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第72話 第二王女レジーナの視点3

「僕も音楽の神が嫉妬するのなら見てみたい。きっとすごく美味しい味がするだろうし。どうせなら、新しい女神が儚く消えて、絶望する姿を見たいなぁ」


 嫉妬を毒の矢に替えて、レイチェルを仕留める。それが七大悪魔の一角を担う嫉妬ナイトの作戦だった。一日目は様子見をして、決行は二日目。


 二日目、中央公園での一般公開。

 護衛を増やそうと、警備が万全だろうと野外での活動など王女としてあり得ない。だからこそ出席せず嫉妬ナイトに、レイチェルの始末を任せた。私はホテルでお茶会をしながら、のんびりと報告を待っていれば良い。

 カエルム領地は以前来たよりも豊かで、王都にも引けを取らないほど急成長を遂げていた。ドレスや宝石、スイーツにお茶も全て王都と遜色ない──いや領地特産を謳っていて鮮度もよく、全てが適正価格リーズナブルなことにも驚いた。


 招待された王侯貴族たちは、その品々の安さと質の良さに気を良くして大量買いをしていく。ロイヤルフェアも絵画鑑賞や武器展示など、コレクターの好きそうなものをセレクトして、いつの間にか大規模なオークションとなり、かなりの高額で入札されたと聞く。

 本来ならペテリウス伯爵から私に献上されるはずの財産が、全てレイチェルに入っていくなんて許さない。


 そう思うと、お茶が不味くなる。

 ああ、早く訃報の連絡が来ないかしら。


「あ。大きく世界が揺らいだね。

「まあ! 誰かわかるかしら? アヴァル?」


 七大悪魔の一角を担う強欲アヴァルは、白銀の髪の美しい美少年姿だ。そんな彼はふわふわホットケーキを口にしながら、唸った。


「うーん、レイチェルではないね。でも、近しい者が消えたかな」

「まあ。この期に及んでナイトが失敗するなんて、でもあのレイチェルが苦しむのなら何だって良いわ」

「そっか。……僕は食べ終わったから、次の店に行くよ」


 もぐもぐとしっかり味わった後、アヴァルは立ち上がった。今日は私の護衛役として、黒の騎士服に身を包んで格好いいのに、素っ気ない。でもここで彼の機嫌を悪くするのは良くない。ここは私にとって敵地なのだから。


「分かったわ。でも私の護衛役なのだから、ちゃんと戻ってきてね」

「…………次があったらね」


 ぼそっと言った声が聞こえなかったけれど、戻ってきたら聞けば良いだろう。それにしてもナイトが失敗するなんて、神の嫉妬を利用するとか大口を叩いていたのにショックだわ。


「ナイトが戻ってきたら、次こそはちゃんと仕留めてもらわないと」


 唐突な言葉に顔を上げると、美しい執事服の男が佇んでいた。深緑色の少しウェーブのかかった前髪、石榴の瞳は血走っていて、やっぱりこの男は人外なのだと思い知らされる。


「──っ、な」


 周りを見渡すと護衛者は全員倒れていた。店を貸し切りにしていたので、悲鳴も上がらない。

 頭の中で警鐘が鳴り響く。


「アヴァル! どこにいるの!? 私を守って!」

「強欲なら来ないですよ。悪魔は快楽主義者で、気まぐれで嘘つきですからね。自らの欲に釣り合わないことに、義理立てするような存在ではない──そんなことも知らなかったのですか?」

「うそよ。ナイト、ナイトはどうしたの!?」


 執事服の男はにっこりと微笑んだ。微笑んだはずなのに、その瞳は笑っておらず私を見る。


「少なくとも、もう二度と貴女の元には現れないでしょう」

「──っ」


 殺した。ナイトをあの七つの大罪の悪魔を、いとも簡単に殺したのだ。悪魔でも天使でもない《魔導書の怪物》のくせに。本体は唯の本だというのに、どうしてそんな真似ができるのか。何よりなんで私では無くレイチェルを選んだのか。

 全てが腹立たしい。


『んー、僕自身は無理だね。《魔導書の怪物》とことを構えるなんて、面倒だし。それに今は教会が悪魔封じ書グリモアを使って、契約離反する悪魔狩りをしているんだ。慎重になるのは当然だろう』


 そういった癖に。


『噂では女神がレイチェル陣営に降り立ったとか。それで音楽の神が定めた66の歌を超える67番目を披露するんだって。だから、音楽の神が新しい曲を認めるのか、あるいは殺すか。興味ない?』


 そう楽しそうに勝利宣言をした癖に。ラグの情報が役に立つとか言っていたくせに。


「どうして、どうして私がこんな目に遭うのよ!! 私は聖女になるべき人間で、王位継承も私が手に入れるはずだったのに!」

「そんな未来はどの時間軸でもあり得ませんよ。私が許しませんから」


 そう笑った石榴の瞳は一切笑っていなかった。


「貴女にはまだ踊って貰うため──そうですね。このぐらいが妥当でしょうか」


 言うなり私の左腕と頬にミシミシと嫌な音が聞こえてきた。左腕は陶器のような白い肌になり、同じように陶器のように固く脆くなって亀裂が入った。まるで私自身の体が割れ物担ったかのよう。


「──っ!!」

「一部石化をしました。レイチェルに許しを請えば少しずつ回復するでしょうが、そうしなければその石化は更に広がって──生きたまま石化する」

「い、いやああああああああああああああああ」


 自分の美しさが消えてしまう。そんなの許せるわけがない。

 助けを求めて執事に手を伸ばすが、既に男は私を見ていなかった。本を片手に何か読み込んでいる。


(魔導書?)

「ふむ、敵陣に突っ込んだ後、帰ってくる際は血まみれか負傷しているほうがヒロインは優しくなる……なるほど。せっかくですから試してみるとしますか」

「ま、まって……」


 そう手を伸ばすも、執事は消えてしまった。あまりにも雑な扱いに、怒りを絶望がごちゃ混ぜになる。


「ああああああああああああああああああああああああ!」

「あはははっ、本当にナイトを差し向けたんだ。本当に最高な展開だ」

「アヴァル!!!」


 先ほど姿を消したアヴァルが、最悪のタイミングで良く戻ってきた。この悪魔、《魔導書の怪物》に合わないように、私を生け贄スケイプゴートにしたんだわ。許せない。許せない。睨み付けた。


「なんとかしなさいよ! 契約しているでしょう!」

「はいはい。生き残っていたんだから、ちゃんと助けるよ。でも思ったよりも強い魔法だから、効果を薄くするだけしかできないなぁ」


 ああ、もう何もかもめちゃくちゃだ。私の計画が邪魔される。これじゃあお兄様は復活させられない。お兄様を復活させるためにも生け贄が必要なのに──。

 生け贄。

 そうだ。どうしてあの計画を先延ばしにしていたのだろう。ああ、奴隷売買で目を付けるのを避けるため、先延ばしにしていたんだ。でも、そうよね。もうそんなのどうでも良い。そんなことよりもさっさとお兄様を復活させてしまえば良かったんだわ。


「アヴァル。お兄様を復活させるわ。疫病を国内中にばらまいてやりましょう」

「……いいね。すごく面白そうだ」


 そう笑ったアヴァルはとても楽しそうな顔をしていた。私もレイチェルが、他の者たちが苦痛と後悔と絶望する顔を思い浮かべて、笑った。


(これでレイチェルも、この領地も全て終わりだわ! ああ、お兄様、待っていてくださいませ!)

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