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第79話 だからこその提案

(ああああああーーーーーー、はずかしい!)


 まさか自分に尊敬の眼差しのようなものが向けられるなんて、それこそ考えられなかった。それぐらい八回目までの死に戻りの私は、自己肯定感が低かったと思う。何をやっても実を結ばず、何も成しえなかった。そう思っていたのだ。

 それを大きく変えてくれたのは、カノン様とダレンの二人。


(今度は私が羨望を背負って行く番なのね)


 人の思いを背負って、導いていく立場。

 それはとても怖くて、重くて、苦しくなるかもしれない。それでもカノン様が同じように私に指し示してくれたように、私がかつての私だったような人を手助けできるのなら頑張りたい。


恐怖の四騎士メトゥ・フォーホースメンの特殊召喚は防げませんでしたが、私たちのやることは変わりません。そして今後は疫病や病原菌などの恐れも考え、カエルム領地から有給休暇と定期的な休日を作ろうと考えています!」

「きゅうか」

「休日?」


 全員が今から休みなしで働く的な盛り上がりを見せていたが、私はカノン様から異世界の生活を聞いて以前から考えていた案があった。

 それが有給休暇及び休日や祝日についてだ。

 この世界で有給休暇は王城の一部や、祭事関係である程度で、庶民にまで浸透していない。休み自体はあるが無休だし、手当もない。私はここぞとばかりに有給休暇と休日の話を提案した。


「今後、季節の変わり目や私用など色々あると思うのですが、休むことで給金が減ると体を休めることなどもできなくなります。それに体調不良などでも無理してしまうこともある今、一年間、十二日前後は休んでも給金が出る。また七日に一度は休日を作り、のんびり休む日を考えています」

「これはまた……」

「『働け』ではなく、休め?」

「何事にもメリハリは大事だと私は思います。それに自分の領地にいるけれど、旅行やデートがしやすいようにも考えているのです」

「し、しかし……そうなると、我々商人の商売が……」

「それでしたら、商人の方々の定休日は、他の日にずらすなどすればよいのでは? 休日という特別な日であれば売り上げが他の日よりも見込めるので、そこに合わせて特別価格販売やら、季節限定などロイヤルフェアの時のように、特別感を出すことで売り上げもあがるかと」


 ダレンがさらっとフォローに入ってくれ、セイエン枢機卿的にも好感触だった。


「みなさんには元気でいてほしいですから、長期的に考えても福利厚生はしっかり整えたいと考えていたのです」


 すでに私の周りでは福利厚生として衣食住などを含めて、手厚い対応をしている。この間、ロイヤルフェア前にアンケート調査を行った時にもかなり喜ばれていた。


「すでに私の屋敷と新規事業は福利厚生をしっかり行い、その成果と雇傭契約者の満足度も高いですわ」


 商人や貴族は言葉よりも数字を重きに置くところがある。だからこそ目に見える形で資料も人数分用意していた。


「素晴らしい。これで売り上げが更に上がるだけでは無く、働く者の離職率もぐっと減るでしょう!」

「ええ。気持ちよく働いてもらうことが一番ですからね」


 会議は順調に進んでいく。そこでずっと沈黙を続けていたリスティラ侯爵公が口を開いた。


「レイチェル殿、少し良いだろうか」


 よく通る声に、場の空気が一瞬で支配された。

 リスティラ侯爵当主。黒い髪に、厳つい顔立ち。体格もガッチリしていて大貴族というよりも歴戦の武将というほうがしっくりくる。カエルム領地に隣接する古くからある五大貴族の一角で、死に戻りの中でも貴族の鑑として見事な立ち振る舞いをしている方だった。


「(エドウィン様──ダレンの養子を受け入れてくれた理解のある方……。一体どんなお話なのかしら)もちろんです、リスティラ卿」

「先ほど恐怖の四騎士メトゥ・フォーホースメンの話を聞いて……病で一つ気になったことを思い出した」


 ザワッと周囲の空気が変わった。真っ先にシリルが動きかけたが、私は制した。万が一感染するものであれば、私の陣営は壊滅的な一撃となる。この場に居ること自体が裏切りに行為に等しい。しかし、リスティラ卿は今、「思い出した」と言った。つまり被害はそこまで出ておらず、調査を進めているところだったのだと推測できる。


「病、どのような症状なのです?」

「実は我が領地に、二三日前に妙な痣が出ている者が五名出た。現在騎士と魔術士に調査を頼んでいる。まだ情報が少ないので発言を控えていたが、先ほどのことを聞いて伝えておくべきだと」

「なるほど。……痣の特徴などはありますか?」

「赤紫色の……植物の蔦に似た紋様にも見えなくはないようです。今のところ痛みもなく、健康そのものだとか」

「「“ヴァイオレットの悲劇”」」


 私とダレンの言葉が重なった。


「それは?」

「ジンジャエゥル神話に“ヴァイオレットの悲劇”という話があります。それは森の男神でしたが、葡萄のような美しい紫色の髪と瞳を持つ村娘ヴァイオレットに恋をした話です、養父さん」

「ふむ」

「しかし異種族との恋愛に村長たちは反対し、最終的に村娘は男神の前で村長に殺されてしまい、男神は彼女を豊穣の精霊にすることで結ばれる──というところまでは絵本などにもあります、養父さん」

(ダレン、別に養父呼びしなくてもいいのに……)

「ふ、ふむ。……その話なら聞き覚えがある。しかしタイトルが違ったような? 殿?」


 なぜかダレンではなく私に尋ねてきた。そのことに引っかかりを覚えるも、知っていることを答える。


「ええ。絵本であればそこで終わりですが、神話では『娘は豊穣の精霊になるも人分ほどの寿命しか生きられなかった』とあり、『その悲しみに男神は村長を含めた者たちを許さず、葡萄の種を飲ませた。その後、村長たちの体に赤紫色の痣が生じ、七日後に村人全員が葡萄となった』というお話です」


 森の男神の怒りを買ったことで、罰を与えられた。よくある神話の話なのだけれど、その後で亡くなったヴァイオレットの死を悼み、彼女は聖女ヴァイオレットと信仰対象になったことで、年に祭事の期間中だけ森の男神の夫に会えるという逸話も追加された。


「赤紫色の痣は禁忌に手を出したことへの戒めか、警告。……あるいは」

「あるいは森の異変に対しての助け──ではないでしょうか」


 ダレンの言葉に「あ」と声が漏れた。

 もし森で何か問題が起こっていて、知恵を借りたい場合どう見分けるか。知恵を持つ者ならば、神話や様々な事象を知っていると考える。


「もしかして知者の求めるための鍵が、赤紫色の痣?」

「その可能性はあるでしょうね」


 ダレンも意図に気づいたのだろう。そしてそれはこの場に居た殆どの者も察したようだ。


「レイチェル殿。どうかリスティラ領に来ていただけないでしょうか?」



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