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第70話 次の一手と既に打たれた一手

 呼び鈴を鳴らしたのは、白銀の艶やかな長い髪、褐色の肌と彫刻のような顔立ち、八重歯は更に目立つ──シリルが一冊の魔導書を大事そうに抱えて立っていた。

 紺色のローブ姿で、武装した彼は部屋の中に入ると、私とダレンを見つめる。そこには「よくも全てを放って逃げ出したな」と責めるような目ではなかった。

 少し呆れたような、やっぱりこうなったかといった達観した顔だ。


「シリル、カエルム領地は?」

「レイチェル様。どうやらダレンの洗脳あるいは上書きから、自力で抜け出したようでなによりだ」


 真っ先に私の現状を把握したようで、ダレンは少し罰が悪そうに顔を逸らした。


「元々、花音様から自分が消えた時に、ダレン殿が暴走することを懸念なさっていた。だからこそ花音様は自分が消滅した後、ある条件時に『二人を亜空間に閉じこめるように』と仕組んでいた」

「え……」

「まさか」


 ダレンもその発言に目を丸くする。《魔導書の怪物》をも騙しきった術式。シリルは魔導書を開く。それは淡く輝き、ひとりでにページがめくれる。


亜空間箱庭エスパシオ・リウム、解除」


 唐突に部屋の壁や窓に亀裂が走り、硝子が砕けた音と共に、風景が変わる。私とダレンは私が休んでいたホテルの寝室に戻っていた。

 カノン様が消滅した日の──寝室だ。


「ダレン殿がレイチェル様を囲って生活するであろうことも、そこからレイチェル様が奮起してたちがあることまで、カノン様は見越していた──いえ信じていたのでしょう」


 ページが止まり、美しい文字が光った。

『二人は戻ってくる。自分たちの戦場がここだと知っているから』と。

 シリルはその魔導書を大事そうに撫でた。それを見て、カノン様は彼に役割を託したのだろう。カノン様に頼られたのが少し羨ましい。


「一本取られましたね。……さすがカノン殿と言うべきか」

「カノン様はそういう方ですからね」

「ええ、まったくです。俺に役割まで残すなんて、これじゃあ後すら追えない」

(あ……)


 カノン様は自分がいなくなることを懸念して、色んな準備をしていた。常に最悪に備えてカノン様はカノン様の戦いをして──その先を繋いだ。


(やっぱりカノン様は凄い。……私も阿迦奢図書館アカシックレコードにたどり着くまでに少しでも、カノン様に並べるようになろう)


 改めカノン様のすごさに感動し、そして自分を鼓舞する。


「明日のロイヤルフェアは延期すると周知している?」

「はい、延期になるとは伝え済みです。そのあたりはマーサ殿が対応していた」

「レイチェル、どう動きますか?」


 二人の視線の視線に以前ならあわあわしていたが、今は違う。こんなことで焦っていたら、いつまで経ってもカノン様に追いつけない。

 カノン様ならどうする?


(延期を今から撤回させる? でも『また予定が変わった』場合、周囲から反発はでるわね。それでも予定通りスケジュールを進めるべき? それとも日を改め──その場合は、この二日間の熱が冷めてしまうだろうから、同じことをやっても反応は薄い)


 人は慣れる生き物だ。どんなに新しいことをしても最初に比べて二番目、三番目はインパクトが薄れる。三日間という熱気があれば乗り切れただろうが、日を開けるとその熱を保つのは難しい。かといって短期間の間に、新たな出し物を用意するとしたら何があるだろうか。

 そう悩んでいると、ノックの音が響いた。


「レイチェル様、よろしいでしょうか?」


 マーサだ。部屋に通すと、私の顔を見て安堵していた。亜空間での滞空時間的には数年ぶりだったので、懐かしいという感覚になる。

 思えばダレンの暴走とはいえ、私はマーサたちに全てを丸投げして逃げようとしていた。自分に付いてきた人たちに対して、あまりにも不義理なことをしてしまったと猛省する。


(私はすでに色んな人たちの上に立っている。その責務を投げ出して逃げるなんて……覚悟が足りなかった)

「こちらを国王陛下から、お預かりしました」

「手紙? 国王陛下?」


 初めてといえる国王陛下──父親の手紙に何が書かれているか恐ろしくも、中身を見た。


「三ヵ月後にカエルム領地にて、王族同士で国潰し遊戯タワーオフェンスゲームを開催する……ので、その主催運営を任せる??」


 その手紙の内容に悲鳴を上げなかった私を、どうか褒めてほしい。できるのならカノン様に全力で慰めてもらいたい──そう心から願わずにはいられなかった。



 ***



 国潰し遊戯タワーオフェンスゲーム

 使うカードはトランプカード52枚+ジョーカー1枚。最初にお互いにカードを引いてトランプのマークを決める。同じ物を引いた場合は数が大きい方、低かった方は別のマークを引くまで手札を引く。

 お互いにマークのキングを自分の陣地と呼ばれる城に固定。この陣地は、チェストと違って動かせない。キングが取られたら負け。 

 最初の手札は五枚。それで布陣を整えて自分の陣営を守りつつ敵国を滅ぼしていくというものだ。ここでのポイントは、その引いた手札の特殊能力として、実在する陣営の配下あるいは家臣の名を明言することで、その者の特性似合った能力が発揮される。


 例えば人外であれば10以上の、ジャック、クイーン、キング、ジョーカーなら名付けることができるし、護衛者や騎士はスペードのエースが最も強い。またマークによっても特性が出てスペードは軍事国家かつ武力優勢、ダイヤは商業国家かつ財政有利、クローバーは自由都市民衆と魔法有利、ハートは聖法教会国家かつ進行と加護。


(これって、実質王位継承権争いの疑似戦争のようなものよね!? なんでこんなことを! 今までの死に戻りでこんな展開なかったけれど!?)


 今までの私なら卒倒していただろうけれど、ぐっと堪えた。三日目のロイヤルフェアの補填にしては最高のイベントではある。けれど一難去ってまた一難。

 それ以上の波乱が巻き起こる予感しかしなかった。


(頭が痛い……!)


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