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第48話 それぞれの視点 侍女長マーサ×料理人メメ

 昔、叔父が国家転覆を狙って、他国に情報を売っていることが発覚し、我がナイトローズ公爵家はお家断絶となり、叔父は処刑され私たちも同じ運命になるはずだった。その時リーティア王妃が《アルドワン子爵》という地位と、《マーサ》という名をくださったのだ。その時から、私も夫も王妃、そしてその息子であるローレンツ様、娘であるレイチェル様に忠誠を誓った。


 夫はローレンツ様の側仕えに。私はレイチェル様の乳母兼侍女として仕え、息子であるラグにもそうであって欲しいと思っていたけれど、よりにもよって敵陣営のレジーナ様に付くなんてあり得ない。それが恋によるものだったとしても、大恩あるお二人を裏切っていい理由にはならない。大罪人の血を引いている私たちが生きていられるのは、温情があってのことなのだから。


 息子は死んだ。

 愚かにもあのような女を好いているというのなら、親子の縁を切るだけだと、夫とも手紙のやりとりで決定した。


 レイチェル様やローレンツ様に迷惑が掛かる前に、教会で親子として縁を切る書類を提出した。これは法律に則り、教会が受理する。

 今後、王位継承権争いが苛烈を極めれば、ラグの存在が何らかの形で足を引っ張るかもしれない。人質として機能しないと思わせることも大事だ。


 それにしてもレイチェル様は、カエルム領地に来てから変わられた。王城にいた頃は、部屋に引き籠もって人目や噂など敏感になっていたわ。それもこれもレジーナ様の仕打ちのせいだった。もっともあの方は、レイチェル様の才能を危ぶんでいたのでしょうけれど。国王陛下の覚えもよろしく、期待していたのだから面白くないのは当然でしょうね。


 いつも自信がなくて、人の目を気にしていたレイチェル様。そんな彼女は今、大勢の人の前で新たな歌を歌うというのですから、本当に凄いことです。


「マーサ様」

「あらメメ。どうしたのかしら?」


 屋敷の廊下を歩いていると、褐色の肌に紫色の瞳に髪、白いコックコート姿の青年に呼び止められた。


「ロイヤルフェアの料理なのだけれど、時間があるかしら」


 今や料理長として厨房を仕切るのはだ。女口調なのは趣味らしい。けれど彼の腕前は確かで、彼が孤児院出身でセイレン枢機卿と繋がっている教会からの派遣人だ。彼はあらゆる毒を無効化する贈物ギフトがあるらしく、また毒などいち早く気づく。とても重宝している。

 近くにあった廊下の時計に目を向けると、少しなら問題ない。


「ええ、大丈夫よ」

「立食ビュッフェスタイルなのは、いいのだけれどこのレシピ! 聞いたことがないわ。ローストビーフに付けるソースも試してみたらすっごく美味しいのよ。あんな暗黒色の液体、なんなの!」

「あー、あれはショーユーとかで、特別な調味料らしいですわ」

「そうそれよ。ほんのりと薫りも余韻があっていいの」


 女神カノン様の知識は異世界の産物らしい。レイチェル様が変わったのはあの方がお傍に居たからのだろうと、今なら分かる。自己肯定感の低かったレイチェル様に根気よく話しかけて、奮い立たせ、導く。それらの所業だけで私にとっては女神だ。


 どんどん変わっていくレイチェル様と同様に、執事のダレン様もまた変わられた。最初こそ異形種らしい振る舞いをしていたけれど、あっという間に人間味を帯びて、レイチェル様を溺愛なさっているのだから。


 レイチェル様ご本人はあまり気づいていないけれど、レイチェル様が一つ行動すると波紋となって大きく周囲を揺らす。レイチェル様の前向きで、懸命なお姿を見ていると伝播するのか、「自分たちも頑張ろう」と仕える者たちも、背筋が伸びるのだ。


「それにしても中央公園では民衆に楽しめるように、できるだけ原価ギリギリにして、貴族たち向けのロイヤルフェアは入場料だけでなく、追加で季節限定スイーツや料理、展示会に物品会……搾り取れるだけ絞りつるつもりね~」

「潤っているところからは存分に、と言われておりますもの。一日目は歌劇場でレイチェル様の歌のお披露目。二日目は一般公開を中央公園にて、三日目は昼の一般公開と夜の歌劇場でフィナーレですので、夜はカクテルメニューの種類と摘まみ。それとレイチェル様の喉を守るために蜂蜜ドリンクを用意しておいてください」


 進行を確認しつつ、不足しそうになる部分を指摘する。このカクテルもカノン様のアイディアで、今年の葡萄酒はできが悪いと落ち込んでいた葡萄農家の人たちの話を聞いて『それならワインカクテルを売りしましょう』とその場で提案。あの機転の早さ、発想もそうだが、知識量に脱帽した。


「はいは~い。ワインカクテルも、そこまで高度な技術じゃなくて助かったわ。あとサングリアなんかは見栄えもいろいろ楽しめるように作れそうね。まあ、こっちはすぐに広まったら真似をされそうだけれど」

「ええ。ですがオレンジやリンゴ、レモン、モモなどはカエルム領地でも生産しているので、きっと飛ぶように売れるでしょう」


 ニコリと微笑んだらメメはその意図に気づいたらしく、片手で顔を覆っていた。その気持ちよく分かります。私も最初に聞いた時、数秒ほど固まりましたもの。


「あー、そこまで考えての。本当に私の雇い主は凄いのね」

「ええ。当然ですわ」


 もっともサングリアの話をしていた時にカノン様は『まあ、私の世界では酒税法があるから、新たな酒類を作る場合は酒造免許が必要なのよね。だから自家醸造するのは注意が必要だけれど、この世界ではそのあたりが緩くて助かったわ』と早口で言っていたのを思い出す。『異世界あるある話』らしいのだが、異世界はなんとも厳しいところらしく、王国や帝国よりもより細かなルールが設置されているとか。


 レイチェル様とダレン様はお互いに抱き合って「でた異世界恐怖あるある」と慄いていたのも新鮮だったわ。

 カノン様の存在が、レイチェル様の良いところをさらに引き出す。あのお二人の関係は友人と言うよりは姉妹というのがぴったりなのよね。女神様に対して不敬かもしれないけれど。


「さて、私たちも、もうひと頑張りしましょう」

「ええ、私たちの雇い主のためにも♪」



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