その日もホテル周辺に、私の拉致監禁を目的とした刺客が来ていたらしい。明日は王侯貴族の集まる場所。そこに第五王女レイチェルである私がいなければ、ロイヤルフェアはもちろん、神々の採点も全てが無に帰す。各陣営に取ってはまたとない好機だろう。
そんな訳で、明日のパーティー当日までは私の身柄最優先となっている。そんなことがあるにも関わらず前夜祭もとい差し入れをしたのは、陽動でもあった。ホテルに戻るまでの短い距離を、五つの馬車でそれぞれのホテルに向かう。もちろん全てはダミーで私はエドウィン様の転移魔法でホテルに戻っている。ダミーにはシリルが編成した部隊メンバーと囮役の私がいる。認識阻害の魔道具を使って
これから部隊当日まで鬼ごっこあるいは、囮がわざと拉致されて黒幕を暴くなどのミッションがある。ディルクやランファ、フウガがこのあたりは張り切って引き受けてくれた。というかノリノリだった。何故に。
すでに過去の死に戻りとは違う未来なので、どこに死亡フラグがあるか分からない。だからこそ十分な緊急脱出用魔道具や必要な道具は一式と揃えたし、武器も新調した。「誰も死なず、戻ってきて欲しい」とランファの手を掴んで、任務に就く皆に告げたのだ。何があっても生き残って戻ってくるまでが任務だと。カノン様がよく『デートは、家に帰って家族にただいまを言うまでがデートなのよ』と言っていたので、その言葉を使わせてもらった。
全員何故か涙目だったのは、無理難題を言って任務の難易度をあげたせい……よね。きっと。でも死んで欲しくないので、死ぬ気で頑張って欲しい。
「レイチェル様。先ほどの激励は無自覚なのですか?」
「ん?」
「無自覚なのですね」
ホテルの部屋に戻った途端、エドウィン様は私をギュッと抱きしめて離さない。なぜかエドウィン様は拗ねていた。拗ねる要素が分からないものの、遠慮がちに背中に手を回して抱きしめ返す。彼の温もりに少し安堵する。ふとムスクの香りに気づいた。
「この香りって……」
「おや、気づきましたら。貴女が贈ってくださった香りですよ。少し前まではなぜこんな香りを人間は楽しむのか、理解できませんでしたが……。今は言葉では上手く説明できませんが、気にいっています」
「それはよかったですわ」
「この香りの私と、普段の私ではどちらが好きですか?」
エドウィン様は日に日に甘い言葉を私に投げかける。また恋愛小説を参考にしているのだろうけれど、それは私も同じなので少しだけ口元が緩んだ。なんだかんだ私とダレン──エドウィン様は似ている。
「どっちも好きですわ。どちらも貴方なのだから」
「……それは狡い返答だ」
そう言いながらエドウィン様は私にキスをする。襲撃が多い日は特に私が怖がらないようにと、甘やかすのだ。過保護だと思いながらも、大切にされていることがたまらなく嬉しい。
シリルたちの戦いはこの夜から当日開催までが正念場だ。そしてその後は私の戦場となる。戦うためにも、しっかりと休む。これもカノン様から教わったもの。
休息。息を殺さないですむ居場所。
そういえば、いつから闇に怯えないで眠れるようになったのかしら?
思い返せばなんだかすごく前のようで、王宮での暮らしが嘘のようだった。明日、舞台に立つのが怖い。そんな感情もエドウィン様が簡単に溶かしてしまう。
本当に狡いのはどちらか。
***
翌日、ホテルへの襲撃はなく穏やかな朝を迎えた。私は無事だったのだけれど、歌劇場の衣装室が無事ではなかった。魔道具でしか明けられない部屋だったので、油断していたのだ。
明らかな内部犯。鍵は衣装スタッフ、今回はカエルム領地で贔屓にしているブティック《ソライス・ローズ》と《レディシュガー》そして《ラピスリリー》の三店舗に依頼をしていた。それなりに信頼をしていたし、今後の事を考えるとメリット、デメリットは分かっていると計算していたが、やはり私は爪が甘かったようだ。そのことにちょっぴり凹む。
歌劇場の衣装室にはいると、私が着るはずだったドレスがすべてめちゃくちゃになっていた。一着目は挨拶時、二着目は歌うときのドレス、三着目は夕方のパーティー会場で。それぞれ三店舗に花を持たせるように依頼をしていたのだ。ここで一番の問題は二着目の歌うときのドレスだ。
「みんなが一生懸命作ったドレスを……。どうしてこんな酷いことができるの?」
もうドレスとは言えないほど切り刻まれた布を、ギュッと抱きしめる。このドレスを作るまで、それだけの人が時間と労力を費やしたのか。全てではなくとも見てきたし、何度も打ち合わせをしていいものを作ろうとしてきた。
「レイチェル様」
「──っ」
ダレンの声に涙をグッと堪えて耐える。ここで泣いている余裕なんてない。
顔を上げて、刻一刻と迫る状況をなんとかしなければ……!
一着目と、三着目は新しい絹を使ったドレスで、色やデザインなど今年の流行ドレスにしようと思っていたが、それは最悪あと二日間の間にお披露目ができれば良い。
しかし二着目の白いドレスはどうあっても急ぎ必要だ。それと裏切り者にも、この場で撤退してもらう必要がある。これ以上、足を引っ張られるのは困るのだ。
「レイチェル様。このようなことになって申し訳ありません……」
「本当に。私たちの管理が甘かったのです」
「申し訳ありません。ですが今から既製品のドレスをアレンジして準備をさせていただこうと思っております」
「そうですわね。まずは今日のドレスを──」
「そんなものをレイチェル様に!? それよりも今作のブランドを是非!」
それぞれブティックのオーナーである彼女たちの意見を聞いたのち、時間もないのでダレンに視線を送った。さすがに心得ているようで、どこからともなく水晶玉を取り出した。
「……まず衣装部屋の責任者であられる三人には、それぞれ特別製の魔道具の鍵をお渡ししました。その鍵以外で開くことは不可能。無理矢理解除することも同様です。またカノン殿から衣装室には防犯記録装置を依頼されていたので、犯人はすぐに特定できます」
うん。カノン様とそんな話をしていたのですね。知らなかった。そしてまた異世界の面白そうなお話を聞いた雰囲気を感じます。これはあとでダレンに聞かなくては!
「(おそらく防犯記録装置のことについて私に聞く気なのでしょうね。本当に可愛らしい)……さて、ああ、映りましたね。犯人は……」