「君は邪魔だな。レイチェルを解放してもらおうか」
「ダレン!」
「──っ」
ダレンが膝を突いた瞬間、私の中で何かがプツンと切れた。それはたぶん、カノン様を失った時の喪失と絶望、そして自分があの時、何もできなかったことを死ぬほど後悔したからだ。
もっと知識があれば、準備をしていれば。
私自身に力があれば、あんな悲しい結末は迎えなかったのではないか、と。
「これでレイチェルは、私の手を取ってくれるかい?」
「──っ」
一呼吸置いて、私は神様の元に歩み寄る。
ダレンの顔は少しずつ再生をしているが、完治するまでまだ時間が掛かりそうだ。腕も同じで、神様の攻撃が凄まじいものだったのだろう。
「レイチェル!? ま」
ダレンの言葉を無視して駆け出す。
私はこれでも怒っているのだ。
「よくも、私の大切なダレンを──」
私は色んな物が足りていない。知識も、経験も、できることだってそんなに多くない。でも、だからと言ってここぞと言う時に、足手まといになることだけは絶対に嫌だ。
だからウルエル様に武器を依頼した。
私でも扱える武器を。
「(歌では大切な人を守れない。知識だけじゃ届かない。私に欠けていたものは──いざという時に、神様だって殴り飛ばせるだけの純粋な力!)
私の手に生じるのは白銀の柄と、シンプルな装飾の施された槌。しかしその槌──ハンマーの頭がぐんぐんと巨大化する。そのまま勢いに任せて、神様を白銀のハンマーで吹き飛ばした。
「!?」
轟っ!!
神様に直撃後、森の奥まで吹き飛んだ。凄まじい土煙と木々が次々に倒れる音が響いた。
「え、レイチェル……。その武器は?」
「ウルエル様に作って貰いました! 神様でもぶっ飛ばせる自信作だそうです!」
「またなんとも……規格外なことを」
願いや思いの強さによって武器の威力が変わる気分屋でもあるとか。私と相性が良かったらしく、私の怒りや感情に合わせて力が発揮される。
私はハンマーを手放すと、ダレンの傍に戻った。既に体の修復は終わっているようだが、心配で両手で彼の頬に触れる。
「ダレンこそ、怪我は大丈夫ですか? 動けますか?」
「ふふっ、貴女に心配して貰うのも悪くありませんね。それに私を守るために戦う雄々しい姿も」
手の甲に触れた後、片手にキスをする。ダレンはもう平気そうだったので、少しホッとした。彼は規格外だが、それでも何が起こるか分からないのだ。それこそカノン様の時だって同じだった。
あり得ない、なんてことはない。
慢心はあっという間に足場を崩して、大切な物を奪い去る。
「まさか神に挑む娘がいるとは……興味深い」
「──っ!?」
「なんともしつこい神のようですね」
土埃の中から無傷の神様が姿を見せた。私は傍にあるハンマーを握り治す。ダレンも戦闘態勢を取る。
緊張が走る中、森の中に降り立ったのは黒の軍服姿の堕天使──ウルエルド様だ。三対六翼も髪と同じように、白黒の斑模様だった。私と神様の間に割って入る。
青と紫色の瞳は愉快なものが見られたと満足そうだ。
「あはははっ、まさか本当に神様を吹き飛ばすなんて、やっぱり面白いネ」
「……武器異常愛者か。君の興味は武器だけだっただろう?」
「ええ、武器が愛おしい。ですが私が見たいのは武器を扱う者の魂、矜持、そしてあり方なのネ。レイチェル様は自分の守りたい者のために、守るための力を求めた。その純粋な願い、今度こそ失わないという固い意志、決意と覚悟。ああ、磨かれた原石がようやく宝石になった瞬間に立ち合えるのですから、介入しない訳がないネ」
相変わらずの自分理論を展開するウルエルド様は、通常運行のようだ。ダレンは「悪趣味」と言っていたが、私は苦笑する。
「私はヴィーの心が知りたい。でも君に吹き飛ばされて心臓が動いた。誰かからあんなに熱い感情をぶつけられたことはない」
「ん?」
「は?」
「あー、そう来たか」
私とダレンがポカンとする中、ウルエルド様は愉快そうに笑っていた。いや笑いごとではないのですが。
「もう一度、試してほしい」
「謹んでお断りします」
真顔で何を言い出すのだろう、この神様。
しかし頑固な神様はぐいぐい来る。違う意味で怖い。ちょっとダレンに抱きついて精神の落ち着きを取り戻したい。今すぐに。
「ダレンっ、ど、どうしましょう!?」
「ああ、こんなに怯えて……。私も神がこんな変態だとは……知りませんでした」
じりじりと距離を詰めてくるので、私はダレンに抱きつく。ダレンはダレンで、知識にない神の言動にドン引きしている。あのダレンをドン引きさせるなんてすごいわ。
「そう言わずに、何かを掴めそうな気がする」
「それは開けてはいけない扉なので、そっと閉じてください」
そう神様に提案してみたけれど、全く聞く気がなくダレンを殺そうとするので、ハンマーで大地に押し潰すこと三回。
「こんな扱い、初めてだ……。心臓に響く、熱い思い。これが人の感情」
「ちょっとなにいっているか分かりません」
「くっ、レイチェル。すみません。どうにもこの神との相性は最悪のようです。死なない程度に衝撃を軽減させるぐらいしか」
いつになくダレンは落ち込むので、神様相手に死なないほうが凄いのだとフォローし、私は森の神様の新しい扉を開いてしまったことを慰めて貰った。
ちなみに森の神様はウットリしてちょっと近寄りがたいし、ウルエルド様は終始笑い転げていた。そろそろ何とかして欲しくてウルエルド様を睨んだ。
「ウルエルド様!」
「ごめん、ごめん。レイチェルの武器と森の神との相性が、こんな結果になるとはネ」
「と言うと?」
ウルエルド様はひとしきり笑ったからか、大満足で言葉を続けた。
「レイチェル様の武器は感情によって威力が変わるネ。人の感情を知りたい森の神にとって、ダイレクトに魂に響きかける感情を受ければ、揺さぶられるのは当然ネ。ちなみに物理的効果は神様だから薄いと思うネ」
(あ、痛みに喜んでいた変態な思考とは違ったのね……)
ちょっとだけ森の神様のウットリした経緯を知って、少しだけホッとする。まあ、物理的に感情によって心が響くというのは健全とは言えないが。とにもかくにも強引な形にはなかったが、森の神様の求めた『人の感情を知る』という目的は達することができた──ということになるらしい。
「人の感情、特に怒り、誰かを思うために強くなる思い、大切にしたい気持ち。人は面白い。何よりレイチェルの魂は、まっすぐで、心地よい」
「……それは? ありがとうございます?」
ダレンが私に抱きついて威嚇するが、森の神様はダレンのことは端から見ていない。綺麗な顔に、人ならざる雰囲気も持ち思案しているが、きっとその内容はろくでもないことだろうと思ってしまった。
「レイチェル様! ダレン殿!」
「ご無事ですか!?」
シリルを含めた護衛騎士たちが、森の奥深くに入ってきたのだろう。彼らの声に少しだけホッとしたが、今回のことをどう収拾すべきか頭が痛くなった。
よりにもよってリスティラ領地を守護していた神様を、ハンマーで三回以上も攻撃してしまった──なんて、領民の人たちに殺される。
そして神様に一撃を入れた姫として周囲からの信頼や、信用もガタ落ち。教会からの叱責を受ける。
(ど、どうしよう。お先真っ暗だわ!)