《ソライス・ローズ》のオーナー、アデラ様を含むスタッフ数人だった。水晶に映る姿に、アデラは座り込んだ。
「(そんな! こんなアッサリバレるなんて……! レジーナ様の指示通り、ドレスをめちゃくちゃにしたら王都に店を出して貰えると決まっていたのに! ううん、まだよ!)れ、レイチェル様。申し訳ありません! 家族を人質に取られてしかたなく」
「おかしいな。スタッフ関係の家族構成は頭に入っているが、アデラ嬢に家族は居ないし、両親は亡くなって親戚とも縁遠い。今回の件で身内に被害がいかないように、事前調査と面談で家族構成も確認しているが、下手な嘘は利かないほうがいいぞ」
護衛のシリルがいつになく頼もしい。そして家族構成から秘密裏に保護していた報告、私聞いてないのだけれど。会議の時に話していたかしら? もしかして聞き流していた?
変な汗が出たが、今はそれどころではない。
「まあ、仮に家族を人質に取られたとして、どなたが依頼をしてきたのですか? それを仰っていただければ、処罰を少し考えさせていただきます」
淡々と追い詰めていくダレンは、とても笑顔なのだけれど目が笑っていない。
「それは……(今ここでレジーナ様だと話せば、この場を乗り切ることができるけれど、王都でブティックを開くことはできなくなる。でもここで真実を言わなければ……投獄行き確定だわ)もうしわけ……ありません、フードを被った者で、高貴な相手だとは思うのですが……それ以上のことは……」
「報酬は?」
「前金で金貨50枚、後払いでは王都でブティックを開けるぐらいの金貨をいただけると……」
なるほど。おそらくレジーナお姉様の取り巻きあるいは派閥の人でしょうかね。今、各陣営の中でもそんな陰湿な作戦をするのは、あのあたり。そもそもランドルフ兄様はそのようなやり口が嫌いな方でしたし、勝負を付けるのなら真っ向勝負に出る。ペーター兄様は奴隷売買の件で拘束されているわ。あまり考えたくないけれど、
手にしていた扇を開き、口元を隠す。
「どちらにしても今回被害が出ているので、身柄の確保と今回の衣装代、被害総額と、迷惑料、そしてカエルム領地での営業権を剥奪しますわ。細々とした取り決めは後日として、《ソライス・ローズ》のスタッフも含めて街の騎士たちに対処を頼んで」
「かしこまりました」
ダレンが目配せをすると待機していた護衛騎士たちが動き、街の騎士たちに引き継ぐ。ここ数カ月の間に、街の自警団として騎士団の設置をしておいて良かったわ。
「いや、触らないで! レイチェル様、お願いです……! お慈悲を!」
「レイチェル様を貶めておいて、よく本人に懇願できますね。できることなら見せしめに殺してしまいたい……」
「ダレン……。き、気持ちだけ頂くわ」
また暴走しそうになりそうなので、苛立つ前にあとで二人きりの時間を作ったほうが良いかもしれないわね。ダレンは気づいていないけれど、人間らしくなるにつれて、感情的になる事も増えた。それは嬉しいのだけれど、フラストレーションが溜まりすぎると、過激な行動をしかねないとシリルからの報告があったので、メンタルケアを丁寧にするように心がけている。
だいたいはハグとかキス、あと添い寝なのだけれど。
「それと《レディシュガー》、《ラピスリリー》のスタッフの皆には申し訳ないけれど、一着目と三着目は既製品を少し手直しする形に、そして二着目だけは既製品からアレンジでできるだけ元々のドレスに近いものにしてほしいのだけれど、頼めるかしら?」
「もちろんです!」
「絶対に間に合わせて見せますわ!」
《レディシュガー》のオーナー、エイミー様と、《ラピスリリー》のオーナーのモニカ様は快く引き受けてくださった。エイミー様は商人の娘で、古くからカエルム領地で商売をしていて、今回私が新事業や事業援助制度などを立ち上げたときに縁があって、それ以降懇意にしている。
《ラピスリリー》のオーナーのモニカ様の夫は暗殺部隊の人間なのだけれど、モニカ様には秘密にしているらしい。もっとも本人は薄々気づいているとか。それでも夢だった店を出すことができて良かったと、シリル経由で聞いた。
《ソライス・ローズ》のオーナー、アデラ様は元々没落貴族のご令嬢だったとか。苦労して今の地位にいたのに、レジーナお姉様の甘言に乗ったのが運の尽きだったようね。
こんな形で裏切られたのは悲しいけれど、今は目の前の事をしなければ!
ロイヤルフェア開催時間まであと四時間半……。
***
ロイヤルフェア一日目のスケジュール。
午前十一時に会場入り、十一時半に主催である
今回は王侯貴族を含めた様々な著名人をゲストとして招待しており、一日目に関しては無料となる。しかし二回目参加からは有料として扱いとなり、敷居がさらに高くなるように設定。
本当は一日目も有料でも良かったのだけれど、侯爵家や他の貴族たちの意見も取り入れて二日目に変えた。私としてはロイヤルフェアの参加料のみで良いと思ったのだけれど、私の歌にもかなりの価値が出るだろうからと、こうなった。
ちなみに私に憑依する形でカノン様が歌の練習をしたのだけれど、凄かった。本当に。一度でもカノン様の歌声を聞いたら、大成功すること間違いない。
それでもカノン様的には『まだ
***
『いよいよね』
「はい」
一着目のドレスは主賓にふさわしい華やかな春色のドレスで、刺繍は間に合わなかったので、生花を使って華やかに着飾っている。髪飾りも薔薇と百合を使っていて可愛らしい。
ビロードの幕がゆっくりと上がる。
歌劇場の舞台に立っているのは私とカノン様だけ。
これから王侯貴族の目にさらされると思うと、心臓がバクバクとうるさい。けれど逃げる訳にはいかない。一度は周囲の視線に耐えきれずに、逃げ出してしまった。何度も諦めてしまった。けれど、今は──。
『それじゃあ、反撃を開始しましょう』
「はい」
スポットライトが当たる中で、私たちの王位継承権生存戦略が本格的に始まった瞬間だった。