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第49話 前夜祭に乱入者がつきもの

 可笑しい。今日は明日からの始まる一大イベントに向けて、現地で作業者を労うための簡単な食事会だったはずだ。もっとも最終確認やら、準備などで忙しい人たちが手軽に食べられるよう軽食を頼み、届けるだけ……だったはず。それがなにをどうなったのか不明だが、いつの間にか前夜祭になっていた! 本当にどうして!?


 今回はカエルム領地のペテリウス伯爵が所有していた歌劇場を使って、上級貴族向けのロイヤルフェアを行う。これも本来はロイヤルマーケットと共に、中央公園の簡素な舞台でお披露めだったのだけれど、途中でこういった流行ものは王侯貴族たちを集めて有料にしたほうが良いのではないか。という話になり、当初の予定よりもう一段階グレードアップしたお披露目が決定。


 王侯貴族に招待チケットを送り、スケジュール調整を再考して三日間の祭りにすることに。今までのアットホームな雰囲気のイベントとは異なり、こちらは敷居がぐぐっと高くなる。諸々の準備のため、私は数日前から所有しているホテルに部屋を取っている。いつの間にそんな軍資金が……。


『教会と共同事業もしたでしょう。それに民衆向けのロイヤルマーケット、毎週のイベント事業、商会設立、公共事業……それなりに軍資金は集まっているわ』

「カノン様……」


 相変わらず私の隣で浮遊しているカノン様は優雅で、そしてしっかりしていらっしゃる。確かに山のような書類を見てきたので、それなりに蓄えがあるのは分かっていたけれど、なんだか実感が湧かない。なにより金銭関係はダレンとマーサに丸投げしている。私が持っていたら、真っ先に本屋に直行してしまうもの。


 試食会したときも賑やかだったけれど、今は何というかもっと活気づいている。歌劇場のホールで歌を披露した後、別室で立食式ビュッフェの会場に移ってもらう。歌の披露は二、三曲に止めるが、音響の環境を求めてここにしている。このあたりのこだわりはカノン様だ。

 紺色のベルベットと黄金の刺繍をふんだんに使った幕と舞台には、魔道具による照明の取り付けが終わりつつあった。


 広々とした空間を見ると少し、ううんだいぶ緊張してくる。明日はあの舞台に私が立つのだ。カエルム領地に来たのは、王侯貴族の目が怖くて、全部嫌になって逃げ出したのが始まりだった。それなのに明日私は王位継承権を生き残るための足がかりとして、舞台に立つ。

 数十、数百の目に晒されながら、平然と歌えるだろうか。

 そう思うと今更だけれど、体が震えた。


『大丈夫よ。基礎練習もしっかりしたし、体力もついたもの』

「でも、肝心の歌の練習は……」

『それは私が、私のレベルまで引き上げるから大丈夫よ。それに私が女神で、レイチェルが聖女アイドルになった後、その歌こそが恩恵であるとすれば、それはレイチェルではなく私の権能ということになるし、箔が付くでしょう』


 カノン様は目をキラキラさせながら舞台を眺めていた。本当に嬉しそうで、思わず見惚れてしまう。護衛役のシリルも鼻の下を伸ばすほど、カノン様は魅力的に映っていたはず。気持ちはよく分かるわ。


「……嬉しそうですね」

『ええ。もう一度、もう一度で良いから晴れ舞台で、思い切り歌ってみたいって思っていたの』


 それは切実に願う声だったけれど、それよりも私はカノン様の


「その夢が叶ったら未練がなくなる……なんてことは、ないですよね?」

『レイチェル……』


 一瞬だけ目を見開いた後、いつものようにカノン様は破顔した。


『当たり前よ。レイチェル死亡フラグを回避するために居るのだから』

「……はい!」


 そうだった。九回目の死に戻りだったけれど、カノン様とダレンと始めたこの世界戦は絶対に生き残る。そう強く思えたのが遠い昔のよう。

 懐かしくも、大勢の人の前に立つだけではなく歌うというのだから、過去の私だったら絶対にベッドで蹲って、嵐が過ぎ去るまで逃げるの一択だったわ。最初は生き残るためだったのに、今はカエルム領地のことも含めて全部守りたいと思うようになった。より豊かな領地にして、飢えや病で亡くなる人が減るように……。


「ふぅん。ここが明日の採点場所で、おチビちゃんが挑戦者?」

「え?」


 振り返ると紫色のゆるふわな髪型の男性が、真っ黒なドレスを着こなしていた。料理長のメメに雰囲気が似ている──が別人だ。それだけでもインパクトがあるのに、顔立ちが整っているので、余計に女装姿が際立っている。

 その目立つ方を筆頭に、司祭服を着こなす十歳ぐらいの男の子に、黒眼鏡を掛けた──あれ? 第一回クイズ大会で第三位だったナナリーさんだわ。髪の色がスカイブルーになっているけれど、間違いないわ。


「ナナリーさん? とこちらの方々は?」

「この方々は明日、貴女様が聖女かどうかを見極めるため、この地に降り立った音楽の参神衆です」

「へ?」


 唐突な神様たちの来訪に、変な声が出た。しかもセイレン枢機卿と武器屋のウルエルド様までいる!?


「今回は急だったため神々と相性の合う器に憑依する形で、この地に留まっております。本来の姿でこの地に降りようものなら、周囲の天候や魔物などの影響が謙虚に出てしまうからね」

「そう……なのですね」


 神様って、そんな気軽に降り立つものなのかしら? 

 どうみても普通──とは言いがたいけれど、こうウルエルド様やダレンとは違って、外見的特徴は人そのものだわ。

 目の前に現れた三人に、カーテシーを取って挨拶をする。


「お初にお目に掛かります。第五王女レイチェル・グレン・シンフィールドと申します」

「ふうん。人外に愛された姫か。私は歌の女神ミューズ。本来なら、絶世の美女の器に入る予定だったのだけれど。子孫のほうが動きやすくてね」


 だから見た目だけでも女装に走った──ということでしょうか。どうしよう。異形種であるダレンやウルエルド様とは、また雰囲気や価値観が違うのね。


「僕は音楽の神ブリード。どんな曲を披露するのか楽しみだ」


 まったく一ミリも表情を動かさずに「楽しみ」と言い切る少年。いや中身は神様だったわ。司祭服姿だけれど、この子はどこかで見たことがあるような?


「ああ。この子は孤児院出身で、楽譜を模写するのが得意だったのですよ。どうやら血筋、あるいは音楽に関する才がある者が今回、器になることを選ばれたようです」

「なるほど?」


 そうなると第一回クイズ大会で第三位だったナナリーさんの才能は──。


「私はガンダルヴァ。楽器の神よ」

「なるほど(そういえば薬剤に使われる道具に詳しかったわ)」

「ふーん。鑑定しても目ぼしい贈物ギフトもないようだけれど、それで67番目の音楽を披露するなんて、不遜だわ」


 唐突に物議を醸したのは、歌の神ミューズ様だ。案の定、空気が凍り付いた。ダレンあたりの目が笑っていないのが怖い。うん、でもまだ何か言い出さないあたり、耐えている……はず。


「そうでしょうか。では当日に、その鑑定が覆るように精進いたしますね」


 ニッコリと微笑んだ。実際は私の贈物ギフトというよりも、カノン様が憑依する形で歌を披露するので、私自身の鑑定結果はあまり関係ないと思う。それでもこの体で歌うだけの体力や技術はカノン様から教わった。急ごしらえと思われるかもしれないけれど、中途半端な気持ちで挑むつもりはない。

 そう思って音楽の参神衆を前に、姿勢を正す。


「ふうん。覚悟はあるのね。それなら前哨戦をしない?」


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