「ダレンが一番ですけれど、緊急事態の時は仕事を優先することもありますわ。だって、ダレンと一緒に生き残りたいですもの」
「レイチェルらしい答えです」
満足そうに笑った。逆に私も同じ質問をしたら「レイチェルですよ」と即答。
「レイチェルは立場がありますけれど、私はそのあたりどうでもいいですし、どうにでもしますから」
(本当に、どうにでもしそうだわ)
私を大事にしてくれるダレンにキュンとしたのは、内緒だ。
それから二人でリスティラ領地の婚前旅行で、どこを回るかなどの話で盛り上がった。湖が有名でもあるのでボートに乗ることや釣り、郷土料理、あとは珍しい本がないかなど、やっぱり本の話になるのは私たちらしいと思った。
ホクホクしながらリスティラ領地に到着。
痣の調査などはあるが「観光ぐらいは」と思っていたものの、婚前旅行をしている雰囲気ではなかった。そう残念ながら。
***
「お待ちしておりました、カエルム領地代行及び第五王女レイチェル殿。本来ならば領民全員で歓迎すべきなのですが……」
リスティラ卿の顔色は青く、目の隈も酷い。私たちが向かっている間に状況が悪くなったのだろう。すぐさま屋敷について話を聞くことにした。
「これは代々領主のみに語り継がれものなのですが、この領地を守護なさっている森の神は昔から、アカシックレコードの運び手を探しておりました」
(アカシックレコードの運び手!?)
アカシックレコードの鍵とは違うのだろうか。チラリとダレンを見たが、すました顔をしているので、何を考えているのか分からない。
私がアカシックレコードの鍵だと知っているのは、ダレンとカノン様だけ。どちらも誰かに漏らすようなことをする人物ではないのは分かっている。
相手は森の神様なのだとしたら、何らかの方法で気づいた可能性が高い。
「そしてアカシックレコードの運び手となる人物と思われる者が近くに居ると、目印となる証が現れると言います」
「
「そうです」
そう頷くリスティラ卿の言葉を聞いて合点がいった。つまり先の会議で病だと言ってリスティラ領地に私を呼び出した本当の理由は、森の神に会わせるためなのだろう。その証拠にリスティラ卿は言葉を続けた。
「そしてアカシックレコードの運び手であれば、この痣を治す方法も心得ている、と」
(つまり痣の完治まで行って初めて、アカシックレコードの運び手と認定するという訳ね。森の神はアカシックレコードの運び手に、何のようなのかしら?)
正直、不明な点が多すぎるし、騙し討ちのようなやり方はあまり良い気分ではない。けれど今は赤紫色の痣のほうだ。伝承では七日後には葡萄の木になるというのだから、試練だとしても楽観視できる者ではない。
「話はわかりました。ひとまず赤紫色の痣のある領民は何人ですか?」
「この領地で生まれた者全員です」
「なっ!?」
リスティラ卿は左腕の服をまくると、赤紫色の蔦のような痣があらわになった。あまりにも生々しく、痛々しい。まるでこれは罪だと言わんばかりに、くっきりと浮かんでいる。
「痛みはありますか?」
「いえ」
「体への不調は?」
「ありません。ただ日に日に痣が色濃く、そして全身に広がっていることでしょうか」
「……リスティラ卿は、“ヴァイオレットの悲劇”を最初からご存じだったのでは?」
「ええ。この領地での逸話ですから。そしてこの地の恩恵を受ける代わりに、アカシックレコードの運び手が現れた際、その証を証明する贄になれ──と。過去にも何度かあり、アカシックレコードの運び手でなかった場合、半数は亡くなったとか。おそらくこの痣への耐性がないものから、亡くなったのでしょう」
「──っ」
「……《魔導書の怪物》である彼を養子として受け入れたのも、今回の件で助言を貰えないかと──下心があったのは事実です」
そう力なく笑った。この方は全てを知って、理解した上であの会議の場で発言したのだろう。自分も痣が出現しているのを隠したのは正しいと思う。でなければマーサを含め大半の人間が、私をこの領地に送り出すことを良しとしなかっただろう。
(ううん、もしかしたら最初は領地に視察や婚約者の実家として遊びに──なんて話をしようとしていたのかもしれない。でもその前に私が
ダレンのことは後で二人きりになってから聞くとして、痣の対処だ。
他の領民の痣も確認したが皆同じ色合いだった。これは毒かどうか。そう考えて、私は自分の記憶にある知識を探る。
ぱらぱらぱら。
頭の中でいくつもの書物が紐解かれページをめくる音が聞こえる。
(痣。森の神。毒……いいえ、そのような症状はない。であれば、神の印、いや呪いに近しい事例があった。“ヴァイオレットの悲劇”以外でも痣が出た伝承、伝説……)
いくつか事例があり、毒や病といったものとは異なる可能性が限りなく近い。呪いの場合、その解き方は様々だ。シリルの時にも色々調べたけれど、あの時よりも沢山調べたのを思い出す。
(以前、カノン様が話してくれた
「レイチェル様、『鑑定』を使って確認するのはどうでしょう?」
「あ(あああああああ!)」
すっかり頭の中から消えていた
コーヴィン・リスティラ。
侯爵当主。人。森の神の加護。
《森の神の寵愛》、《話術の才》、《領主の才》、《剣術の才》。
《森ノ神呪詛》……感染率13パーセント。耐性あり。
《森ノ神呪詛》とハッキリと出ていた。以前、私が道引き出した『二十五種類の薬草と結晶を使った地道なやり方』を思い出す。今回は魔女のような強い呪詛とは異なる。
「ダレン、《森ノ神呪詛》と出ているけれど、貴方も同じ鑑定結果になる?」
「はい。その通りです」
「……対処方法は見つかりそうだろうか」
「いくつかありますが、領民全員を一度に治すのなら薬を作るほうが早そうです」
あまりにもサラッと答えたからか、リスティラ卿は固まっていた。信じられないと言った顔をしていたが、解呪は今までも対処したことがあると言ったら「なるほど」と何故か納得してしまった。
「貴女様への人気が非常に高い理由が、分かった気がします。自分ができることがあるなら、躊躇わない……のですね」
「?」
その意味はよく分からなかったけれど、森の神の迷惑な呪詛を解くべく私は侯爵にあるものを用意して貰った。といっても、そこまで難しいものではない。
(それにしてもここまでの大がかりなことをして、森の神は私──アカシックレコードの運び手に何の用なのかしら? もしかして神様自身が呪われているとか、この領地で災いが起こるとか何かなのかしら?)
そう考えながら急いで解呪の準備を進める。
そして解呪の後、あんな面倒なことが起こるなんてここに居る全員、思いも寄らなかった。人外の厄介さを私は何度も味わってきたというのに──。