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第50話 前哨戦は挑みません

 ミューズ様の唐突な宣戦布告に、その場が凍り付いた。

 冗談のような、気軽な言葉。けれど、その眼差しはすでに私を見定めようとしているものだった。


『面白い提案だけれど、お断りするわ』

「カノン様!」


 ずっと傍に居たのだけれど、あえてシリルの手を掴んで姿を現した。つややかな黒髪に、スタイルの良い体、膝下までのスカートに前衛的なドレス姿だ。


「ああ。報告にあった女神モドキね。私たちの世界には居なかったけれど」

『ええ。別の世界から来たのだから、知るはずはないわ』

「そんなこと──」

『《アカシックレコードの鍵》があると言えば分かるかしら』


 カノン様の言葉にミューズ様はもちろん、ブリード様、ガンダルヴァ様までも顔色を変えた。神様にとっても《アカシックレコードの鍵》は特別ってこと?


『明日まで待てないなんて、遠足前の小学生みたいね』

「なんのことだか分からないワードばかりだけれど、馬鹿にされているのだけは伝わってくるわ。ほんとぉーーーーに、生意気ね。鑑定で見ても《美声》しかないくせに。よくもまあ、《アカシックレコードの鍵》なんて嘘が言えたわね」


 嘘?

 カノン様の贈物ギフトは《美声》だけなんて、あり得ないわ。前にダレンから鑑定を得たとき、文字化けはあったものの、かなりの量の贈物ギフトがあったはず。

 改めて鑑定をした結果──。


 カノン・キラボシ。

 贈物ギフト

《美声》

 個別贈物ユニーク・ギフト


「え」


 以前は 個別贈物ユニーク・ギフトもあったのに、今は空欄だ。どういうこと?

 カノン様が姿を現したことで、贈物ギフトの能力が消えてしまった?


 ううん。違うわ。先天的なものがあったとしても、その贈物ギフトは自分自身を磨き上げて得られる能力。それが消えるなんてことは、普通に考えてあり得ない。だとしたら、意図的に隠している?


 目を凝らしてカノン様を見る。今までのカノン様を見て、贈物ギフトが消えたとは思わない。むしろ最初に見たときですら、文字化けで鑑定ができないものがあったのだ。あれももしかしたら、私自身の鑑定レベルが低かったからかもしれない。

 もう一度、カノン様を見る。

 その目に映った鑑定結果に慄いた。

 どうして先ほどの結果になったのも分かった。頑丈に保護プロテクトを二重、三重にしていたのだ。つまり最初に見えたのは、誤解ミスリードさせるように仕組んでいたということになる。


 情報戦。駆け引きは既に始まっている。鑑定なんてそもそも普通の人は持っていない。けれど、だからこそ、神々に対して情報をつまびらかにすることをよしとせず、侮らせる形を選んだのだ。

 どうして?

 どうして情報を隠したのか。取っ掛かりはそこから。

 カノン様なら──油断させるためだろうか。最初から期待値が高かったときよりも、低かったところからのほうが衝撃を受ける。どんなに素晴らしいものでも切り札をいつ出すか、タイミングも大事だ。それを演出するための保護プロテクト誤解ミスリード


 神様相手だろうとカノン様はいつだって本気で、全力で、一度だって負ける気で戦わない。勝ちに行く顔をしている。それは私の心が折れかけて、ダレンとの勝負に負けそうな──絶体絶命な時でもそうだった。

 いつだってカノン様は、絶望的な宵闇でも輝く一番星プリマ・ステイで、今でも私がこの方の生まれ変わりだと言われてもピンとこない。それでも昔よりは、隣に立っていることに恥じない働きをしてきているとは──思う。

 牛車の歩みに近いけれど、明日は同じ舞台に立って一緒に神様たちに挑むのだ。


「貴女も可哀想ね。女神モドキの妄言に付き合わされて、聖女として認定される程度で満足しておけば良かったのに、愚かにも67番目の音楽を生み出すなんて豪語しなければ、私たちも目を瞑っていたのに」

「そうね。愚かなことだわ」

「鑑定を見る限り勝算は低い。無駄骨か」


 落胆と侮蔑と嘲笑。

 なんだか思っていたよりも神様が俗っぽくって、なんだか腹が立った。カノン様のことを鑑定データだけで決めつける。それに腹が立った。


『好きなだけい──』

「そんなことありませんわ。カノン様は私の知る限り、誰よりも輝く一番星プリマ・ステイで、明日になれば、カノン様の素晴らしさが分かります! 評価なりなんなり、聞いてから言っていただかすか?」

「さすが私のレイチェル様です」

「神様方。私からも総評は明日の舞台を見てからで、よろしいのではないでしょうか?」

「ふん、明日大恥をかかないと良いわね」


 ダレンとセイレン枢機卿からの言葉に、神様はバツが悪そうな顔をする。微妙な空気が流れる中、楽しそうな顔をしている堕天使様が一人。


「鑑定眼に頼って発破を掛けなくても、この方々は今更怖くなって棄権とかしませんよ。本当は久々の挑戦者で、楽しみにしていたって言えば良いのに。素直じゃないネ」

「え」

「ウルエルド!」

「あははは~」


 三人の神様は顔を真っ赤にしつつ「帰る」と言い出した。踵を返してしまったので、顔は見えなかったが、耳は真っ赤になっていた。

 もしかして前日で怖くなって辞めたいとか、逃げようとかしないために?


「それでは明日を楽しみにしております、レイチェル様、カノン様」


 セイレン枢機卿は恭しく一礼したのち、神様の後ろを追いかける。その後ろ姿を見ながら、今更ながらに足が震えた。よろめく私を支えてくれたのはダレンだ。


「素晴らしい返答でした。さすが私のレイチェル様です」

「ダレン」


 ダレンの支えてくれた温もりにホッとするも、いつもの屋敷でも二人きりでもないことに気づき、ハッとする。これではエドウィン様と婚約しているのに、変な噂が流れるのではないか。どちらもダレンなのだけれど、他の人はそんなことを知らない。

 そう思うと今更ながらに不味いのでは、と冷や汗が噴き出す。


「あ。私の姿でしたら、神々が来た段階でエドウィンに見えるようにしております。ああ、ちゃんと執事の分身も用意していたのでご安心ください」

「へ」


 ダレンが居たと思われる場所に視線を向けると、確かに執事服のダレンが見える。ということはあっちが分身体?


「さて、明日も早いですから、大事をとってレイチェル様はホテルに戻りましょうか」

「あ、はい」


 それに前夜祭の雰囲気ではなくなってしまった。空気を悪くしてしまっただけ。その現状に凹みそうになったが、作業中のスタッフたちを見回す。大体の準備は終わっているが、細々とした確認はまだと言ったところなのだろう。片付けをしているスタッフもいる。

 今、頑張ってくれている人たちに何かしたい。そう思ったからこそ、支えてくれているダレン──エドウィン様の腕を掴んだ。


「レイチェル様?」

「皆様、お騒がせしました。ご不安になるようなことはありません。全ては明日になれば自ずと結果が出ます。この短期間で準備を進めてくださった皆様のため、そして自分のためにも明日は祝勝会を開きますので、楽しみにしていてください」


 それは宣言だ。

 すでに神様にも啖呵を切ったのだ。それを見聞きしていたスタッフの人たちに改めて言葉にすることで、自分で逃げ道を塞ぐ。ここまで頑張ってくれた人たちに報いるためにも、不思議と言葉が出ていた。


「レイチェル様、もったいないお言葉です」

「明日は楽しみにしていますから!」

「そうです! 全力で応援しています!」


 せめて和やかな空気にできれば、そう思って発した言葉はスタッフたちの闘志に火をつけたらしく、拍手喝采と「やるぞ!」という盛り上がりでいっぱいになった。まだ忙しく動き回っている人たちもいるが、概ね目的は達成できた──と思う。

 隣に居たカノン様が『やるじゃない』と褒めてくれたし、私はエドウィン様と一緒に歌劇場から出た。

 その日の夜、更衣室で何が行われているかなんて、露とも知らずに。




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