権力争いに負けて、没落。市井に落ちた平民がリュート子爵家で、その嫡男がこの俺、レガート・リュートだった。
俺は音楽が好きだった。元々両親は王宮音楽楽士で、パーティー会場などでヴァイオリンやピアノの演奏を披露していた。両親は音楽を愛していて、政治や権力争いに興味なんてなかった。
だからこそ斬り捨てるには、都合が良かったのだろう。
身に覚えのない冤罪を着せられて、家は、一族はなくなった。それはまあ、よくあることだ。でも俺にとって音楽が失われたこと、音楽に携われないことがけが死ぬほど嫌だった。
鉱山で働くことを条件に、ヴァイオリンを手放さずにすんだ。でもヴァイオリンの腕は衰えて練習する暇もない。それでもヴァイオリンだけは手放せなかった。
そんなある日。
豪華な馬車が家の前に止まって、俺の前に第五王女レイチェル様が現れた。
「昔、ヴァイオリンの演奏をしていたのは貴方でしたよね。レガート・リュート様。貴方のお力で、私を助けてくださいませんか?」
息を呑んだ。
神様はいた。
食費を切り詰めてヴァイオリンの調整に当てて、金にならないのに練習を欠かさないで──未練だと、愚かなことだと笑う者もいた。
ああ、でも。
無駄だと思っていたことも、愚かだと言われながらも足掻いていたけれど、俺の価値を認めてくれる人はいたんだ。
命令でも、交渉でもなく、助けて欲しい──と。
俺の持っている技術を、熱意を、音楽に対する思いを買ってくださった。驚くほど胸が熱くなって、思わずその場で泣いてしまうという恥を見せてしまったが。
「それと信頼できる楽器使いの方を三名ほどほしいのですが、どなたかおりますか?」
それは不思議な楽器だったが、すぐに音楽馬鹿の一族に連絡を取ったら希望者が数十人にも集まったのだ。思った以上に音楽を捨てきれない親戚に俺は笑った。
どんな場所でも音楽はできる。
「それなら中央広場で演奏会をしましょう。それで優勝した方に、専属でお願いしたことがあるのです」
この方は本当に周囲の熱を与えるのが上手い。絶対に勝ち取ってみせる、そう思わせる。後で聞いたら、レイチェル様が新しい音楽に挑戦するというのだから、音楽馬鹿にとっては最高の舞台に、はしゃいだ。
初めて触れるギターやベース、ドラムなども数日でマスターする者が続出した。そのあたりは天才的なセンスと、音楽に関してひたむきに積み上げてきた努力によるものだった。
ギター二人は元男爵リゾルートと平民出身のフェローチェ、ドラムは元騎士のエレジーで、全員が音楽馬鹿。
そして少しだけレイチェル様のことを見くびっていた。王族のお遊び程度の歌声だと誰もが思っていた。でも、舞台に立って歌った彼女の声音は、神々の歌以上に胸に響いた。
正直、なめていた。
それを覆す圧倒的な歌唱力、技術、声。感動の一言だった。
『このレベルだけれど付いて来られるかしら?』と挑発されたようなそんな歌声に、一瞬で魅了された。
「レガート様は間奏中から、ヴァイオリンの演奏をピアノと一緒にお願いしますわ」
「俺が?」
「ええ、一番の見せ場をお願いしたいのです」
何より、この方と同じ舞台に立つ名誉にまた涙が出た。悔しいほど幸運だ。
ああ、音楽の神様。俺たちを採点し、判定し、見極める神々。
これが新しい歌で、曲で、俺たちの今出せる全部だ。
**光魔法の使い手**
光魔法の使い手。
そう聞いたら治癒魔法や浄化魔法が使えると思うかもしれない。だが実際は明かりを灯すだけのランプとたいした変わらない。目くらまし魔法。その程度の何の役にも立たない。
男爵家の三男として生まれた僕は後を継ぐこともできない。だから最初は王都にいたけれど環境が合わずに、カエルム領地に引っ越した。
活気に満ちていて領地には街を見回る騎士が循環して、治安も良い。何より毎週のようにイベントごとが多く、物流も潤っていた。
貧民街と呼ばれた場所は公共事業によって改善し、領民登録をすれば最低限の生活保障がされる。飢えでのたれ死ぬような人がいない。これは驚きだった。
中央公園では音楽大会などが行われているのか、賑やかなメロディーが流れてくる。楽器ができる人が羨ましい。僕には何の才能もない。
この領地の人たちは自分たちの特出した能力を磨き、そして強みとしていた。なんとも羨ましい。そんなことを酒場のマスターに愚痴っていたときだ。
「そうか、アルトって言ったか。光魔法って役に立ちそうだが」
「ふぇ?」
そんな時、偶々話を聞いていたのは、第五王女レイチェルの護衛長のシリル殿だった。なんでこんな人が安酒の酒場にいるのか。
なんでも酒場だと面白い人に出会う確率が高いからだとか。今こそ護衛騎士と立派な肩書きがあるが、それ以前は大分酷い暮らしをしてきたという。
「レイチェル様は変わった能力も受け入れる寛大な方だ。特に知識量がすさまじい。もしかしたら君の能力の使い道を見いだしてくれるかもしれない」
そんなうまい話はない。そう思いながらも膿んでいた心と、日常生活の鬱憤、そして酒の勢いでシリル殿の提案に乗った。
それが僕の分岐点だっただろう。
「え、光魔法の使い手!? じゃあこう決められた場所に光を灯すことは?」
「できます」
「蛍のように光の球を生み出すことも?」
「はい」
「採用」
「そうですよね。こんなの何の役にも──え?」
それがまさか、ロイヤルフェアの舞台照明責任者になるなんて思ってもみなかった。レイチェル様の希望は歌の中に光魔法による演出をして欲しいということだった。
王侯貴族の考えは分からない。
練習もあるけれど、定期的に仕事が欲しいのなら執事にならないか──なんという素晴らしい申し出があった。こうしてトントン拍子に決まった。
実際にレイチェル様が舞台上で歌うと言ったとき、僕は「ああ、意表を突くような形で歌の演出をフォローするのか」と納得した。
ちょっとでも歌の雰囲気を良くするため。
演奏する四人も同じ事を思っていた。唯一人、ピアノ演奏をする執事のダレンという男は最初からレイチェル様を信用しているようだった。
従者として贔屓目に見ているのだろう。
そう思っていた。
実際に、レイチェル様の歌声を聞いて腰を抜かしてしまった。その歌声に魅了されて、正直照明の仕事など頭から抜けていた。
この人は本気で音楽の神に挑むのだと、自分の穿った考えを恥じた。
レイチェル様はいつでも本気で、周りに頼り、時には手厳しいアドバイスにも真摯に向き合って、身分とか関係なく接していた。王族だからと傲慢な態度など一度だって取らなかった。
どこまでロイヤルフェアを成功させるために考えて、動く。
甘い方だと思っていたけれど、罪人には容赦なく営業権を奪い、領地追放を命じた。その時の顔は領主として、王族として責務を果たす上に立つ者の顔だった。
なぜレイチェル様に人が集まるのか、この方のために頑張りたいと思うのか。なんとなく分かってしまった。この方は狡いのだ。
人をその気にさせてしまう、天才なのだと思う。
音楽の神様にレイチェル様が認められるように、僕にできることは何でもする。レイチェル様の美しさを、素晴らしを少しでもお役に立てるように、次の光魔法を展開するのだった。