リスティラ領地。
カエルム領地に隣接する古くからある五大貴族の一角だ。緑豊かな森と川が多く、特産品は
(神々の加護が強い──ではなく、間違いなく神様が住んでいるからよね)
青々とした山の連なりを馬車の窓からぼんやり眺めていたところで、セイエン枢機卿からの通信連絡が入った。通信魔導具は武器屋のウルエルド様のコネで仕入れた物だったりする。長距離でも即座に情報の伝達が可能となる優れものだ。
『レイチェル様、今お時間よろしいでしょうか?』
「ええ。問題ありませんわ。なにか問題でも?」
『いえ。本来であればご一緒にリスティラ領地に向かいたかったのですが、貴女様に頼まれた慈善事業の一つ、バザーは二日目になりますが大盛況です。ブレンド・ハーブティー、うがい薬、のど飴、クッキーは即完売。受注生産ができないかと問い合わせが来るほど。また香り付き石鹸、可愛らしい刺繍が入ったサシェなどはご婦人に人気でした』
「まあ! それは嬉しい報告ですわ」
今までも定期的に教会のバザーを行っていたが、ロイヤルフェア以降の催しでは王都からの貴族や商人も見受けられたとか。今回はお試しで音楽コンテストも盛り込んだのが大きかった。今やカエルム領地は、音楽都市とも呼べるほど、至る所で音楽が身近にある生活を送っている。そんな彼らにとってコンテストとは、自分の実力を知る良い機会だ。
以前は中央公園でも行っていたが、音楽関係ではなく様々なジャンルの才能あるものを見つけるための催しを目的としていた。だからこそ賞金付きかつイベント有りの音楽コンテストは、応募者が殺到したらしい。書類審査、実技審査を通過した五十組によるガチンコ勝負。
『音楽コンテストも一日目と二日目で投票を募り、三日目に投票数が多い五組の最終演奏によって再投票になるランキング。このようなコンテスト形式だと、初日だけではなく最終日まで参加したいという心理が働くものなのですね。明日はさらに人が集まるでしょう』
今回のバザーにあわせて、教会の共同事業内容が見られる展示会も行っており、孤児院や教会への寄付や
上級貴族が気に入ってリピーターになることも視野に入れているし、貴族が利用しているという評判や箔を付けるためでもあった。
もっとも、一番人気なのは聖女レイチェルによる護符の栞だ。ちなみに私は教会の裏庭にある青い花を押し花にするだけのお仕事で、護符としての祈祷や魔除けの付与はセイエン枢機卿が行っている。実際に効果はあり、旅の途中に魔物に襲われた際に、見えない障壁によって救われたとか。
セイエン枢機卿の祈祷レベルがすさまじかったのは誤算だけれど、魔物の襲撃を恐れる商人や騎士たちに大人気だったようだ。
『素晴らしいです。元々疫病や飢饉対策のためにも、資金は潤沢であるべきだと考えておりましたが、それだけではなく、生活環境の改善、うがい手洗い、民間治療の浸透、教会の無料治療などにより領内の死亡者数、負傷者、餓死者なども急激に減りました』
「ええ、これもセイエン枢機卿を含めた皆々様のお力添えのおかげですわ」
『ありがとうございます。リスティラ領地は比較的に穏やかで魔物も少ない土地です。しかし領地によっては問題もありますでしょう。同行した司祭、及びリスティラ領地の大司教は私の古い友人でもありますので、何かありましたら存分にお使いください』
そう言ってセイエン枢機卿は通信を切った。大成功しているようで私も安心しつつ、ソファの背もたれの体を預けた。
「バザー、音楽コンテストも順調のようですね」
「ええ」
ダレンの声が下から聞こえるのは、彼が私の膝に頭を置いているからだ。通信魔導具では私の顔しか写っていなかったが、実際はずっと膝の上にダレンの頭があった。
ちなみにこの馬車はダレンの希望でお尻が痛くないようにふかふかのクッション、亜空間を使った見た目よりも広い。それ故、ダレンが横になれるほどだ。また書類仕事ができるようにテーブルまで収納されているすぐれものだ。
このあたりはカノン様の知識、キャンピングカァというデザインが元になっている。
「婚約者の時間を少しでも削ってくるなんて、酷いと思いますが」
「お仕事ですから、そういう時もありますわ」
深緑色の髪を撫でると、ダレンは嬉しそうに目を細めた。
「ではレイチェルは、私と仕事どちらを優先するのですか?」
それは恋愛小説にあるヒロインが口にする台詞の一つだ。小説と同じような台詞を言ってみたい──という最近のダレンのブームである。思うに最近のダレンはなんというか、乙女チック、あるいはロマンチストなのだと実感する。
これがダレンなりの愛情表現の一種なのだろう。元々恋愛や愛情に関して手探り感があるダレンは人間味を帯びてきているが、それでも人外であり、時々忘れてしまうが『魔導書の怪物』と呼ばれる存在なのだ。人とは感覚や考えが異なることもある。
だからこそ彼のブームや遊びに私も全力で考えて応えるのだ。
(さて、どう答えたほうが良いかしら?)
私はその返答を考えるのもなんだかウキウキしつつ、口を開いた。