。いや彼女だけではなく、マーサ伯爵夫人の人を見る目も素晴らしかったし、あの隙のない執事異形種もそうだ。


「小さい頃、この薬草が食べられるか。それから独学で調べて……その積み重ねが、ここに結びつくんだもん。人生ってわからないですよねぇ」

「そうだねぇ~。一見、なんの役にも立たないか持って思っていたけれど、知識があるだけじゃダメだって凄くよく分かったぁ」

「はいはい。そんなしみじみしてないで、さっさと農具を選んでネ。僕はノルマを終わらせて彼女に武器閲覧会を提案しにいくんだからネ」


 教会の一角にある温室に、ぶつくさと言いながら農具の入った棺を引きずってきたのは、武器屋のウルエルドだ。この男は半分堕天しているので、教会にすんなりいれるのもどうかと思ったものの、武器屋という肩書きで押し通すことにした。


「にしても、教会の中だと羽根がむず痒いネ」

「!??」


 ぎゃーー! 羽根を出すな! しまえ!

 思わず悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。この堕天性格が悪い。レイチェル姫殿下から預かった悪魔封じ書グリモアで、なんとかできないだろうか。いや無理だな。この男はやることなす事全てが、グレー一色だろうし。


 そもそも人だろうと亜人だろうと、戦う者を武器扱いするような変人し、武器に例えて話してくるので、面倒だったりする。レイチェル姫殿下と出会ってからは、丸くなったらしいが。


「ごほん、農具も良いが、観賞用の武器の準備はどうなっているのですか?」

「あー。貴族用の有料ロイヤルフェアにふさわしい物を準備しましたネ。僕の武器庫に宝石やガラス細工だらけの装飾用剣ならたくさんあるからネ」

「まあ貴族から金貨を得られるのなら、何でも良いですが」

「教会の人間なのに君は俗物……いや現実的だネ。聖職者にしておくのが惜しい。今からでも剣士、いや魔法剣士を目指すのはどうかネ」

「申し訳ないのですが、どうしてそんな考えに至ったのですか……」


 武器屋ジョークではなく、本気で勧めてくるところが怖い。彼にとって、形ばかりなぞらえただけの飾り剣には価値がないらしい。その辺の感覚も常人には理解できないところだ。魔導書の怪物あの化物執事、悪魔など人外の価値観は今でもよく分からない。


 教会は様々な神や精霊、天使を信仰しており、多数信仰が受け入れられている。最も信仰している対象が割と近くにいることに気づいている者は稀だ。

 本来教会は、神々や人類に無害な人外との橋渡しや仲裁などを行う仲介屋だったが、人智を超えた力を持つ者への信仰を束ねる者としての役割もある。信仰が廃れれば、神々や人外の力が弱まるのだ。

 だからこそ人外は、人間社会の中に溶け込み生きる。賭けをして存在証明しようとする者、願いを対価に傍に置く者、己が欲望を満たすため組織を作る者と様々だ。


 今までは人外側に大きなアドバンテージがあったが、レイチェル姫殿下と魔導書の怪物の助力により、契約違反を犯した悪魔を封じて対価分の力を一方的に行使することができるようになった。無害認定のある人外が、脅かされることがないよう発動条件もしっかり定めているのだから「素晴らしい」の一言に尽きる。

 魔封じ書グリモアをしっかり管理することで、教会本来の役割を果たすことができるだろう。本当に彼女は素晴らしい。


 特に今回の大きな催し物は、レイチェル姫殿下が聖女にふさわしいか、教会側としては見極める査定会でもあった。そのため──というか、興味本位でやってきた神様が三人ほど、降臨なさったのだ。この地を神々は離れたとあるが、実際は旅行や観光感覚で遊びに来ているというほうが正しい。

 顕現できるというのは、それだけ信仰されていることを意味する。


 今回訪れたのは音楽の参神衆で、楽器の神、歌の女神、音の神。「今日は領地の視察!」とか言って遊びに行ってしまった。

 基本的に楽しいことが大好きな方々なので、問題も起こさないだろう。神々が問題を起こせば強制送還されて、数百年以上は出禁にされるとか。


 ふと悪夢の中で神々が現れたことはなかった。いや悪夢と異なり、レイチェル姫殿下が早い段階で動いたことで、悪夢とは違った未来になりつつある。その影響だからか、悪魔やら堕天使がカエルム領地に集結しているのは気のせいだろうか。

 まあ人外は栄えるところに集まると聞くし、音楽の参神衆が降り立ったのもあって興味を持ったのだろう。

 レイチェル姫殿下が67番目の歌を宣言しなければ、こうはならなかった。もしかして姫殿下は、私と同じように悪夢を見続けた同士では?

 であれば何度も悪夢を繰り返し、少しでも未来を変えようと動いたのかもしれない。心臓の鼓動がいつになく激しく脈打つ。

 私とレイチェル姫殿下が出会ったから、未来が変わったとしたら?

 それはもう、運命的な何かではないのだろうか。

 たとえば、そう──


「──っ!?」


 意識した途端、レイチェル姫殿下の笑顔を思い出す。胸に太陽が生じたかのように熱い。聖職者でありながら、身を焦がすような思いが、自分にあることに驚いた。

 なんだか無性にレイチェル姫殿下に会いたい。


「いや僕が先に会うのだから、ついて来ないでネ」

「…………」


 心を読んだような言葉。

 しかしその程度で折れる私ではない。


「実は最高聖騎士パラディンを目指していた時期がありまして、魔法剣を振るうのも、たまにはいいかもしれません」

「よし。レイチェル姫殿下との打ち合わせに同行するネ」


 思ったよりも話が分かるらしい。お互いの利害が一致しただけだろうが、少しだけ気分が良かった。




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